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第三章 ハンター編其の一 王都を騒がすにゃ~

076 また馬車を作るにゃ~

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 仕事を終えたわしの前に、マントをたなびかせた男が現れて叫ぶ。

「ハーハッハッハー! お前が噂の猫か!!」

 わしは返事をする前に、小声でリータに話し掛けて男の正体を尋ねる。

「この馬鹿はなんにゃ?」
「馬鹿って……猫さんは知らないのですか? 有名なB級ハンターのバーカリアンさんですよ」

 馬鹿であっておる。いや、英語で馬鹿は「ストゥピット」または「フール」か。そんな事より、こいつもわしを勧誘したいのか?

「え~と……にゃにかご用ですかにゃ?」
「このギルドのナンバーワンは、この俺様だ!」

 何言ってるんじゃ? 意味がわからん。そもそもわしは、誰とも競っておらんのに……馬鹿と話すならこれかな?

「もちろんそうですにゃ。あにゃた様には誰も敵わないですにゃ~」

 とりあえず、おだててみた。どんな反応するかな?

「ハッハッハー。そうであろう、そうであろう。お前はなかなか見所があるな。俺様のサインをやろうじゃないか」

 思ったより上をいく馬鹿じゃった! これでは、すらっとして美形の顔が台無しじゃな。
 サインなんていらんのじゃが……丸く納める為には貰うしかないのか。

「ウワー。ウレシイにゃ~」
「そうか、そうか。嬉しいか。家宝にするといい」
「アリガトにゃ~」
「では、さらばだ!」

 そう言って、バーカリアンは取り巻きの女を連れて、颯爽さっそうと立ち去って行った。
 バーカリアンの去ったギルド内は呆気に取られ、静まり返る。わしもポカンとしていたが、早々に復活し、リータと先程の出来事を確認する。

「……にゃんだったにゃ?」
「サインくれただけでしたね」
「リータは欲しいかにゃ?」
「猫さんと会う前でしたら憧れていたので貰っていたのですが……あの様な方だったのですね」
「これ……売れるかにゃ?」
「さあ?」
「……帰るにゃ~」
「はい……」

 わしとリータはなんともしがたい思いを抱えて家に帰る。周りのハンター達も固まっていたので、勧誘に会わなくて済んだのは、馬鹿の……バーカリアンのおかげだったのかもしれない。



 そうして翌朝。わしは出掛ける準備を済ませると、リータに声を掛ける。

「リータ。ちょっと野暮用があるから留守番してくれにゃ」
「野暮用ってなんですか? 私は連れて行ってくれないのですか?」

 そんなに悲しそうな顔で言わないでくれ。前はそんなこと言わなかったのに……連れて行ってもいいけど……場所を言ったらついて来ないか。

「ローザの家に行くにゃ。ローザは貴族だから、リータは行きたくにゃいと思ったにゃ」
「ローザ様ですか……それなら、私は行かないとダメですね!」
「にゃんでそうなるにゃ?」
「さあ、行きましょう!」

 リータの謎のやる気に首を傾げながら、ローザの屋敷に向かう。ローザの屋敷に着くと、商業ギルドのサブマス、エンマの集めたであろう職人達が庭で待っていた。
 わしの登場で職人達は、猫、猫と騒ぎ、その騒ぎに気付いたエンマが駆け寄って来た。

「シラタマさん。お待ちしておりました」
「遅れたかにゃ?」
「いえ。時間通りです」
「それはよかったにゃ。それで……みんにゃ大丈夫なのかにゃ?」

 職人達はわしを見て、猫、猫とうるさい。あんな手でハンマーを握れるかじゃと? わしサイズなら握れるわ!

「集める時に、しっかり話をしていたのですが……実物を見ると、やはり驚きましたか。少しヤキを入れに……落ち着かせて来ます」

 この人、ヤキ入れると言いよった! やっぱりエンマは目付きだけじゃなく、性格も怖いのう。

 わしがエンマの後ろ姿を見送っていると、見知った人物が丁寧に挨拶して来る。

「シラタマ様、お久し振りです」
「久し振りにゃ。セベリ」
「私がスプリングを持ち込んだせいで、この様な事態になり、申し訳ありません」
「いいにゃ。こっちこそ呼び出して悪かったにゃ。そう言えば、セベリは王都に何をしに来たにゃ?」
「サンドリーヌ様の馬車を届ける為に来ました。ついでに買い出しとスプリングをどこかで作れないかと探しておりました」
「作れそうかにゃ?」
「はい。エンマ様の紹介で作れそうな鍛冶屋は見つかりました。今日も参加しております」

