上 下
7 / 27

しおりを挟む
「何?またか?」

 蘆名盛氏は、隠居所とした岩崎城の謁見の間で低く呻いた。
 常陸国主、佐竹義重が再び結城白河城に攻め入ったというのだ。



 尤も事の起こりは、白河結城氏10代当主・結城晴綱が病により当主としての活動が困難になってより、家中の実権を握るようになった小峰義親の謀反だった。
 天正元年(1573年)に晴綱が病死し、その子で幼少の義顕が家督を継ぐと後見人となったのだが、天正3年(1575年)結城(白河)姓を名乗って自らが白河結城氏の当主となった。
 義親は盛氏の婿であり、密かにそれを支援していた。

 ところが、会津が盛興の死によって混乱が生じた隙に常陸の佐竹氏が白河城に侵攻してきたのだ。
 結城白河氏はその臣下として屈したが、天正5年(1577年)7月、佐竹氏が南方から北条氏政に攻められたのに乗じて、盛氏は田村氏とともに援軍を送り手薄になっていた佐竹勢を白河城から逐い、白河家の実権を義親の手に取り戻したのだ。

 その白河城に北条氏との同盟を取り付けた佐竹義重が再び侵攻してきたというのだ。

「しつこい男だ......」

 白河結城氏と佐竹氏の確執は長い。国境を接していることもあり、また先に古河公方が山入佐竹家の所領を白河家に与えてしまったことも両家の争いの火種になっている。(尤もこれは既に佐竹氏に奪還されている)
 それより後、佐竹氏の南奥州への侵攻が続いているのだ。
 とりわけ当代の当主、佐竹義重は鬼佐竹と異名を取るほどの猛将である。先の白河城の奪還の際には四宿老のひとり、松本図書助ずしょのすけを戦場で喪っている。

ー白河は捨てるか......ー

 盛氏は深く息をついた。白河結城ごときのためにこれ以上戦力を削りたくは無かった。かと言って一兵も出さずに見殺しにするわけにもいかない。

 「盛隆さまに、ご出陣いただいてはいかがですか?」

「鶴王にか.....」

 元服を済ませた盛隆はすでに平四郎の仮名を名乗っている。が、代々蘆名家当主に引き継がれているこの名を口にすることを盛氏は好まなかった。

ー鶴王丸は蘆名の人間ではないー

 盛氏の中には確実にその区別があった。それは家来衆の中でも同じだった。

ーさればこそ......ー

「先の御初陣でも立派なるお働きをなされた。此度も蘆名の当主として先陣に立たれれば、家中の者の身も引き締まりましょう」

ううむ......と盛氏は唸った。既に盛氏は還暦近い年齢になっている。戦場で長く過ごすことが辛くなってきたのは確かだった。しかも本領とは関わりない手伝い戦だ。

「良かろう。鶴王に二千の兵を与えて、白河に向かわせよ」

 盛氏は大きな息をひとつ吐き、金上に命じた。

ーただし......、適度なところで退かせよーと。

 初陣を見た限りでは盛氏の思っていたよりも勇猛で、槍筋、刀筋も悪くは無かったー密かに盛興が手塩にかけて仕込ませた賜物なのだがーしかし、やたらに前に出て、突っ込みたがる癖はあった。

ー今、死なれては困るー

 余所者の養子でも、蘆名の家を継げる者がいない今、その存在を消してしまうわけにはいかなかった。


 一両日中に盛氏の命は黒川城にもたらされ、盛隆は蘆名の総大将として白河に向かうことになった。
 その身に纏う甲冑は亡き盛興の着けていたそれだった。先の合戦からまたひとしきり背が伸びた盛隆には以前の甲冑は合わなくなっていたのだ。

『きっと義兄上さまが守ってくださいますよ』

 彦姫は静かに微笑みながら、盛隆が義兄の甲冑を纏う姿を見守っていた。
どこまでも優しい、哀しい人だった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

【R-18】吉原遊廓

京月
歴史・時代
ここは𠮷原遊廓 女の涙と男のお金でできた街 床入りをした男と女しかわからない情事 吉原をこよなく愛する藤十郎が体験した吉原遊廓の話 この話はフィクションです

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【R18】女の子にさせないで。

秋葉 幾三
恋愛
初投稿です長文は初めてなので読みにくいです。 体だけが女の子になってしまった、主人公:牧野 郁(まきの かおる)が、憧れのヒロインの:鈴木 怜香(すずき れいか)と恋人同士になれるかの物語、時代背景は遺伝子とか最適化された、チョット未来です、男心だけでHな恋人関係になれるのか?というドタバタ劇です。 12月からプロローグ章を追加中、女の子になってから女子校に通い始めるまでのお話です、 二章か三章程になる予定です、宜しくお願いします 小説家になろう(18歳以上向け)サイトでも挿絵付きで掲載中、 (https://novel18.syosetu.com/n3110gq/ 18禁サイトへ飛びます、注意) 「カクヨミ」サイトでも掲載中です、宜しくお願いします。 (https://kakuyomu.jp/works/1177354055272742317)

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
江戸時代初期。 趣味人の落天は、極上の「女」を育てようと思い立った。 その素材に選ばれ、手入れを受ける「菊」と名づけられた美少女。 そのいびつな関係が始まって5年。 菊が17歳になったとき、落天が言った。 「そなたを女にしようと思う」…。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。(完結済み) https://novel18.syosetu.com/n7517m/

色白爆乳ムチムチ美少女中学生がクズな父親に種付けされて雌落ちを果たす物語

ユキリス
恋愛
実の父からの虐待を受けている女子中学生の献身。

処理中です...