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十五
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「お久方ぶりでございます」
会津を発ち、須賀川の父の城で一夜を過ごして、なお東に進むと古えに陸奥と東国を分けた関所、白河の関がある。
その南、棚倉の陣屋でもう一夜を過ごした盛隆の一行を出迎えたのは常陸国、佐竹氏の執事、佐竹義久だった。
先の白河での戦の後もこの辺りは佐竹の領土のままらしく、所々から扇に月丸の佐竹の紋を着けた旗ものが風にはためいているのがうかがえた。
「盛隆さま御自らのお運び、我が殿は驚いておいででございました」
馬を並べてゆるゆると進みながら、義久は愛想の良い笑顔を見せてきた。
「此度の和議は我が蘆名にとっても大事の事ゆえ、儂が自ら出向いてきた。もしや、いらぬ気遣いをさせたか?」
と問う盛隆に、大層に眉をしかめて義久が答えた。
「いいえ、とんでもございません。此度の和議はわが佐竹にとっても大事なる仕儀。蘆名の方々にその儀をご理解頂けたと我が殿もとてもお喜びでございます」
ーまぁ、そんな大層な理由ではなく、単純に盛隆さまにおいでいただけるのが嬉しいだけなのですが......ー
とこっそり金上に耳打ちした声は盛隆には聞こえない。矢祭の山を越えると、周囲の山の姿もなだらかになってくる。
そして常陸佐竹氏の主城、太田城の大手門前で一行を出迎えたのは、他ならぬ佐竹氏の当主、佐竹義重その人だった。
「遠いところをよう参られた。さあこちらに......」
当主一行に誘われて城の奥へと芦を運ぶ。黒川の城は山あいの盆地の中、小高い丘状の場所に建てられているのだが、こちらはそうではなく、周囲より一段と高い山の懐に屋敷を設け、山の頂きのあたりに天守閣を築いた、純然たる山城だった。
そして、荷を降ろした盛隆一行が客殿のある三之丸屋敷で一息つくや否や、義重がその天守閣に案内したい、と使いをよこしてきた。
「やれ、せわしないお方にございますな」
和議の話にすら入っていないというのに、先に天守に案内するというのだ。一風変わっているとは思ったが、これも東国流かと苦笑いしながら、盛隆と金上、そして護衛の近習は、義重の側近らしき男について、白壁の間に設けられた階を登っていった。
「お足許にお気をつけいただいて......」
案内された天守は三層でそう高い造りでは無かったが、最上の層で待つ義重が満面の笑みで示した先を見た時、盛隆は、一行は言葉を失った。
「これを真っ先にお見せしたくてな」
扇で指す先に広がるのは、どこまでも平らかな平地だった。大きなる川がゆったりと流れ、その周囲には広い稲田が広がる。黄金色に波打つ穂は豊かな実りを誇っていた。
その向こう、東の方には果ての知れぬ青が盛隆の目を驚かせた。
「あれは?」
と問う盛隆に如何にも上機嫌に義重は答えた。
「海じゃ。沢山の魚や珍しき生き物がおる」
「どこまで続いているのだ?」
と不思議そうに身を乗り出す盛隆に義重は苦笑いして答えた。
「わからぬ」
「わからぬ、とは?」
「いまだ果てまで行き着いた者がおらぬゆえのぅ。どこまで続いているのかはわからぬのだ」
「そう......か」
義重の言葉に相槌を打ちながら、盛隆は何処までも開けた景色に見入っていた。
ー会津とはあまりに違いすぎる.....ー
山々に閉ざされた土地に暮らす盛隆には信じがたい景色だった。
ややしばらくして、客殿の屋敷に戻り、和議の席が整うまで待つ間も、先ほど見た雄大な景色が頭から離れなかった。
和睦の交渉は思う以上に順調に進み、酒宴となった。
「これは美味い」
義重は会津の土産にと盛隆一行が、持参した酒が気にいった様子で上機嫌に盃を干し、盛隆達は初めて口にする海の幸の美味に舌鼓を打った。
ふと、義重が傍らの盛隆を見て、遠慮がちに尋ねた。
「平四郎どのはまだお子はおられぬのか?」
「まだ若輩でございますゆえ.....なれど義兄の残した子もおりますれば」
思わぬ問いにしどろもどろになる盛隆に代わって金上が答えると、義重は、そうか......と軽く頷いた。
「義兄上のお子は和子か姫か?」
義重はもう一杯、くい、と酒を干して訊いた。
「姫さまお二人にございます」
金上の答えに、今一度、大きく頷いて、義重は改めて盛隆に膝を向けた。
「儂には倅が二人おる。さればその姫御が年頃になったら、儂の倅どもの嫁にいただきたい」
「義重どの......」
ーそれは大殿にご相談してから.....ーと言いかけた金上を制して、盛隆は力強く頷き返した。
「必ずや......よろしくお頼み申す」
義兄の遺児達はまだ幼い。育ち上がる頃には義父の盛氏はもはやおらぬかもしれないし、いても盛隆の決定に否やは言わせない.......つもりだった。
