36 / 50
二 通小町
鉄輪(五)
しおりを挟む
車は再び夜の闇の中を抜け、無事に宿にたどり着いた。
「さて......と」
小野崎先生と菅原先生は気絶したままの橋元さんを両方から支えて車から下ろした。
「急に悪かったね」
菅原先生の言葉に清明さんは軽く手を振って、俺ににっこり笑いかけた。
いつからかは知らないけど、か・な・り古いお知り合いらしい。
「いえ、こちらこそ助かりました。.......ハル君、またね」
「おやすみなさい」
白い車体と赤いテールランプが流れるように深夜の街に消えていくのを見送って、俺たちは宿の中に入った。
先生達が橋元さんを部屋に運び、俺たちは先生が戻るのをロビーで待った。
「疲れたな......」
「うん.....」
下手なアニメやゲームより凄まじい3Dバトルを体験してしまった俺たち。まだゲームの中にいるような感触さえあった。でも体感ゲームじゃないことは、耳に残る鬼女の咆哮が伝えていた。
ロビーのソファーでふたりでぐったりしていると、小野崎先生が缶ジュースを買ってきて、それぞれに渡してにっこり笑った。
「ありがとうございます」
座り直して、ぺこりと頭を下げ、プルトップを開ける。
甘めの炭酸が喉に心地よくて、俺も水本も、ほぼ一気飲みだった。
「お疲れ様、ふたりともよく頑張ったね。助かったよ」
菅原先生が珍しく俺たちを笑顔で褒めた。
「今夜のことは、明日の朝にはみんな忘れている。......君たち以外はね」
「大丈夫です。誰にも言いません」
神妙な顔で水本が頷いた。
俺も黙って頷いた。
何をどうやって喋るのさ。
恐ろしすぎて、俺たちの少ないボキャブラリーでは表現できません。
「じゃあ、ゆっくりおやすみ。お疲れさま」
ロビーで先生達と別れ、俺たちはヘロヘロな身体を引き摺って部屋に戻った。
服を着替えてあらためてスマホを見ると、時間はまだ十一時......俺たちが宿を出てから三十分足らずだった。
そして不思議にみんな寝静まっているなか、清明さんからのメールの着信が入った。開いてみると......
ー今日はご苦労様。
さっき無事にアパートに着いたよ。今日は新月で百鬼夜行が都大路を通るから、帰りは別なルートを使ったんだ。
無いとは思うけど、今夜はもう絶対に宿から出ないようにねー
俺はこっそりと廊下に出て、街の見える窓辺に寄ってみたけど、なんだか霧が出ているようで、何も見えなかった。
ラインで清明さんにー百鬼夜行って何?ーって聞いたら、
ー付喪神と妖怪のパレードー
って返信が返ってきた。以前に流行った有名アニメの行列シーンのようなものらしい。
ー見たかったかも......ー
とラインをしたら、バッテンの札を上げたスタンプ付きで返事が来た。
ー連れていかれるよー
嫌です。
大人しく寝ます。
ガラス越しに映る廊下に深草くんの姿が見えたけど、
ーおやすみー
を言おうとしたら、もういなかったことは、水本には内緒にしておこう。
さ筵や 待つ夜の秋の風更けて 月を片敷く 宇治の橋姫
(藤原定家 新古近和歌集 420)
「さて......と」
小野崎先生と菅原先生は気絶したままの橋元さんを両方から支えて車から下ろした。
「急に悪かったね」
菅原先生の言葉に清明さんは軽く手を振って、俺ににっこり笑いかけた。
いつからかは知らないけど、か・な・り古いお知り合いらしい。
「いえ、こちらこそ助かりました。.......ハル君、またね」
「おやすみなさい」
白い車体と赤いテールランプが流れるように深夜の街に消えていくのを見送って、俺たちは宿の中に入った。
先生達が橋元さんを部屋に運び、俺たちは先生が戻るのをロビーで待った。
「疲れたな......」
「うん.....」
下手なアニメやゲームより凄まじい3Dバトルを体験してしまった俺たち。まだゲームの中にいるような感触さえあった。でも体感ゲームじゃないことは、耳に残る鬼女の咆哮が伝えていた。
ロビーのソファーでふたりでぐったりしていると、小野崎先生が缶ジュースを買ってきて、それぞれに渡してにっこり笑った。
「ありがとうございます」
座り直して、ぺこりと頭を下げ、プルトップを開ける。
甘めの炭酸が喉に心地よくて、俺も水本も、ほぼ一気飲みだった。
「お疲れ様、ふたりともよく頑張ったね。助かったよ」
菅原先生が珍しく俺たちを笑顔で褒めた。
「今夜のことは、明日の朝にはみんな忘れている。......君たち以外はね」
「大丈夫です。誰にも言いません」
神妙な顔で水本が頷いた。
俺も黙って頷いた。
何をどうやって喋るのさ。
恐ろしすぎて、俺たちの少ないボキャブラリーでは表現できません。
「じゃあ、ゆっくりおやすみ。お疲れさま」
ロビーで先生達と別れ、俺たちはヘロヘロな身体を引き摺って部屋に戻った。
服を着替えてあらためてスマホを見ると、時間はまだ十一時......俺たちが宿を出てから三十分足らずだった。
そして不思議にみんな寝静まっているなか、清明さんからのメールの着信が入った。開いてみると......
