上 下
182 / 324
八章 夜遊びの自主規制

182 復讐

しおりを挟む

 寝室にフィリップと2人きりになったリネーアは、男への恐怖心からかドアの前から動けなくなっていた。それを見たフィリップは先に椅子に座って、リネーアにはベッドに腰掛けるように促した。

「ゆっくりでいいよ? いつまでだって待つから」

 フィリップが優しく声を掛けると、リネーアは何度も深呼吸して恐る恐る一歩一歩進み、数分掛けてフィリップの前に座った。

「頑張ったね。次は手を取ってみよっか?」
「はい……」

 フィリップが右手を軽く前に出すとリネーアはビクッとし、また数分掛けてやっと触れる。そして、少しずつ力を入れて握手をする形になった。
 次に一度離してもらうとフィリップは両手を出して、リネーアはその上に自分の手を置いた。

「よくできたね。でも、まだ怖いよね?」
「はい……」
「もうちょっとこのままいよっか。温かい?」
「はい……熱いくらいです」
「そっかそっか。そのまま僕の話を聞いてね」

 フィリップはリネーアの目を見たが、リネーアは下を向く。

「君の家は、君が長女で弟がいるね。帝国の習わしでは、男が家督を継ぐことになる。そして女はどこかの家に嫁ぐ。君の親は、卒業後は縁談を勧めて来るはずだ」
「はい……おそらく……」
「だよね~……でも、そんなの聞く必要ないよ」
「え……」

 リネーアは顔を上げた。

「女性の幸せは結婚ってよく言われるけど、そんな古い価値観に縛られる必要ないってこと。1人で生きてもいいの。結婚したくないなら、神殿に入ればいいし、違う仕事をしてもいい。男が怖いなら、女と結婚しちゃえ。ここだけの話、ボエルって女性が好きで、いま女性と付き合ってるんだよ」

 フィリップから語られる様々な価値観は、リネーアは目からウロコだ。

「そんなに多くの道があったのですね……」
「そそ。まぁ親御さんが理解してくれるかは別だけどね。その時は、僕も説得に協力するよ」
「殿下にそこまでしてもらうワケには……」

 また下を向いてしまったリネーアの手を、フィリップは少し力を入れて握る。

「いいのいいの。乗りかかった船だ。最後まで責任持つよ。まぁ、まずは男性恐怖症から改善していこう。それが無理なら、違う方法を考えればいいからね?」
「はい……」
「ちょっとランクアップして、ハグしてみよっか? 隣に座るよ?」
「は、はい……」

 緊張するリネーアの隣に座ったフィリップは、リネーアから抱き締めるように促し、数分後に抱き合う形になったら耳元で小声で喋る。

「ニコライってヤツ、恨んでる?」
「はい……」
「殺したいほど?」
「はい」
「死んだら、気持ちが楽になる?」
「はいっ」

 フィリップが質問するたびに、リネーアの抱き締める手に力が入った。

「わかった。僕が殺してやるよ」
「え……」

 しかし、フィリップの発言にリネーアの手は緩くなった。

「でも、僕って力もツテもないんだ。だから、数年待ってくれる? 必ずニコライを殺してあげるから」
「何年だって待ちます。アイツが死ぬなら……」
「わかった。その願い、必ず僕が叶えるよ」
「うっ、ううぅぅ」

 こうしてフィリップの言葉を信じたリネーアは、涙ながらに抱き合ったまま眠りに落ちたのであった……


 それからフィリップはリネーアをベッドに寝かせたら、寝室を出てボエルに「何もしてねぇよな?」とめちゃくちゃ疑われていた。あんなにフィリップを擁護してたのに、女性関係は信用ならないらしい。
 フィリップは「パジャマも乱れてない」と反論してなんとか受け入れられたら、ボエルたちはいつも通り寝室で休む。

