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令嬢と月旦評 3
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アルマニアを見てぱちりと一度瞬きをした彼は、次いで未だに敵意を剥き出しにしている人々に向かって片手を挙げた。すると、攻撃態勢を保っていた人々が、困惑の表情を浮かべながらも構えを解く。
その様を見て感心したような顔をしたアルマニアは、次いでヴィレクセストを見やった。その視線の意図を理解したヴィレクセストは、一瞬嫌そうな顔をしたものの、仕方がないといった風に溜息を吐き出してから、ぱちんと指を鳴らした。それを合図に、ヴィレクセストによって拘束されていた人々に自由が戻ってくる。
それを確かめてから、アルマニアが改めて青年へと向き直れば、彼はにこりと微笑みかけてきた。
「お嬢さんは、私のことをご存知だったのですか?」
「いいえ、残念ながら知らないわ」
「おや、ではどうして私がリーダーだと?」
にこやかな笑みのまま問う彼に、アルマニアもまた柔らかな微笑みを返した。
「貴方が一番、それっぽかったからかしら」
「……ほう、それっぽかった」
「ええ。貴方はこの部屋の中で一番私たちの登場に驚いていなくて、一番冷静に状況を見守っていて、それでいて一切及び腰になる様子もなかったから。そういう人ならリーダーに相応しいのではないかしら、と思ったのよ」
アルマニアの言葉に、青年は少しだけ驚いた顔をして彼女を見つめた。
「失礼ながら、お嬢さんには魔法の素質がないように見受けられるのですが、どうやってそれを感じ取ったのですか?」
「あら、相対する人間の人となりを知るのに、魔法なんて必要ないわ。きちんと経験を積んで学べば、そういうのは空気や雰囲気として肌で感じられるものよ」
アルマニアはごく当然のことのようにそう言ったが、それを聞いていたヴィレクセストは内心で笑った。
アルマニアのような、大勢が群れなす中で誰が群れのアルファなのかを見ただけで判別できる者というのは、確かに存在する。だが、貴族の一般的な経験と学びだけによって誰もがその域に達せるかというと、そんなことはないのだ。
生まれながらの才に加え、常に人を見定めるという意識を持ち、その上でこの能力を身に着けるに足るだけの厳選された経験を豊富に積むこと。それが、今アルマニアが至っている境地に辿り着くための条件だ。
彼女の場合は、父であるロワンフレメ公爵が次期皇后として彼女を鍛えに鍛え抜いたからこそ、こうして当たり前のようにそれを行えている。
「……なるほど、特殊なのはそちらの男性だけかと思いましたが、お嬢さんもなかなか手強い方のようだ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それから、お嬢さんはやめてくださる? アルマニア・ソレフ・ロワンフレメよ」
その名前に、青年はぱちぱちと瞬きをしてから、なるほどと言った。
「まさか、貴方がアルマニア嬢だとは思いませんでした」
「あら、私のことを知っているの?」
「勿論ですよ。シェルモニカ帝国の次期皇后と名高いお方の名を、知らないはずがありません」
「元、よ。どうせ知っているのでしょう? 私は婚約破棄どころか身分もはく奪された上で、あの国を追い出されたわ」
そう言ったアルマニアに、青年は頷きを返した。
「存じていますよ。けれど、それで貴女がこれまで培ってきたものが貶められる訳ではないでしょう?」
その言葉に、アルマニアは思わず青年の目を見た。彼の紫色の瞳に映っているのは、憐みでも同情でもない。ただ、当然そういうものだろうという意思だけが、アルマニアを見つめている。
「……ええ、そうよ」
その通りだ。皇后の座につくことができなくなったからと言って、アルマニアが学び、身に着けて来たことが失われる訳ではなく、それらの功績を貶されるいわれもない。
そんなことは判っていた。判っていたが、それでもこうして誰かにそう言って貰えると、心の柔らかいところをそっと撫でられたような心地がして、なんだか落ち着かなかった。
そんな感情を隠し切れず、妙な顔をしてしまったアルマニアに、青年がふふふと笑う。それから彼は、アルマニアに向かって軽く頭を下げた。
「名乗っていただいたというのに、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はノイゼ・モンテナルハと申します。どうぞお見知りおきを」
優雅に一礼した彼の言葉に、アルマニアは目を見開いて口をぱくぱくとさせてから、ヴィレクセストをばっと振り返った。
アルマニアを後ろから見守っていた彼は、彼女の視線を受けてにこっと笑う。それを見て、アルマニアは恨めしそうな目で彼を睨んだ。
「……ヴィレクセスト、貴方知っていたのね」
「そりゃあまあ俺だし」
当然だろ、という顔をするヴィレクセストに、アルマニアが顔を顰める。これが令嬢でなければ、舌打ちのひとつくらいしていたところだろう。
