15 / 36
第一章 入れ替わった男
第15話 屈辱の中で~密かな希望~
しおりを挟む
俺はそれから『散歩』の度にそいつを探すようになった。
勿論、ミハイルは俺の傍から離れることは無いし、ほんの少し離れても、側近のニコライが俺を見張ってる。
ニコライは以前の俺の時から知ってる。腕のたつ隙の無い男で頭もキレる。しかもミハイルの幼なじみで誰よりも忠誠心が強い。まぁ幼なじみだと知ったのは最近だが.....。
ニコライの野郎は俺が嫌いらしく、俺を見る度に眉根をひそめて
ーミーシャは本当に慈悲深い.....ー
と溜め息混じりに呟く。まぁこの身体の元の持ち主が辿るであろう運命を考えたら、まだまし......という程度には慈悲深いかもしれないが、俺には地獄だ。
そんな訳もあって、ニコライの監視はきつい。少しでもミハイルに反抗的な態度を示そうものなら、即座に殺されかねない視線で睨まれる。
それでも俺は『あの男』に逢いたかった。逢って確かめたかった。
ーお前は、俺なのか?ーと。
だが、なかなか『あの男』らしき姿を見かけることは無かった。もともと『散歩』じたいが毎日行けるわけではない。一週間か二週間に一度.....しかもミハイルがかなり機嫌の良い時に限られる。
高い塀と鉄の門に囲まれた屋敷の中庭に出る時だって、ニコライの監視つきだ。少しでもおかしな素振りを見せれば、腕を引っ掴んで部屋に引き摺り戻される。
だから、どうしても息苦しくなった時は、ミハイルの機嫌を取るしかない。胸糞悪いことこの上無いが、甘えた声で胸元に頬を寄せて、
ー庭でお茶がしたいー
と強請るのだ。するとヤツは少しだけにやけて、中庭にテーブルを出させて、アフタヌーン-ティーをセットさせてくれる。
差し向かいで紅茶とスコーンをいただくのはなんとも言えず複雑な気分だが、外の空気は心地良いし、ホッとする。
ヤツは時たま、穴が開くほど俺を見ているが、俺が俺だとは気付かないはずだ。
『左利きだったのか?』
と訊かれた時は一瞬ぎょっとしたが、ヤツが生前のあのガキを知るわけはないし、知っていてもそんなことは覚えていないだろう。
『そう......だけど?』
俺は如何にも平然と答えて、ジャムのついた指先をペロリと舐めた。ヤツの口許がニヤリと歪んでいた。が、俺は見ない振りをした。ヤツのどんな言葉にも行動にも動揺してはいけない。ヤツは『魔王レヴァント』なのだ。
とは言え、猥雑な街に長く慣れ親しんだ俺にはこの禅寺のような静謐な空間はひどく苦痛だった。香港の、東京の狭い路地の雑多な色、匂い、さざめきが恋しかった。完全なるホームシックというやつだった。
だから、ヤツが、ー出張ついでに旅に連れていってやるーと言い出した時は心底嬉しかった。
そして、
『日本までは行かれないが、香港ならアジアだし、近い雰囲気があるから、里帰りの気分は味わえるだろう』
というヤツの言葉に天にも昇る心地だった。香港ならストリートの隅々まで知っている。
元の俺を知ってる連中が俺に気づかなくても、ヤツから、ミハイルから逃れることだけは出来る。だいぶ身体も出来てきたから、場末のバーのウェイターくらいはできる。
俺はヤツに感謝の念を込めて『奉仕』しながら、必死に脱走のプランを練った。この忌々しい首輪とご立派すぎる邸宅(ケージ)におさらばする日を指折り数えて待っていた。
勿論、ミハイルは俺の傍から離れることは無いし、ほんの少し離れても、側近のニコライが俺を見張ってる。
ニコライは以前の俺の時から知ってる。腕のたつ隙の無い男で頭もキレる。しかもミハイルの幼なじみで誰よりも忠誠心が強い。まぁ幼なじみだと知ったのは最近だが.....。
ニコライの野郎は俺が嫌いらしく、俺を見る度に眉根をひそめて
ーミーシャは本当に慈悲深い.....ー
と溜め息混じりに呟く。まぁこの身体の元の持ち主が辿るであろう運命を考えたら、まだまし......という程度には慈悲深いかもしれないが、俺には地獄だ。
そんな訳もあって、ニコライの監視はきつい。少しでもミハイルに反抗的な態度を示そうものなら、即座に殺されかねない視線で睨まれる。
それでも俺は『あの男』に逢いたかった。逢って確かめたかった。
ーお前は、俺なのか?ーと。
だが、なかなか『あの男』らしき姿を見かけることは無かった。もともと『散歩』じたいが毎日行けるわけではない。一週間か二週間に一度.....しかもミハイルがかなり機嫌の良い時に限られる。
高い塀と鉄の門に囲まれた屋敷の中庭に出る時だって、ニコライの監視つきだ。少しでもおかしな素振りを見せれば、腕を引っ掴んで部屋に引き摺り戻される。
だから、どうしても息苦しくなった時は、ミハイルの機嫌を取るしかない。胸糞悪いことこの上無いが、甘えた声で胸元に頬を寄せて、
ー庭でお茶がしたいー
と強請るのだ。するとヤツは少しだけにやけて、中庭にテーブルを出させて、アフタヌーン-ティーをセットさせてくれる。
差し向かいで紅茶とスコーンをいただくのはなんとも言えず複雑な気分だが、外の空気は心地良いし、ホッとする。
ヤツは時たま、穴が開くほど俺を見ているが、俺が俺だとは気付かないはずだ。
『左利きだったのか?』
と訊かれた時は一瞬ぎょっとしたが、ヤツが生前のあのガキを知るわけはないし、知っていてもそんなことは覚えていないだろう。
『そう......だけど?』
俺は如何にも平然と答えて、ジャムのついた指先をペロリと舐めた。ヤツの口許がニヤリと歪んでいた。が、俺は見ない振りをした。ヤツのどんな言葉にも行動にも動揺してはいけない。ヤツは『魔王レヴァント』なのだ。
とは言え、猥雑な街に長く慣れ親しんだ俺にはこの禅寺のような静謐な空間はひどく苦痛だった。香港の、東京の狭い路地の雑多な色、匂い、さざめきが恋しかった。完全なるホームシックというやつだった。
だから、ヤツが、ー出張ついでに旅に連れていってやるーと言い出した時は心底嬉しかった。
そして、
『日本までは行かれないが、香港ならアジアだし、近い雰囲気があるから、里帰りの気分は味わえるだろう』
というヤツの言葉に天にも昇る心地だった。香港ならストリートの隅々まで知っている。
元の俺を知ってる連中が俺に気づかなくても、ヤツから、ミハイルから逃れることだけは出来る。だいぶ身体も出来てきたから、場末のバーのウェイターくらいはできる。
俺はヤツに感謝の念を込めて『奉仕』しながら、必死に脱走のプランを練った。この忌々しい首輪とご立派すぎる邸宅(ケージ)におさらばする日を指折り数えて待っていた。
21
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる