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花いちもんめ 1
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きゃあきゃあと楽しそうな笑い声が響く中、はしゃぐ子供たちと一緒になって、椿は鬼から逃げ回っていた。
鬼、と言っても本当の鬼ではない。椿や子供たちを追いかけ回しているのは、鬼ごっこの鬼だ。
「お兄ちゃん、つかまえた!」
楽し気な声と共に、鬼役の子供が椿に追いついてその服を掴んだ。
「わっ、捕まっちゃった」
「じゃあこんどは、お兄ちゃんがおにー!」
「うん、任せて。頑張るね」
椿が笑みを浮かべてそう返せば、新たな鬼から逃げようと、子供たちが一斉に駆け出していく。
子供と言っても侮るなかれ、彼らは意外と素早く動くし、小回りの利く身体を捕らえるのは思っていたよりも難しいのだ。
(誰かと遊んだ経験なんてないから知らなかったけど、外で遊ぶのって結構体力使うんだなぁ)
そんなことを考えながら、椿は子供たちを追うべく駆け出した。
こうして見ているとただ遊んでいるだけのように見える椿だったが、一応これは子守というれっきとした仕事である。
現在朧と椿が滞在している村の大人たちから、子供たちの遊び相手をするように仰せつかっているのだ。
そもそも椿と朧がこの村に滞在することになったのは、村の子供の間で軽く流行している病が原因だった。本当は一晩の宿を借りたらすぐに出て行くはずだったのだが、朧を薬師と知った村の大人たちから、病が治るまで子供たちを診て欲しいと頼まれ、朧はそれを快諾したのだ。
そういう訳で朧は、暫しの間この村に留まり、子供たちの病を治すべく薬師の仕事に勤しむことになったのだが、一緒にいる椿の方は、特にこれといってできることがなく、手持ち無沙汰になってしまった。
一応、仕事道具の準備や片づけ、薬の調合の手伝いなどはできるのだが、今回は診なければならない人数がそれなりに多いということで、朧からはやんわりと手伝いを断られてしまった。ようは、自分一人でやった方が早いから、今回は手を出すなと言われたのだ。実際、椿の手を入れずに朧一人で作業をした方が効率が良いのは事実なので、仕方のない話である。寧ろ、急ぎでないときは快く手伝わせてくれるのだから、朧はやはり優しい人だと椿は思った。
しかし、こうなると椿ができることはなく、ただ飯を食らうだけの朧のおまけになってしまう。それはできれば避けたい、と思った椿が、何か手伝えることはないか、と村人たちに尋ねたところ任されたのが、子守の仕事だった。
病気の子供にかかりきりになっている親たちから、流行病に罹らずに済んだ、或いはもう完治した兄弟たちの遊び相手になって欲しいと頼まれたのだ。
確かに、病気の兄弟から隔離され、その看病をしている親たちからもあまり構って貰えていない子供たちは、どことなく寂しそうな様子で、少し可哀相だった。そう思った椿は親たちの頼みを快く引き受け、そして今に至る。
連日子供たちの遊びに付き合うのはなかなか体力のいる仕事ではあったが、下働きとして働く以外のことをほとんどしてこなかった椿にとって、かくれんぼや蹴鞠、ちゃんばらなどの遊びはとても新鮮で、子供たちと一緒になって楽しんでいた。
(それにしても、本当に凄い体力だなぁ……)
椿がこの村に滞在してからというもの、子供たちは毎日欠かさず椿を誘っては、朝から日暮れ近くまで全力で遊んでいる。小柄な椿よりもさらに小さな身体のどこに、そんな力があるのやら。
(いや、子供だからこそなのかも。何にしても、元気なのは良いことだよね)
そんなことを考えつつも、子供たちとの遊びは種類を変えて続いていく。
椿が何度目かの鬼役になったあたりで鬼ごっこが終わったかと思えば、次は蹴鞠が始まり、誰が一番上手にお手玉をできるかを競った後は、河原まで行って水切りをすることになった。