ー蘆名の行く末は私が決めるのだー
この夜は、その大事な一歩だった。
会津を発ち、須賀川の父の城で一夜を過ごして、なお東に進むと古えに陸奥と東国を分けた関所、白河の関がある。
その南、棚倉の陣屋でもう一夜を過ごした盛隆の一行を出迎えたのは常陸国、佐竹氏の執事、佐竹義久だった。
先の白河での戦の後もこの辺りは佐竹の領土のままらしく、所々から扇に月丸の佐竹の紋を着けた旗ものが風にはためいているのがうかがえた。
「盛隆さま御自らのお運び、我が殿は驚いておいででございました」
馬を並べてゆるゆると進みながら、義久は愛想の良い笑顔を見せてきた。
「此度の和議は我が蘆名にとっても大事の事ゆえ、儂が自ら出向いてきた。もしや、いらぬ気遣いをさせたか?」
と問う盛隆に、大層に眉をしかめて義久が答えた。
「いいえ、とんでもございません。此度の和議はわが佐竹にとっても大事なる仕儀。蘆名の方々にその儀をご理解頂けたと我が殿もとてもお喜びでございます」
ーまぁ、そんな大層な理由ではなく、単純に盛隆さまにおいでいただけるのが嬉しいだけなのですが......ー
とこっそり金上に耳打ちした声は盛隆には聞こえない。矢祭の山を越えると、周囲の山の姿もなだらかになってくる。
そして常陸佐竹氏の主城、太田城の大手門前で一行を出迎えたのは、他ならぬ佐竹氏の当主、佐竹義重その人だった。
「遠いところをよう参られた。さあこちらに......」
当主一行に誘われて城の奥へと芦を運ぶ。黒川の城は山あいの盆地の中、小高い丘状の場所に建てられているのだが、こちらはそうではなく、周囲より一段と高い山の懐に屋敷を設け、山の頂きのあたりに天守閣を築いた、純然たる山城だった。
そして、荷を降ろした盛隆一行が客殿のある三之丸屋敷で一息つくや否や、義重がその天守閣に案内したい、と使いをよこしてきた。
「やれ、せわしないお方にございますな」
和議の話にすら入っていないというのに、先に天守に案内するというのだ。一風変わっているとは思ったが、これも東国流かと苦笑いしながら、盛隆と金上、そして護衛の近習は、義重の側近らしき男について、白壁の間に設けられた階を登っていった。
「お足許にお気をつけいただいて......」
案内された天守は三層でそう高い造りでは無かったが、最上の層で待つ義重が満面の笑みで示した先を見た時、盛隆は、一行は言葉を失った。
「これを真っ先にお見せしたくてな」
扇で指す先に広がるのは、どこまでも平らかな平地だった。大きなる川がゆったりと流れ、その周囲には広い稲田が広がる。黄金色に波打つ穂は豊かな実りを誇っていた。
その向こう、東の方には果ての知れぬ青が盛隆の目を驚かせた。
「あれは?」
と問う盛隆に如何にも上機嫌に義重は答えた。
「海じゃ。沢山の魚や珍しき生き物がおる」
「どこまで続いているのだ?」
と不思議そうに身を乗り出す盛隆に義重は苦笑いして答えた。
「わからぬ」
「わからぬ、とは?」
「いまだ果てまで行き着いた者がおらぬゆえのぅ。どこまで続いているのかはわからぬのだ」
「そう......か」
義重の言葉に相槌を打ちながら、盛隆は何処までも開けた景色に見入っていた。
ー会津とはあまりに違いすぎる.....ー
山々に閉ざされた土地に暮らす盛隆には信じがたい景色だった。
ややしばらくして、客殿の屋敷に戻り、和議の席が整うまで待つ間も、先ほど見た雄大な景色が頭から離れなかった。
和睦の交渉は思う以上に順調に進み、酒宴となった。
「これは美味い」
義重は会津の土産にと盛隆一行が、持参した酒が気にいった様子で上機嫌に盃を干し、盛隆達は初めて口にする海の幸の美味に舌鼓を打った。
ふと、義重が傍らの盛隆を見て、遠慮がちに尋ねた。
「平四郎どのはまだお子はおられぬのか?」
「まだ若輩でございますゆえ.....なれど義兄の残した子もおりますれば」
思わぬ問いにしどろもどろになる盛隆に代わって金上が答えると、義重は、そうか......と軽く頷いた。
「義兄上のお子は和子か姫か?」
義重はもう一杯、くい、と酒を干して訊いた。
「姫さまお二人にございます」
金上の答えに、今一度、大きく頷いて、義重は改めて盛隆に膝を向けた。
「儂には倅が二人おる。さればその姫御が年頃になったら、儂の倅どもの嫁にいただきたい」
「義重どの......」
ーそれは大殿にご相談してから.....ーと言いかけた金上を制して、盛隆は力強く頷き返した。
「必ずや......よろしくお頼み申す」
義兄の遺児達はまだ幼い。育ち上がる頃には義父の盛氏はもはやおらぬかもしれないし、いても盛隆の決定に否やは言わせない.......つもりだった。
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