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第3.5章 小話3

ボツになった話・その2

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2章の「魔法・魔術講座」あたりの時間軸。
どこかで出そうと思っていて忘れていたのでボツになりました。



「……宰相様の瞳って、ずっと黒だと思ってたんですけど、もしかして違いませんか?」
 特に深い意図もなく疑問を口にした少年は、すぐに自身の発言を後悔した。本から視線を上げた、一時的に少年の教師役を務めている青年、天ヶ谷グレイの顔が、奇妙に無表情だったからだ。
 少年と顔のつくりが似通った顔にじっと見つめられ、いびつな鏡を前にしたような気分になった少年は、非常に居心地が悪くなった。
 何か訊いてはいけないことだったのだろうか、と冷や汗を掻く少年に、グレイがことりと首を傾げる。
「なんでまた?」
「ぇ、あ、いえ、大したことじゃ、なくてですね、その……昨日」
「昨日」
「ええと、あの、……廊下で、転んだのを、宰相様が、手を貸してくださいまして、……その時に」
「あー、成程な。それで近くで顔見たわけか」
 納得した風に頷いたグレイは普段の調子になっていて、少年はこっそりと胸を撫で下ろした。何かまずいことを言ってしまったかと思ったが、機嫌を悪化させるようなことはなかったらしい。
 なんだったのだろう、とは思うが、わざわざ突っ込む気は起きなかった。触らぬ神になんとやら、である。
「しかし、それでよく判ったな。顔近いっつったって、キスするような近さで見たわけじゃあないだろ?」
「きっ……」
「ん? なんだ、実はそんだけ近かったのか?」
 あの人も大概浮気性だなァ、などと言って口の端を吊り上げるグレイに、少年はぶんぶん首を横に振った。あらぬ疑いをかけられるのはごめんである。にやにやと笑うグレイはあまり本気そうには見えないが、いつ誰にどう聞かれ見られ、何を思われるか判ったものではない。
 既に、国王の恋人扱いという訳の判らない立場に置かれているというのに、この上宰相の浮気相手などと思われようものなら、少年は速やかに自死しかねなかった。
「まあ冗談だ、ジョーダン」
「は、はい……」
 ほっと息を吐き出しながら、少年は小さく頷いた。ロンター宰相の妻だか恋人だかを見たことはないが、修羅場の可能性は回避されたようだ。
「で、なんで判った?」
「え、ああ……ええと、その、……宰相様、綺麗なお顔立ちを、されていらっしゃるので」
「そうだな」
「あの……、…………見惚れて、その……」
「ああー」
 グレイのどこか気の抜けたような声に、少年は少し顔を赤らめて俯いた。
 赤の国の宰相はやたらと顔が良い。美しいもの好きの少年が初見で見惚れる程度には顔が良い。それでも、この滞在期間中にある程度は慣れてきたと思っていた少年だったのだが、不意打ちに近距離で見ると駄目だった。ぽやんと惚けてしまった少年に、レクシリアが困ったように微笑んだのを覚えている。その顔もまた美しかったため、少年は更に見惚れる羽目になったのだが。
 とにかく、その時に大丈夫かと顔を覗き込まれた少年は、黒い瞳だと思っていたレクシリアの目に違和感を覚えたのだ。
「まあ、なんだ、あの人実際、神サマ的な存在が丹精籠めてえこ贔屓したような存在だからな。見惚れるのも仕方ねェ話だ」
「え、えこ贔屓、ですか」
「えこ贔屓の塊みてェな男だな」
 そう言うと、グレイはわざとらしく顔を顰めた。
「顔良し、体格良し、家柄良し。文武両道で、国の宰相を務める頭と、この国じゃ二番目の武の実力。部下にも慕われてるし、趣味のなんかの大会で優勝とかもザラで、殿堂入りしたから審査員になったとかもあったな。あと、店の経営とかも手ェ出してんだよなあの人。それは流石に宰相になってからは忙しくって人に委託したみてェだけど」