水切り、というのが何なのか知らなかった椿は、子供たちが投げた石が水面をぽんぽんと跳ねる様に目を丸くして驚き、そんな椿の反応に気を良くした子供たちは、こぞって椿に投げ方を教えてくれた。
そして、年下の子供たちからの助言を真剣に聞いて練習した椿が、ようやく安定して三、四回程度石を跳ねさせることができるようになった頃。子供たちの一人が、ふと空を見上げて声を上げた。
「あ、そろそろ帰らないと」
その声につられて、他の子供たちも次々と空を見上げ、残念そうな声を出す。椿も同じように空に目を向ければ、日暮れにはまだ早いものの、日は天頂から随分と西に傾いていた。
ここの子供たちは、親から夕暮れ前には帰宅するように言い含められているようで、毎日これくらいの時間になると、全員遊びを切り上げ出すのだ。
「もうちょっとあそびたいのになぁ」
「あとちょっとならへいきじゃない?」
「でもおそくなると怒られちゃうよ?」
「かーちゃん、怒るとこえーんだよなー」
怒られた記憶を思い出したのか、ぼやいた子供がぶるりと肩を震わせ、他にも心当たりがあるらしい数名が諦めたように肩を落とす。そんな子供たちを見て、椿は小さく笑った。
(可愛いなぁ)
結局子供たちは、まだ帰りたくないという表情を前面に出しつつも、言いつけを破ることなく帰り道を歩き始めた。それを見て椿も、子供たちの後をついて行こうとしたのだが、
「ねぇ、お兄ちゃん」
呼びかけと共に袖口をぐいっと引っ張られ、椿は踏み出そうとした足を止めた。
「やっぱり、もうちょっとだけあそぼうよ」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけだから、ね?」
その声に振り向いてみれば、何人かの子供が、椿に期待の目を向けていた。家に向かって歩き始めた子たちは諦めがついたようだが、どうやらこの子たちはそうはいかなかったらしい。もしかすると、年嵩の椿がいるため、甘えの気持ちが出ているのかもしれないな、と椿は思った。
(うーん……、困ったな……)
内心でそう呟き、椿は僅かに眉を寄せた。この子たちも恐らく、親から日暮れ前には帰るように言われているはずだ。この河原はそこまで村から離れていないが、それでも暗くなれば危ないのは間違いない。
とはいえ、子供たちの言い分も判りはするのだ。
確かに空が赤く染まるまではまだ時間があるし、遊びたい盛りの子供たちが、あと少しくらいは良いじゃないかと思ってしまうのも無理はない。
さてどうするべきか、と思った椿が子供を見下ろせば、椿の服をしっかりと握るその表情は頑なで、ちょっとやそっとでは説得できそうにないな、と椿は確信した。
「……じゃあ、少しだけだよ」
迷った椿は、結局子供たちのお願いを聞いてあげることにした。どうしても駄目だ、と突っぱねても良かったのだが、それで更に頑なになられては困るし、言うことを聞かずに勝手に遊び出した挙句、何処か遠くへ行ってしまうようなことがあれば大変だ。それなら、見張りも兼ねて遊びに付き合ってあげた方が安全だろう。
「やったぁ!」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「うん。でも、本当に少しだけだからね?」
歓喜の声を上げる子供たちに、釘を刺すことは忘れない。そんな椿の言葉に返事をしつつも、子供たちはまだ遊べるという事実が嬉しくて仕方がないようだった。
はしゃぐ子供たちの想像以上の喜びように椿が苦笑していると、帰路についていた集団の一人から声が掛かった。
「おにいちゃーん、行かないのー?」
その声に椿が振り向いてみれば、帰り道を歩く子供たちは、いつの間にか随分遠い場所まで進んでいた。
「後から行くから、先に帰っていて!」
