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第二章 さらば愛しき日々
第26話 絶望の中で~ささやかな望み~
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「なぁ、もうこれは外してくれないか......?」
俺は枷の嵌まった左足をぷらぷらさせながら、ソファーにくつろいでグラスを傾けるミハイルに言った。
ヤツはあの薄暗い穴蔵のような部屋で散々に俺を弄んだ後、精根尽き果てた俺に目隠しをさせ、気を失ったままの俺にご丁寧に睡眠薬を注射して、この建物に運んだ。
窓からの眺めからすると、以前に俺が療養していた場所とは別な建物らしい。
落ち着いた調度はさして趣の変わるものではないが、ややクラシックな雰囲気がある。窓の外に異国風の尖った丸屋根が見える。
「こんなものを着けておかなくても、ボディーガードやら番犬がわんさか居るんだろう?外してくれ」
「ダメだ」
ヤツの口調は相変わらず冷たい。両手の拘束を解かれ、あの薄暗い部屋から解放はされたものの、俺の足は長い鎖でベッドに繋がれている。
「どうして.....?!.俺にはもう帰る場所は無い。お前が.......お前が奪ったじゃないか」
俺は憤慨し、ぶちまける、
そうだ。かつて俺の居場所だったところは全てミハイルに奪われた。香港のファミリーの連中はことごとくヤツに尻尾を振り、そのうえ姿容のまったく変わってしまった俺をラウルだと認める訳もない。レイラも俺の息子も、古びた写真の俺を愛して、待っている。
ミハイルに、こいつに過去の全てを奪われた俺に帰る場所は無い......。
「確かに、お前の仲間だった連中もお前の女も今のお前をラウルだとは思わないだろう。しかし.....」
グラスの氷が、カラン......と鳴った。
「お前はまだ野放しには出来ない。何をやらかすかわからないからな」
くいっと、ヤツはウオッカを飲み干し、窓の外に眼をやった。
「何を....?! まさか俺がここから飛び降りるとでも思っているのか?俺はそんなに弱くはない」
あのガキとは違う。死ぬのが怖いわけじゃない。この姿容で生きるのが辛くない訳じゃない。だが俺は、そういう逃げ方はしたくないし、しない。少なくともこいつに一泡吹かせてやるまでは死ねないし、もしかしたら......1㎜ほどの可能性でもあるなら、この身体を持ち主に返してやりたかった。
ヤツはふん...と小さく笑って言った。
「お前は死なない。お前には自殺なんて身勝手な真似は出来る筈はない。可愛い息子を見棄てて逝けるような身勝手な男ではあるまい。なんと言っても.....」
ヤツは、つ....と立ち上がると俺の前にウオッカのグラスを突き出した。
「あの腐った組織と心中しようとすらしていたんだからな」
「腐ってなんかいない.....!」
憤慨する俺にヤツは肩を竦めて唇の端を上げた。
「香港で奴らの有り様を見たろう。他人の眼とは言わせんぞ。....真実を直視したがらないのはお前の悪い癖だ」
俺はヤツの差し出したウオッカをあおった。強い酒に喉が焼けてむせた。涙が滲んだのは、酒のせいだ。俺はヤツにグラスを突き返して、手の甲で口を拭った。ヤツはグラスをテーブルに置き、俺の傍らに座った。
「あいつらはともかく、息子には会いたいだろう」
耳許で、悪魔が囁く。俺は身を震わせて叫んだ。
「息子に、レイラには手を出すな!」
「お前次第だ」
ヤツは極めて冷たい声音で言った。
「女にきちんと別れを告げてきたか?以前のお前はもういない。姿形もまったく変わってしまった。ここにいるのは.....」
ヤツの濡れた唇が俺の耳朶を食んだ。
「俺の可愛い雌犬の、ラウルだ」
横抱きにされた俺の胸にヤツの手が潜り込む。敏感になってしまった突起を抓られ、俺は顎をせり上げた。
「きちんと自覚できるまで、自由はお預けだ。息子に会うのもな.....」
重ねられたヤツの唇が俺を溶かす。力が抜け、身体の奥に熱が灯る。
ーユーリには、もう会えない.....ー
憎い男の慰みものにされているなど、口が裂けても言えるわけがない。俺は眼を閉じ、全てに瞑目した。俺にはもう、何も残されていなかった。ただ、ひとつだけ気がかりだったのは『俺の身体』の所在だった。俺はヤツに訊いた。