「わぁ……」
「まー、何よりもふざけてんのは魔法適性だけどな。なんだ全適持ちって。複数属性持って生まれやすい銀ですら全適は珍しいっつーのに、その上あの男、属性の組み合わせが必要な複合魔法まで使えるからな。なんでだよ。銀の王だってあの人より魔法適性高いけど、複合魔法は扱えねぇのに。いやまァ銀の国の適性に関しちゃお国柄だけど、だったら血筋は金と赤のあの人は、むしろ火に特化してるか全適性死んでるかのどっちかになるべきじゃあねェのかよ。なあ?」
「は、はぁ……」
「魔物も獣も人も老若男女問わず軽率にたらしこむような男だけど、だからって精霊までたらしこむか、普通? オレはあの人、生まれる前に神サマもたらしこんで来たと踏んでる」
「え、と……」
「いや、イイ男ではあるんだけどよ」
 殆ど一息にそこまで言い切ったグレイは、やれやれと首を横に振った。その勢いに呑まれて半ば自失していた少年は、遅れて感心が追いついた。何への感心かと言えば、貶しているのだか褒めているのだかよく判らないが、かなりの長文で上司を評したグレイと、そのグレイの言葉の内容についてである。
「……なんだか、凄いですね」
「そうだよな。意味判んねェんだよ、あの人」
 少年の言葉はグレイの様子と宰相の二つにかかっていたのだが、グレイは後者の方としか受け取らなかったようだ。どうでも良いことだったので、特に訂正は入れなかった。
(……それにしても、宰相様、本当に僕と同じ人間なのかな)
 ぼんやり凄い人だとは思っていた少年だったが、改めて聞かされると、身体の組成物から既に別物であると聞いても納得できるな、と思った。
 羨ましいな、とは思わない。天と地ほども差がありすぎて、なんだか物語の主人公のようだなぁ、という感想が浮かんでくるくらいだ。どうしようもない少年のような人間がいれば、レクシリアのような完全無欠めいた男もいる。世の中はそうして全体の帳尻が合うようにできているのだろうか。
 そんなことをぽけっと考えていたせいで、案の定注意力散漫になっていた少年は、グレイに顔を覗き込まれて盛大に肩を跳ねさせた。
「おい」
「っ! ……あ、ええと」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっと、その、宰相様って、できないことなんてないんだろうな、って、考えて」
 しどろもどろに少年が言うと、グレイはぽかんと目を見開いた。次いで、ふっと噴き出したかと思えば、声を上げて笑い始める。
 腹を抱えんばかりの様子に、少年は驚いて肩を震わせた。
(そ、そんなにおかしなこと、言ったかな……?)
 暫くグレイは笑い声を上げていたが、どう反応すればいいか判らず困惑のまま固まっている少年に気づくと、どうにかこうにか笑いを収めた。
「いや、悪ィ。ま、言わんとしているところは判る。そう見えるよな。ただなんだ、別にあの人、完全な万能って訳じゃねェんだよ」
「そう、なんですか?」
 少なくともグレイの先ほどの話しぶりでは、そう窺えたのだが。
 少年が不思議そうにすると、グレイがぱっと口元を手で押さえた。どうにも笑いがぶり返しそうになったようだった。
「おー。そもそもリーアさん、八割人間だからな」
「八割……?」
「確かにあの人は、大抵のことは何でもできる。初めてのことでもすぐにコツ掴むし、コツを掴んだら一気に成長するし。そのお陰で、とんでもなく多趣味なんだよな。でも、なんつーかな、極められねェんだよ、あの人」
 だから八割だ、とグレイは腕を組んだ。