両手を口に添えて椿がそう叫ぶと、子供たちは、気をつけてね、遅くなったらだめだよ、などと口々に言ってから、わいわいと騒ぎながら帰って行った。
鬼、と言っても本当の鬼ではない。椿や子供たちを追いかけ回しているのは、鬼ごっこの鬼だ。
「お兄ちゃん、つかまえた!」
楽し気な声と共に、鬼役の子供が椿に追いついてその服を掴んだ。
「わっ、捕まっちゃった」
「じゃあこんどは、お兄ちゃんがおにー!」
「うん、任せて。頑張るね」
椿が笑みを浮かべてそう返せば、新たな鬼から逃げようと、子供たちが一斉に駆け出していく。
子供と言っても侮るなかれ、彼らは意外と素早く動くし、小回りの利く身体を捕らえるのは思っていたよりも難しいのだ。
(誰かと遊んだ経験なんてないから知らなかったけど、外で遊ぶのって結構体力使うんだなぁ)
そんなことを考えながら、椿は子供たちを追うべく駆け出した。
こうして見ているとただ遊んでいるだけのように見える椿だったが、一応これは子守というれっきとした仕事である。
現在朧と椿が滞在している村の大人たちから、子供たちの遊び相手をするように仰せつかっているのだ。
そもそも椿と朧がこの村に滞在することになったのは、村の子供の間で軽く流行している病が原因だった。本当は一晩の宿を借りたらすぐに出て行くはずだったのだが、朧を薬師と知った村の大人たちから、病が治るまで子供たちを診て欲しいと頼まれ、朧はそれを快諾したのだ。
そういう訳で朧は、暫しの間この村に留まり、子供たちの病を治すべく薬師の仕事に勤しむことになったのだが、一緒にいる椿の方は、特にこれといってできることがなく、手持ち無沙汰になってしまった。
一応、仕事道具の準備や片づけ、薬の調合の手伝いなどはできるのだが、今回は診なければならない人数がそれなりに多いということで、朧からはやんわりと手伝いを断られてしまった。ようは、自分一人でやった方が早いから、今回は手を出すなと言われたのだ。実際、椿の手を入れずに朧一人で作業をした方が効率が良いのは事実なので、仕方のない話である。寧ろ、急ぎでないときは快く手伝わせてくれるのだから、朧はやはり優しい人だと椿は思った。
しかし、こうなると椿ができることはなく、ただ飯を食らうだけの朧のおまけになってしまう。それはできれば避けたい、と思った椿が、何か手伝えることはないか、と村人たちに尋ねたところ任されたのが、子守の仕事だった。
病気の子供にかかりきりになっている親たちから、流行病に罹らずに済んだ、或いはもう完治した兄弟たちの遊び相手になって欲しいと頼まれたのだ。
確かに、病気の兄弟から隔離され、その看病をしている親たちからもあまり構って貰えていない子供たちは、どことなく寂しそうな様子で、少し可哀相だった。そう思った椿は親たちの頼みを快く引き受け、そして今に至る。
連日子供たちの遊びに付き合うのはなかなか体力のいる仕事ではあったが、下働きとして働く以外のことをほとんどしてこなかった椿にとって、かくれんぼや蹴鞠、ちゃんばらなどの遊びはとても新鮮で、子供たちと一緒になって楽しんでいた。
(それにしても、本当に凄い体力だなぁ……)
椿がこの村に滞在してからというもの、子供たちは毎日欠かさず椿を誘っては、朝から日暮れ近くまで全力で遊んでいる。小柄な椿よりもさらに小さな身体のどこに、そんな力があるのやら。
(いや、子供だからこそなのかも。何にしても、元気なのは良いことだよね)
そんなことを考えつつも、子供たちとの遊びは種類を変えて続いていく。
椿が何度目かの鬼役になったあたりで鬼ごっこが終わったかと思えば、次は蹴鞠が始まり、誰が一番上手にお手玉をできるかを競った後は、河原まで行って水切りをすることになった。
水切り、というのが何なのか知らなかった椿は、子供たちが投げた石が水面をぽんぽんと跳ねる様に目を丸くして驚き、そんな椿の反応に気を良くした子供たちは、こぞって椿に投げ方を教えてくれた。