ノイゼ・モンテナルハと言えば、八賢人が一人、幻夢の称号を戴く大魔法師である。ようは、この国に害を与えているとアルマニアが推測している賢人の一人が、レジスタンスのリーダーだというのだ。
その様を見て感心したような顔をしたアルマニアは、次いでヴィレクセストを見やった。その視線の意図を理解したヴィレクセストは、一瞬嫌そうな顔をしたものの、仕方がないといった風に溜息を吐き出してから、ぱちんと指を鳴らした。それを合図に、ヴィレクセストによって拘束されていた人々に自由が戻ってくる。
それを確かめてから、アルマニアが改めて青年へと向き直れば、彼はにこりと微笑みかけてきた。
「お嬢さんは、私のことをご存知だったのですか?」
「いいえ、残念ながら知らないわ」
「おや、ではどうして私がリーダーだと?」
にこやかな笑みのまま問う彼に、アルマニアもまた柔らかな微笑みを返した。
「貴方が一番、それっぽかったからかしら」
「……ほう、それっぽかった」
「ええ。貴方はこの部屋の中で一番私たちの登場に驚いていなくて、一番冷静に状況を見守っていて、それでいて一切及び腰になる様子もなかったから。そういう人ならリーダーに相応しいのではないかしら、と思ったのよ」
アルマニアの言葉に、青年は少しだけ驚いた顔をして彼女を見つめた。
「失礼ながら、お嬢さんには魔法の素質がないように見受けられるのですが、どうやってそれを感じ取ったのですか?」
「あら、相対する人間の人となりを知るのに、魔法なんて必要ないわ。きちんと経験を積んで学べば、そういうのは空気や雰囲気として肌で感じられるものよ」
アルマニアはごく当然のことのようにそう言ったが、それを聞いていたヴィレクセストは内心で笑った。
アルマニアのような、大勢が群れなす中で誰が群れのアルファなのかを見ただけで判別できる者というのは、確かに存在する。だが、貴族の一般的な経験と学びだけによって誰もがその域に達せるかというと、そんなことはないのだ。
生まれながらの才に加え、常に人を見定めるという意識を持ち、その上でこの能力を身に着けるに足るだけの厳選された経験を豊富に積むこと。それが、今アルマニアが至っている境地に辿り着くための条件だ。
彼女の場合は、父であるロワンフレメ公爵が次期皇后として彼女を鍛えに鍛え抜いたからこそ、こうして当たり前のようにそれを行えている。
「……なるほど、特殊なのはそちらの男性だけかと思いましたが、お嬢さんもなかなか手強い方のようだ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それから、お嬢さんはやめてくださる? アルマニア・ソレフ・ロワンフレメよ」
その名前に、青年はぱちぱちと瞬きをしてから、なるほどと言った。
「まさか、貴方がアルマニア嬢だとは思いませんでした」
「あら、私のことを知っているの?」
「勿論ですよ。シェルモニカ帝国の次期皇后と名高いお方の名を、知らないはずがありません」
「元、よ。どうせ知っているのでしょう? 私は婚約破棄どころか身分もはく奪された上で、あの国を追い出されたわ」
そう言ったアルマニアに、青年は頷きを返した。
「存じていますよ。けれど、それで貴女がこれまで培ってきたものが貶められる訳ではないでしょう?」
その言葉に、アルマニアは思わず青年の目を見た。彼の紫色の瞳に映っているのは、憐みでも同情でもない。ただ、当然そういうものだろうという意思だけが、アルマニアを見つめている。
「……ええ、そうよ」
その通りだ。皇后の座につくことができなくなったからと言って、アルマニアが学び、身に着けて来たことが失われる訳ではなく、それらの功績を貶されるいわれもない。
そんなことは判っていた。判っていたが、それでもこうして誰かにそう言って貰えると、心の柔らかいところをそっと撫でられたような心地がして、なんだか落ち着かなかった。
そんな感情を隠し切れず、妙な顔をしてしまったアルマニアに、青年がふふふと笑う。それから彼は、アルマニアに向かって軽く頭を下げた。
「名乗っていただいたというのに、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はノイゼ・モンテナルハと申します。どうぞお見知りおきを」
優雅に一礼した彼の言葉に、アルマニアは目を見開いて口をぱくぱくとさせてから、ヴィレクセストをばっと振り返った。
アルマニアを後ろから見守っていた彼は、彼女の視線を受けてにこっと笑う。それを見て、アルマニアは恨めしそうな目で彼を睨んだ。
「……ヴィレクセスト、貴方知っていたのね」
「そりゃあまあ俺だし」
当然だろ、という顔をするヴィレクセストに、アルマニアが顔を顰める。これが令嬢でなければ、舌打ちのひとつくらいしていたところだろう。
ノイゼ・モンテナルハと言えば、八賢人が一人、幻夢の称号を戴く大魔法師である。ようは、この国に害を与えているとアルマニアが推測している賢人の一人が、レジスタンスのリーダーだというのだ。
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