「ま、その八割がリーアさんの場合、大抵の人間の十を上回っちまうから腹立たしいんだけどな。でも、その道のプロっつーか、それを極められる人間には、どう足掻いても敵わねェ。どんなことでも世界一にはなれねェんだ。良くて世界二位だな」
「それでも、充分凄いと思いますが」
「そうだな、オレもそう思う。万能じゃないが万能に近くはあるし。でも本人、極められねェこと気にしてるんだよ。如何せん、幼少期から傍にいるのがロステアール・クレウ・グランダとかいうよく判らん生物だからな。あの王サマはどうしようもないポンコツだが、剣術の腕なら多分世界一だし、極められる物事に関しては世界一になれる男だ。ポンコツだし馬鹿だしアホのすっとこどっこいだけど」
 相変わらずの歯に衣着せぬ発言に、少年は曖昧な笑みを浮かべた。グレイは何故か、あの美しい王のことを盛大にこき下ろすのだ。確かに少年も変わった王様であるとは思うが、すっとこどっこいは流石に、どうなんだろうか。
 賢明に口を慎んでいる少年に、そういうわけでな、とグレイが続ける。
「大概なんでもできる、ってのが、あの人の場合ある意味でコンプレックスなんだ。多趣味も度が過ぎて、いっそ無趣味みてェだし」
 はぁ、と少年の口から呆けた息が零れ落ちた。何でもできるのがコンプレックス、とは、なかなか少年には理解しがたい。それと同時に、どんなに凄い人でも、何某かの悩みからは逃れられないのだな、と思って、なんとなく虚しい気持ちになった。
 であれば、あの美しい王も、何か悩みがあるのだろうか。
 ふと浮かんだそれに、少年はひとつ瞬きをした。レクシリアがそうであるのだから、何を考えているのか未だによく判らない王が悩みを抱えていてもおかしいことはない。だが、泰然自若とした男に悩みと言う言葉は、なんだか不釣合いに思えた。少年がどう感じようが悩みくらい生じるのだろうけれど、なら、あの王が抱える悩みはどんなものなのだろうか。
 少し、ほんの少し、僅かだけ気になった。けれど、少年がそれを尋ねることはきっとない。無駄だと判断して、少年はその疑問を忘れることにした。
「まーでも、ひとつあるんだけどなァ」
「……何がですか?」
 ぽつりとグレイが呟いた言葉を拾って、少年が聞き返す。それを受けたグレイは、少しばかり考えるような素振りを見せた後、何か企んでいるような、そんな笑顔になった。
「そうだな。なァ、オマエ、刺青師ってことは絵も描けるよな?」
「え、ああ、はい。そうですね、一応」
「オレの騎獣覚えてるか?」
「騎獣……? ……ああ、あの、黒くて翼の生えてる?」
「そう、それだ」
 話の繋がりが見えず、少年は何を言い出すのだろうと戸惑うのだが、グレイは気にした様子もなかった。
 グレイは勉強会中に使用していた魔術陣を書いた紙を裏返し、白い面をとんとんと指で叩いて、鉛筆を少年に差し出した。
「覚えてる範囲でいいから、ちょっとここにオレの騎獣を描いてみてくれ」
「え、ええと……はい」
 差し出された鉛筆を流れで受け取り、戸惑いつつも少年は紙に向かった。思い描くのは、ルーナジェーンという名のグレイの騎獣だ。実際に触ったことはないが、見た目にも柔らかそうな黒毛の獣だった。身体の作りは単純だったので、モデルが目の前になくてもなんとなくは描けるだろう。
 しなやかな体躯に、三角の耳、長い尻尾と、大きな翼……。愛らしい騎獣は、刺青の参考にもなるだろうか。今度スケッチでもさせてもらえないかな、無理かな、などと考えながら手を動かしているうちに、紙の上にはすまし顔で座っている一匹の獣ができ上がった。
 少年が鉛筆を置いたのを見て、ひょいと覗き込んできたグレイが、上手いもんだな、と感心したように言うのと同時に、こんこんと部屋のドアがノックされる。
「グレイ、少し良いか」
 グレイの返答の後にドアを開けて入ってきたのは、先ほどまでの話題の中心、レクシリア・グラ・ロンター宰相だった。