そして、年下の子供たちからの助言を真剣に聞いて練習した椿が、ようやく安定して三、四回程度石を跳ねさせることができるようになった頃。子供たちの一人が、ふと空を見上げて声を上げた。
「あ、そろそろ帰らないと」
その声につられて、他の子供たちも次々と空を見上げ、残念そうな声を出す。椿も同じように空に目を向ければ、日暮れにはまだ早いものの、日は天頂から随分と西に傾いていた。
ここの子供たちは、親から夕暮れ前には帰宅するように言い含められているようで、毎日これくらいの時間になると、全員遊びを切り上げ出すのだ。
「もうちょっとあそびたいのになぁ」
「あとちょっとならへいきじゃない?」
「でもおそくなると怒られちゃうよ?」
「かーちゃん、怒るとこえーんだよなー」
怒られた記憶を思い出したのか、ぼやいた子供がぶるりと肩を震わせ、他にも心当たりがあるらしい数名が諦めたように肩を落とす。そんな子供たちを見て、椿は小さく笑った。
(可愛いなぁ)
結局子供たちは、まだ帰りたくないという表情を前面に出しつつも、言いつけを破ることなく帰り道を歩き始めた。それを見て椿も、子供たちの後をついて行こうとしたのだが、
「ねぇ、お兄ちゃん」
呼びかけと共に袖口をぐいっと引っ張られ、椿は踏み出そうとした足を止めた。
「やっぱり、もうちょっとだけあそぼうよ」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけだから、ね?」
その声に振り向いてみれば、何人かの子供が、椿に期待の目を向けていた。家に向かって歩き始めた子たちは諦めがついたようだが、どうやらこの子たちはそうはいかなかったらしい。もしかすると、年嵩の椿がいるため、甘えの気持ちが出ているのかもしれないな、と椿は思った。
(うーん……、困ったな……)
内心でそう呟き、椿は僅かに眉を寄せた。この子たちも恐らく、親から日暮れ前には帰るように言われているはずだ。この河原はそこまで村から離れていないが、それでも暗くなれば危ないのは間違いない。
とはいえ、子供たちの言い分も判りはするのだ。
確かに空が赤く染まるまではまだ時間があるし、遊びたい盛りの子供たちが、あと少しくらいは良いじゃないかと思ってしまうのも無理はない。
さてどうするべきか、と思った椿が子供を見下ろせば、椿の服をしっかりと握るその表情は頑なで、ちょっとやそっとでは説得できそうにないな、と椿は確信した。
「……じゃあ、少しだけだよ」
迷った椿は、結局子供たちのお願いを聞いてあげることにした。どうしても駄目だ、と突っぱねても良かったのだが、それで更に頑なになられては困るし、言うことを聞かずに勝手に遊び出した挙句、何処か遠くへ行ってしまうようなことがあれば大変だ。それなら、見張りも兼ねて遊びに付き合ってあげた方が安全だろう。
「やったぁ!」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「うん。でも、本当に少しだけだからね?」
歓喜の声を上げる子供たちに、釘を刺すことは忘れない。そんな椿の言葉に返事をしつつも、子供たちはまだ遊べるという事実が嬉しくて仕方がないようだった。
はしゃぐ子供たちの想像以上の喜びように椿が苦笑していると、帰路についていた集団の一人から声が掛かった。
「おにいちゃーん、行かないのー?」
その声に椿が振り向いてみれば、帰り道を歩く子供たちは、いつの間にか随分遠い場所まで進んでいた。
「後から行くから、先に帰っていて!」
両手を口に添えて椿がそう叫ぶと、子供たちは、気をつけてね、遅くなったらだめだよ、などと口々に言ってから、わいわいと騒ぎながら帰って行った。
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