 そうか。これなら、さっちゃんの馬車のメンテナンスに、わしは必要なくなるな。あとは各々の技術の進歩に期待かな? わしの様な素人が作るより、いい馬車が出来るじゃろう。

 懐かしい再会で話し込んでいると、ローザが近付き、それに気付いたセベリが一歩下がる。

「ねこさん。おはようございます」
「おはようにゃ~。ローザは見学するのかにゃ?」
「はい。それと今日、作って頂く馬車なのですが……デザインを考えてみました!」

 ローザは一枚の紙を手渡すので、わしは絵の描かれた紙をじっくりと見る。

 どれどれ……ローザは絵の才能があるのか。凄く上手い。見た目は豪華な馬車じゃが……この装飾はいらない気がする。

「この装飾は必要かにゃ?」
「絶対必要です! 作ってください!!」
「ぜ、善処するにゃ~」
「シラタマさん。そろそろ始めましょう」

 わしがローザのおねだりにたじたじとなっていると、エンマの号令で馬車制作が始まる。わしに動揺していた職人達も、エンマを挟んだわしの指示をよく聞いてくれて、問題無く作業は続く。
 必要な材料は各自持ち込んでくれているので、わしは必要なパーツと工具を二組づつ作っていく。一組多いのは職人達の持ち帰り用だ。職人達はわしの鉄魔法で作られるパーツを見ると、目付きが変わり、最後の方は先生や師匠と呼ばれた。

 パーツが出来上がると組み立て作業に移る。ここからは一度作った事のあるセベリに任せ、わしは違う作業に移る。
 わしがその作業で悪戦苦闘していると、リータとローザが側に寄って来た。

「う~ん……違うにゃ……こうかにゃ?」
「猫さん。それは猫さんですか?」
「リータ……そうにゃ……」

 ローザの描いた馬車の絵に、猫又のエンブレムがあったので土魔法で頑張って作っているが、いつも見ていたおっかさんは上手く作れたが、自分となると難しい。

「猫さんの元の姿なんですよね?」
「……そうにゃ」
「その……少し……似ていません」

 わかっておる! 下手くそなんじゃろう!? 自分の姿は難しいんじゃぞ! あと、恥ずかしい……

「ねこさん。下手です……」

 ローザは、はっきり言い過ぎじゃ! 泣くぞ!

「土魔法ですか……私にも出来ますか?」

 リータは、一番簡単な風魔法でつまずいておるからどうじゃろう? 【風の刃】も、そよ風じゃったしな。土魔法は風魔法に続いて簡単な部類に入るけど、無理じゃろうな。

「試してみるといいにゃ。倒れないように、一割ぐらいの魔力でやるにゃ」
「はい!」


 わしはリータに土魔法の基礎を簡単に教える。それを覚えると、リータは両手をかざし、魔力を解放する。すると土は少しずつ盛り上がり、不格好な球体となった。

「わ! わ! 出来ました!!」
「き、気を抜くにゃ! そのまま形にイメージを付け加えるにゃ」

 リータは土をイメージ通り操作し、わしの元の姿(猫又)そっくりの石像を作り上げた。

「猫さん……出来ちゃいました!」
「よ、よくやったにゃ……」

 リータは風魔法が上手くいかないのに、土魔法はなんでこんなに簡単に出来るのじゃ? 魔法は種族によって得手不得手はあるが、リータは土魔法が得意と言う事か……
 力や硬さに加え、土魔法……。不思議な子じゃ。わしより不思議では無いじゃろうが……

 わしが不思議に思いながらリータの顔を見つめていると、ローザが興奮した声を出す。

「ねこさんそっくりでかわいいです。リータ、すごいですね!」
「たしかに……上手いにゃ」
「そ、そんな事は……猫さんをそのまま作っただけです。猫さんがかわいいから、上手く出来たのです」

 リータは褒められて照れておるが、わしも、かわいいかわいいと言われて恥ずかしい。そんな事より、ひとまず強度の確認じゃ。

 わしは猫又石像に優しく触れる。すると、触れた瞬間に、猫又石像はサラサラと土に還って行った。

「「あ~~~!!」」
「ご、ごめんにゃ~! 強度の確認をしただけにゃ~」
「せっかくかわいく出来ていたのに……」
「私が硬く作らなかったのが悪いんです。次はもっと硬く作ります」