 本人のいないところで話をしていたことを思い出して、少しばかり気まずい気分になった少年に対し、グレイは逆にぱっと顔を明るくしてみせた。だがその顔は、何かを企んでいるような表情をしている。
「なんだ、楽しそうだな。何してたんだ?」
「休憩中です。コイツと話したりしてましたよ」
「へぇ。思ってた以上に打ち解けてるようだな。ま、何よりだよ」
「えっ、あ、はい、……お陰さまで」
 柔らかく微笑まれ、少年は反射的に返事をしたが、そんなに打ち解けているかどうかはよく判らない。確かに何故かグレイとは話しやすい気がするが、だからといって全面的に心を許している訳ではなかった。
 そんなことを考えている少年の前で、グレイが椅子から立ち上がり、レクシリアを引っ張って連れて来た。
「おい、グレイ?」
「いやはやリーアさん、丁度良いですね。ええ、最高のタイミングですよ。流石です」
「は? 何がだよ」
 レクシリアの疑問には答えず、グレイは先ほどまで自分が座っていた椅子にレクシリアを座らせた。訝しげな目が一度、向かいに座る少年にも向けられたが、生憎少年にも何がなんだかよく判らない。
 困惑の視線がグレイに戻されるのと同時に、グレイは少年にしたように、レクシリアに鉛筆を差し出した。思わずと言った風に受け取ったレクシリアの前に、少年が使っていたのとは別の紙を用意して、グレイがほらと促す。
「ちょっとここにルーナ描いてください、ルーナ」
「は?」
「ルーナですよ。早く」
「いや、何だよ急に。つーか俺はお前に用事があって、」
「い・い・か・ら」
 レクシリアの言葉を遮って言ったグレイの手が、急かすように紙をぱんぱんと叩く。
 何か言いたげな表情をしたレクシリアだったが、大きく深い溜め息を吐き出しただけで、結局何も言わなかった。そうして大人しく鉛筆を握り直したレクシリアに、少年は密かに安堵する。喧嘩でも始まったらどうしようと不安になったのだが、どうやら杞憂だったようだ。そしてそれはそれとして、やっぱり上司と部下にしては変な関係だな、と思った。今のところ、赤の国では上下関係がとても緩いという印象ばかりが強くなっている。
(……グレイさん、何考えてるんだろう)
 色んな方向性の意味合いを含んだ思いが、少年の胸中に落ちる。
 少しして、レクシリアが手を止めた。
「――よし、できたぞ。これで良いか?」
 その言葉に、レクシリアの背後からグレイがその手元を覗き込む。少年もそこに視線を向けて――、目が点になった。
 白い紙に、黒い何かが描かれている。如何せん、少年の語彙力では、それを正確に表現する術を持たなかった。
 目のようなものや口のようなもの。位置から見て恐らく耳だろう三角。尻尾……なのだろうか、ひょろっと出ている細いもの。身体の部分から生えている、おそらく翼。構造無視についているのは、きっと足なのだろう。それらを併せて見れば、グレイの騎獣に……、
(……見、え、ない……なぁ……)
 子供の落書き、ともまた違う。なんだか見ていると不安になってくる、不思議な、そしてとても不気味な絵だった。こういうものは特に得手不得手が出やすいのだろうが、それにしてもレクシリアの描いた絵は、ドのつく下手くそと言うか、ある意味センスの塊と言うか……。
「ぁ、アナタのっ、アナタの絵は本当に化け物ですね! ははっ、なんで、っふ、いつも化け物を量産するんですか、この化け物量産機! あっははは!」
「誰が化け物量産機だ失礼だな。どっからどう見てもルーナだろうが」
「ははっ! 本気で、本っ気でそれ言ってるの、は、本当にどうかしてますよね! っ、ふふ、オレの可愛いルーナを、こんなっ、こんな怪物と、んふふっ、一緒にしないで下さい」
「はぁ? 特徴だって捉えてるだろ」
(え、どこが?)
