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四章 引きこもり皇子、暗躍する
095 フィリップ暗躍5
しおりを挟む「またか……」
ダンマーク辺境伯領を立ったフレドリク皇帝たちが帝都を目指し、アルマル領を過ぎた頃から休憩で町に入ると物乞いの姿が増えて行くので、フレドリクは対策に追われて移動速度が落ちてしまう。
これはルイーゼ皇后が「助けなきゃ!」とか言うので、フレドリクも自然と体が動いてしまうのだ。
ただ、あまり時間をかけすぎると帝都でも食料の配布が遅れてしまうから、領主か町長を叱責する程度。これで食料が配られるので、ルイーゼは満足してくれる。
しかし、フレドリクたちが町を離れたら元に戻るので、根本的な解決になっていない。
そんなこんなで少し移動速度が遅いものの、帝都までおよそ半分ぐらい進んだところで事件が起こる。
「皇帝~~~! 出て来~~~い!!」
賊だ。護衛の近衛騎士団より倍も多い賊が丸太で道を塞いでいたから、馬車も止まらずにはいられなかった。
「フックン……」
「大丈夫だ。近衛騎士団がいるんだから心配する必要ない。私を呼んでいることだし、できるだけ穏便に済ませて来るよ」
「気を付けて」
「ああ」
盗賊が出た報告を受けたフレドリクは、怯えるルイーゼに笑顔を見せてから馬車を降りる。そして従者から剣を腰に装着してもらったら、フレドリクは先頭に向かう。
そこには、ボロボロの服を着たやせこけた男たちが、クワやカマ、ピッチホークを振り上げて抗議する姿。一様に「奴隷に戻せ」だとか「皇帝のせいで家族が死んだ」とか「仲間が死んだ」とか、フレドリクを非難する声ばかりだった。
「盗賊……ではないのか?」
聞いていた話と違うと、隣に立つ副近衛騎士長に確認をしたフレドリクだったが、豪華な服装を見た元奴隷は「こいつが皇帝だ!」と非難の声はさらに大きくなった。
「お前のせいで、こんなに惨めな思いをしてんだぞ!!」
「奴隷に戻せよ! この人でなし!!」
「「「「「そうだそうだ!!」」」」」
その訴えは、フレドリクには到底信じられない訴え。よかれと思って始め、幸せにしようとしていた元奴隷が、奴隷に戻りたがっているのだから信じられない。
フレドリクはあまりのことに思考停止に陥っていると、その声は違う方向にも向かう。
「何が聖女だ! ぜんぜん助けてくれねぇじゃねぇか!!」
「聖女が言い出したことだと俺たちは知ってるぞ!!」
「聖女じゃなくて悪魔だ! 悪魔も乗ってるんだろ!!」
「「「「「悪魔を出せ! 悪魔を出せ!!」」」」」
ルイーゼに、だ。フレドリクと一緒に感謝するように言われていたのだから、奴隷制度廃止が誰の発案なのかは聞かされていたのだろう。
しかし、それは触れてはならないこと。愛するルイーゼを悪魔と大合唱されたからには、フレドリクは我に返ったどころか今度は怒りに飲み込まれた。
「ルイーゼが悪魔だと……全員、不敬罪で死刑だ!!」
「し、しかし……」
「この者たちは、盗賊だ。違うか??」
「はっ!! 1人残さず斬り殺せ! かかれ~~~!!」
副近衛騎士長は元奴隷だと言いかけたが、フレドリクが盗賊と言ったのだからそれしか答えはない。副近衛騎士長は剣を抜いて命令すると、騎士たちはゆっくりと前進する。
「どうせ俺たちは明日には死ぬ運命だ! だったら皇帝に一矢報いてやろうじゃねぇか!」
「「「「「おお!」」」」」
「奴隷、ナメんじゃねぇ~~~!!」
「「「「「うおおぉぉ!!」」」」」
こうして元奴隷は、殺されるために近衛騎士団に突撃するのであった……
元奴隷と近衛騎士の戦闘は、それはもう一方的。元奴隷がクワを振ろうがカマを振ろうがピッチホークで突こうが、近衛騎士に簡単に避けられて斬り殺される。
近衛騎士が剣を振ったのは、元奴隷の人数より少し多いくらい。それだけで、立っている元奴隷は1人もいなくなってしまった。
「死んで行った皆の怒りだ~~~!!」
いや、草むらに1人残っていた。元奴隷は50人以上もの命を使って、剣を持つこの男1人に賭けたのだ。
虚を突かれたからには、近衛騎士は間に合わない。元奴隷のその剣は、ついにフレドリクに届いたので……
「ち、ちくしょう……」
「フンッ」
残念無念。届く距離まで近付いたものの、フレドリクが目にも留まらぬ抜刀でバッサリと体を斬ったからには、元奴隷は力なく倒れたのであった……
パチパチパチパチパチパチパチ……
その瞬間、拍手の音が鳴り響いた。フレドリクたちはまだ賊が残っているのかと音の鳴る方向に一斉に目を向ける。
「フィ、フィリップ……」
そこには、先頭の馬車の屋根に座っている金髪パーマのフィリップ。フレドリクは驚いた顔で名を呼ぶと、フィリップは屋根から飛び下り、拍手をしながらフレドリクの前までやって来た。
「ど、どうしてここに……」
「アハハ。兄貴でも、人殺しってできたんだ。初めて? 初めてだったらおめでとう。一皮剥けたね~。アハハハ」
フィリップが質問に答えず馬鹿にしたような笑い方をするので、フレドリクもムッとする。
「兄貴だと? いつからそんな呼び方するようになったのだ」
「呼び方なんて、どうでもいいでしょ。それより、兄貴たちなら1人も殺さず取り押さえることできたでしょ? なんでそうしなかったの??」
「そ、それは……」
「ああ。なるほど……口減らしだ! 帝国っていまは大変らしいしね~。アハハハ」
珍しくフィリップ大外し。フレドリクはその言い方に腹を立てて訂正はしない。
「だったらどうだと言うのだ。お前はこの大変な時に、皇族の務めを果たすどころか、姿すら見せていないではないか」
「大変ね~……これって、兄貴と聖女ちゃんが蒔いた種でしょ? なんで僕が刈り取らないといけないの??」
「聖女ちゃんだと……お姉様と呼ばないか!!」
「アハハ。キレるとこそこじゃないって~。アハハハ」
「いい加減にしないと……」
「おお。こわっ!」
フレドリクが剣に手をかけたので、フィリップは距離を取った。
「もう一度だけ言うよ。こんな事態になったのは、兄貴たちのせい。そこで人が死んでいるのは、兄貴たちが奴隷解放を急いだせい。もっと慎重にやっていれば、その人たちも死なずに幸せに生きていけたはずなのに、兄貴たちのせいで死んだんだ。てか、いったい何人殺せば、兄貴は目が覚めるの?」
「誰のせいだと……」
「はぁ~……自分の罪もわからないなんて、まったく話にならないね。最後に、ここから東の町には寄らないでね? そこの人たちの家族がいるから、また皆殺しにされたらたまらないよ~。んじゃ、僕はドロンしま~す!」
「フィリップ!!」
言いたいことだけ言いまくったフィリップは、フレドリクの制止は聞かずに物凄い速度で逃げて行くのであった……
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