 翌日からは、フィリップは仮病。リビングのベッドで看病された3日後、皆が寝入った頃にフィリップはマントを羽織って外に出た。

「うっ!? うう!!」

 向かった先は、ニコライの部屋。フィリップは窓から忍び込み、ベッドで寝ていたニコライの体を氷魔法で拘束し、口まで氷で覆ったのだ。

「よお? 目が覚めたみたいだね。僕だよ。フィリップだ」

 身動きの取れないニコライの目の前でフィリップがフードを外すと、ニコライは少しホッとした感じになる。金縛りや幽霊の類いではなく人間と知れたからだ。

「僕を侮辱した件は許せたんだけどね~。リネーアに乱暴した件は別だ。殺しに来たよ」
「ううっ!!」

 でも、殺しに来たとニッコリ言われたら、ニコライの体から汗が吹き出した。

「僕ね~。お前とたいして変わらない人種なの。8歳の頃から夜の町に出て、女性に噓をつき、お金で股を開かせてたんだからね」

 しばしフィリップは懺悔ざんげするように女性遍歴を語るが、どう聞いても武勇伝にしか聞こえない。

「最低でしょ? でも、女性を泣かせたことはないよ。あ、別れ話はノーカンね。泣くほど僕のことが好きだったってことだから」

 軽く言い訳したら、続きを喋る。

「これだけ僕は女性に酷いことをしてたんだよ。だから、ひとつ決めていることがある。女性が酷い目にあってるなら、必ず助けるってね」

 フィリップがニコライの顔を見たら、涙ながらに何かを訴えていた。

「といっても、お前は12、3歳の子供だ。まだ更生の余地はある」

 フィリップが情けを掛けると、ニコライは何度も頷いている。

「こんな性癖を植え付けたのは誰? どう考えても子供の発想じゃない。それを教えてくれたら、お前を殺さない。もちろん悔い改めるのも条件だ」

 激しく頷くニコライには、大声を出さないように念を押したら、口を塞いでいた氷を消し去る。

「誰がお前に性癖を教えたの?」
「ち、父と……」
「父と??」
「兄、です……」
「なるほどね~……家では地下室なんかで、女を拷問していたの? 全部喋らないと助けないよ??」
「はい……旅人なんかを……」

 ニコライから全てを聞き終えたフィリップは少し距離を取った。

「ありがとう。また怒りが沸々と湧いて来たよ」
「いえ……あの、父や兄は……」
「殺す」
「待っ……はい」

 フィリップの冷たい殺意に、ニコライは何も言えない。その次の瞬間には、ニコライの右胸に穴が開いて血が吹き出した。

「な、なんで……ガハッ」
「僕が許しても被害者が許すわけないじゃん」
「助けて…ください……」
「助けを求めたリネーアにお前は何をした? そのまま甚振いたぶったんでしょ? だから僕も同じことをする」
「し、死にたく、ない。誰か……」
「ムリムリ。大声なんて出ないよ。肺を貫いたんだからね。苦しいでしょ? 絶望でしょ? それが彼女の受けた苦痛だ。せめて同じ思いをして死にな」
「た、助け……」
「死ね」

 絶望の表情で助けを求めるニコライの左胸にも氷のつぶてで穴を開けてから、フィリップは立ち去るのであった……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

猫王様の千年股旅

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む白猫に転生させられた老人。  紆余曲折の末、猫の国の王となったけど、そこからが長い。  魔法チートで戦ったり技術チートしたり世界中を旅したりしても、まだまだ時間は有り余っている。  千年の寿命を与えられた猫は、幾千の出会いと別れを繰り返すのであった…… ☆注☆ この話は「アイムキャット!!? 異世界キャット漫遊記」の続編です。 できるだけ前情報なしで書いていますので、新しい読者様に出会えると幸いです。 初っ端からネタバレが含まれていますので、気になる人は元の話から読んでもらえたら有り難いですけど、超長いので覚悟が必要かも…… 「アルファポリス」「小説家になろう」「カクヨミ」で同時掲載中です。 R指定は念の為です。  毎週日曜、夕方ぐらいに更新しております。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...