 少年は不気味な絵からレクシリアに目を向けた。レクシリアの麗しい横顔は毅然としていて、どうやら本気でこの絵が化け物ではないと思っているようである。少年は愕然とした。
「身体が黒くて、足が四本で、長い尻尾で、三角の耳があって、ひげも生えてる」
(……間違っては、いない、けど……)
「そういう問題ですか? アナタ、ライガに黒インクをぶちまけて染めたら、ルーナに見えてしまいそうですね」
「なんでだよ。あいつはもっと毛が長いし、尻尾も耳の形も全然違うだろ」
「そういう話ではなくて。ああほら、お手本がここにありますよ、お手本……、ふっ! なっ、並べると本当に、ひっでェなァおい……!」
 グレイがさっと少年の絵を取り上げて、レクシリアの絵の隣に並べた。隣におおよそ正しいものが来たことで、レクシリアの絵の化け物感が余計に増す。それを見て笑いがぶり返したのか、グレイは再び腹を抱えた。そんな秘書官を軽く睨んでから、レクシリアは少年の方を見た。
「……そこまで変じゃないよな?」
 真正面からじっと見つめられ、少年は思わず怯んでしまう。そこで、ふと気づいた。明るい部屋で真正面の位置、見上げるでもないため影もない。机ひとつ挟んだ距離があるが、美しい顔貌に嵌った双眸が、きちんと確認できた。
(……あ、やっぱり。判りにくいけど、……宰相様、黒じゃなくて、青色の目をしていらっしゃるんだ)
 青と言っても、深海のような青色だ。色が深くて、ぱっと見や遠目からでは黒い瞳に見えるのだろう。近い距離でよく見なければ、この青を青だと気づくことは難しそうだ。
 見惚れる、というほどでもないが、綺麗だなと見つめ返す形になってしまった少年の口は仕事を放棄していたため、返答がないことを不安に思ったのか、レクシリアはグレイを見た。視線を受けたグレイはやれやれとわざとらしく肩を竦め、首を横に振った。
「リーアさん、なに子供を困らせてるんですか。幾ら化け物だと思っても、ソイツが素直にそう言える訳ないでしょうに」
「いや、別にそういうつもりじゃなくてだな……!」
 一瞬焦ったように声を荒げかけ、けれどレクシリアは深々と溜め息を吐き出すだけで終わった。苦労性らしい宰相は、よくよくこうやって言葉を呑みこんでいる。
 そのあたりではっと我に返り、少年は慌てて言い募った。
「あ、あの、僕は……」
「ああ、いや、良いよ、大丈夫だ、ありがとな。……つーかなぁ、グレイ、俺はこんなことするためにお前のところに来た訳じゃねぇんだよ」
「そういえばそうでしたね。すみません、アナタがあまりにも良いタイミングでいらっしゃったものですから」
「まったく……」
 またも溜め息を吐きつつ、レクシリアが立ち上がる。少しグレイを借りてくな、と言って申し訳なさそうに微笑む男に頷いて返すと、彼はドアの方へと歩いていった。少し待っててくれとひらひら手を振りつつ、グレイがその後を追う。
 しかし、ドアの前で不意にグレイが足を止めた。
「グレイ?」
「すぐに追います、ちょっと先に行っててください」
 訝しげな顔をしたレクシリアにそう答えて、グレイが少年の方へと戻ってくる。レクシリアは片眉を上げたが、そのまま先に部屋を出て行った。
 何か忘れ物だろうか、とグレイの動きを追っていた少年は、戻ってきたグレイにぐっと顔を覗き込まれ、びくりと肩を跳ねさせた。
「ぐ、グレイさ……」
「ひとつ、言い忘れてたんでな」
 少年と同じ黒のような紫の瞳が、眼前でにまりと歪む。
「あの人の目の色は他言無用だぞ? よォく見ないと判らねェ、オレの一番のお気に入りだからな」
 そう言ったグレイに気圧され頷いた少年を見て、グレイは満足そうに目を細めた。そしてさっと身体を離したかと思えば、そのまま部屋を出て行ってしまう。
 残された少年は、暫く二人が出て行ったドアを見つめていた。
 なんだったのだろう、と今日何度目か知れないその思いに、少し忘我する。
 暫くして我に返った少年は、なんとなく机上の紙に視線を向けた。少年の描いた騎獣と、レクシリアの描いた騎獣であるらしいもの。それを見ていたグレイの様子を思い出して、少年はぽつりと呟く。
「……やっぱり、赤の国の人は、よく判らないなぁ」
 赤の国全体に対しての多大な風評被害を零しつつ、少年はレクシリアの絵を回収した。
 このなんとも不安になる不気味さは、何かデザインの参考になるのではないか、と考えたからである。
 後日それを知ったレクシリアの、ほれ見たことか参考にされるくらいのもんなんじゃねえか、というドヤ顔を見て、グレイがその脛を思い切り蹴飛ばすことになるのだが、今の少年にそれを知る術はなかった。
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