「俺の身体は生きているのか?」
「生きている。会いたいか?」
「会わせてくれ.....」
決別、は明確なほうがいい。
俺は枷の嵌まった左足をぷらぷらさせながら、ソファーにくつろいでグラスを傾けるミハイルに言った。
ヤツはあの薄暗い穴蔵のような部屋で散々に俺を弄んだ後、精根尽き果てた俺に目隠しをさせ、気を失ったままの俺にご丁寧に睡眠薬を注射して、この建物に運んだ。
窓からの眺めからすると、以前に俺が療養していた場所とは別な建物らしい。
落ち着いた調度はさして趣の変わるものではないが、ややクラシックな雰囲気がある。窓の外に異国風の尖った丸屋根が見える。
「こんなものを着けておかなくても、ボディーガードやら番犬がわんさか居るんだろう?外してくれ」
「ダメだ」
ヤツの口調は相変わらず冷たい。両手の拘束を解かれ、あの薄暗い部屋から解放はされたものの、俺の足は長い鎖でベッドに繋がれている。
「どうして.....?!.俺にはもう帰る場所は無い。お前が.......お前が奪ったじゃないか」
俺は憤慨し、ぶちまける、
そうだ。かつて俺の居場所だったところは全てミハイルに奪われた。香港のファミリーの連中はことごとくヤツに尻尾を振り、そのうえ姿容のまったく変わってしまった俺をラウルだと認める訳もない。レイラも俺の息子も、古びた写真の俺を愛して、待っている。
ミハイルに、こいつに過去の全てを奪われた俺に帰る場所は無い......。
「確かに、お前の仲間だった連中もお前の女も今のお前をラウルだとは思わないだろう。しかし.....」
グラスの氷が、カラン......と鳴った。
「お前はまだ野放しには出来ない。何をやらかすかわからないからな」
くいっと、ヤツはウオッカを飲み干し、窓の外に眼をやった。
「何を....?! まさか俺がここから飛び降りるとでも思っているのか?俺はそんなに弱くはない」
あのガキとは違う。死ぬのが怖いわけじゃない。この姿容で生きるのが辛くない訳じゃない。だが俺は、そういう逃げ方はしたくないし、しない。少なくともこいつに一泡吹かせてやるまでは死ねないし、もしかしたら......1㎜ほどの可能性でもあるなら、この身体を持ち主に返してやりたかった。
ヤツはふん...と小さく笑って言った。
「お前は死なない。お前には自殺なんて身勝手な真似は出来る筈はない。可愛い息子を見棄てて逝けるような身勝手な男ではあるまい。なんと言っても.....」
ヤツは、つ....と立ち上がると俺の前にウオッカのグラスを突き出した。
「あの腐った組織と心中しようとすらしていたんだからな」
「腐ってなんかいない.....!」
憤慨する俺にヤツは肩を竦めて唇の端を上げた。
「香港で奴らの有り様を見たろう。他人の眼とは言わせんぞ。....真実を直視したがらないのはお前の悪い癖だ」
俺はヤツの差し出したウオッカをあおった。強い酒に喉が焼けてむせた。涙が滲んだのは、酒のせいだ。俺はヤツにグラスを突き返して、手の甲で口を拭った。ヤツはグラスをテーブルに置き、俺の傍らに座った。
「あいつらはともかく、息子には会いたいだろう」
耳許で、悪魔が囁く。俺は身を震わせて叫んだ。
「息子に、レイラには手を出すな!」
「お前次第だ」
ヤツは極めて冷たい声音で言った。
「女にきちんと別れを告げてきたか?以前のお前はもういない。姿形もまったく変わってしまった。ここにいるのは.....」
ヤツの濡れた唇が俺の耳朶を食んだ。
「俺の可愛い雌犬の、ラウルだ」
横抱きにされた俺の胸にヤツの手が潜り込む。敏感になってしまった突起を抓られ、俺は顎をせり上げた。
「きちんと自覚できるまで、自由はお預けだ。息子に会うのもな.....」
重ねられたヤツの唇が俺を溶かす。力が抜け、身体の奥に熱が灯る。
ーユーリには、もう会えない.....ー
憎い男の慰みものにされているなど、口が裂けても言えるわけがない。俺は眼を閉じ、全てに瞑目した。俺にはもう、何も残されていなかった。ただ、ひとつだけ気がかりだったのは『俺の身体』の所在だった。俺はヤツに訊いた。
「俺の身体は生きているのか?」
「生きている。会いたいか?」
「会わせてくれ.....」
決別、は明確なほうがいい。
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