 ローザが悲しそうな顔で猫又石像の跡を見ていると、その砂が盛り上がり、猫又石像となって笑顔が戻る。

「今度はどうですか?」
「うんにゃ。これだけ硬ければ、攻撃にも防御にも使えるにゃ。あとはわしが仕上げをするにゃ」

 わしはリータの作り上げた猫又石像を、鉄魔法で薄くコーティングして完成させる。

「ローザ。これでどうにゃ?」
「完璧です! ねこさんのかわいさに気品が加わりました!」

 き、気品? どこにじゃ?? ファンシーならわかるんじゃが……

「リータのおかげにゃ」
「初めての共同作業ですね!」
「むぅ……かわいく作ってくれたのは感謝しますけど、その言い方はやめてください」

 たしかに……結婚式でもあるまいし……。料理や家事も一緒にやっているから初めてでもない。ひょっとして、リータはローザと張り合ってる? なんでしゃろう??


 リータの張り合っている理由はわからないまま、ローザの馬車のエンブレムを新たにふたつ作り出す。最初の猫又石像は馬車の屋根の正面用。残りは御者台用に、先程よりも小振りの猫又石像だ。
 わしの作業は終わったが、周りの職人達は、馬車の組み立てにまだ時間が掛かるみたいだ。
 昼食を挟んでも作業が続き、手持ち無沙汰になったわしは、暇潰しにある物を作る。

「エンマ。ちょっといいかにゃ?」
「なんでしょうか?」
「しゃがんで目をつぶってくれるかにゃ?」
「……はあ」

 わしは暇潰しに作った物を、エンマの耳に掛ける。わしの作った物とは、そう。眼鏡だ。
 土魔法と硝子魔法を使えば眼鏡くらいお手の物。エンマに眼鏡を掛けさせたら、秘書みたいで面白そうだから作ってみた。

「もう目を開けていいにゃ」
「なんですかこれは? え……」

 エンマは目を開けると驚いた表情に変わり、辺りをキョロキョロと見渡す。

「これが眼鏡にゃ。どうにゃ? よく見えるかにゃ?」
「見えます……昔に戻ったみたいです……」
「もう少し調整するから、なんでも意見を聞かせてくれにゃ」

 わしは離れた場所に、視力検査で使われるボードを土魔法で作り出し、エンマに書いてある大小様々なアルファベットを読み上げてもらい、調整していく。
 何度かの調整を繰り返すと、ちょうどいい視力になったみたいだ。

「シラタマさん……見えます! よく見えますよ!」

 視力は大丈夫そうじゃな。しかし、エンマの眼鏡姿はよく似合うのう。美人秘書の出来上がりじゃ。あとは仕立屋のフレヤに、網タイツを発注しようかな? って、遊び過ぎか。

「それはよかったにゃ。目付きの悪いのも治って、美人さんになったにゃ~」
「やだ。シラタマさんったら、お上手ですね」

 わしがエンマにお世辞を言うと、ローザとリータがジト目で見て来た。

「ねこさんが大人の女性を口説いてます……」
「猫さんは、こういう女性がタイプなんですか?」
「にゃんでそうなるにゃ~!」
「「だって~」」
「シラタマさんならいいですよ。チュッ」

 二人が情けない声を出した瞬間、エンマがわしを抱き上げ、頬にキスをする。

「「あ~~~!」」
「エンマもふざけるにゃ~! それより周りを見てみるにゃ~」

 エンマが眼鏡を掛けてから、職人達のエンマを見る目が変わっておる。話を逸らしておかないと、リータとローザから、何やらオーラが見えておるからちょっと怖い。

 わしが強引に話を逸らすと、職人達の声が耳に入って来る。

「あれが、あのデビルアイか?」
「もうデビルアイじゃないぞ」
「美人じゃ~」
「でも、性格は変わってないんじゃないか?」
「逆に叱られたい……」
「あ、それは俺も!」
「「「「「俺も!」」」」」

 デビルアイって、エンマの二つ名か? たしかに刺すように怖い目じゃったが、言い過ぎじゃ。わしも閻魔様とか言ってたけど……。うっ、エンマの抱いてる手の締め付けがきつくなった。


 エンマは顔を赤らめて、わしを強く抱きしめた。しかし、すぐにわしを降ろして職人達に言い放つ。

「冗談言ってないで、さっさと仕事をしなさい! シメるわよ!!」
「「「「「は~~~い」」」」」

 エンマに叱られた職人達は、嬉しそうに返事をして、仕事に戻って行くのであった。
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