ー今日はご苦労様。
さっき無事にアパートに着いたよ。今日は新月で百鬼夜行が都大路を通るから、帰りは別なルートを使ったんだ。
無いとは思うけど、今夜はもう絶対に宿から出ないようにねー
俺はこっそりと廊下に出て、街の見える窓辺に寄ってみたけど、なんだか霧が出ているようで、何も見えなかった。
ラインで清明さんにー百鬼夜行って何?ーって聞いたら、
ー付喪神と妖怪のパレードー
って返信が返ってきた。以前に流行った有名アニメの行列シーンのようなものらしい。
ー見たかったかも......ー
とラインをしたら、バッテンの札を上げたスタンプ付きで返事が来た。
ー連れていかれるよー
嫌です。
大人しく寝ます。
ガラス越しに映る廊下に深草くんの姿が見えたけど、
ーおやすみー
を言おうとしたら、もういなかったことは、水本には内緒にしておこう。
さ筵や 待つ夜の秋の風更けて 月を片敷く 宇治の橋姫
(藤原定家 新古近和歌集 420)
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
私の優しいお父さん
有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。
少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。
昔、私に何があったんだろう。
お母さんは、どうしちゃったんだろう。
お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。
いつか、思い出す日が来るのかな。
思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
残念な女教師と笑わない僕
藍染惣右介兵衛
ミステリー
【僕の先生はグラマーな和風美人。だけど、残念系!】
それは恋なのか、変なのか……
それは性なのか、聖なのか……
容姿端麗な新米女教師と笑わない少年が紡ぐ物語。
学内や学外で起こる様々な出来事を解決していく二人。
教師と生徒という立場を乗り越えて愛が芽生えるのかそれとも……
「咲耶君……パンツを脱がせてほしいの」
「前からなら脱がせます」
「お尻より前が見たいの? エッチだなぁ」
「爆風に巻き込まれないための予防策ですよ」
僕は美咲先生のパンツをゆっくりと引きおろす……
そしてまた、今夜も夢の中でアイツが出てくる……
まるで僕の欲望を写し出す鏡のように。
【※一旦、完結させています】
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
虚像のゆりかご
新菜いに
ミステリー
フリーターの青年・八尾《やお》が気が付いた時、足元には死体が転がっていた。
見知らぬ場所、誰かも分からない死体――混乱しながらもどういう経緯でこうなったのか記憶を呼び起こそうとするが、気絶させられていたのか全く何も思い出せない。
しかも自分の手には大量の血を拭き取ったような跡があり、はたから見たら八尾自身が人を殺したのかと思われる状況。
誰かが自分を殺人犯に仕立て上げようとしている――そう気付いた時、怪しげな女が姿を現した。
意味の分からないことばかり自分に言ってくる女。
徐々に明らかになる死体の素性。
案の定八尾の元にやってきた警察。
無実の罪を着せられないためには、自分で真犯人を見つけるしかない。
八尾は行動を起こすことを決意するが、また新たな死体が見つかり……
※動物が殺される描写があります。苦手な方はご注意ください。
※登場する施設の中には架空のものもあります。
※この作品はカクヨムでも掲載しています。
©2022 新菜いに
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる