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一 奥の細道

浅茅生の......(三)

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と、ギュッと目を瞑る俺の頭上に鋭い叫び声が上がった。

「止めて!お母さん!......もう止めて!」

婆ぁが声に振り返る。俺はのし掛かっていた体を跳ね除けた。
婆ぁが篠原の方に向かってヨロヨロ歩き出した。

「バカ、篠原、危ねぇぞ!来んな!逃げろ!」

 俺は必死で叫んだ。が、篠原は動かない。んで、泣いてる。ボロボロ涙を溢して、泣いてる。

「お母さん、もう止めて!お願い!」

 お母さん.......て。

 思った途端に、景色がもう一度ふぉんと揺れた。篠原が着物姿になった。髪も長い。
 固まる婆ぁの口が小さく動いた。

『お加代......?』

『そうじゃ、お前の娘じゃ。姥よ』

見上げると、正装姿の小野崎先生こと#小野篁__おののたかむら___#マジなお姿で厳かにのたまう。

『嘘だ......ワシが、ワシが殺めてしもうたんじゃ。旅の者と間違うて......』

『違うわ。私はここにいる。お母さん......だから人殺しなんか、もう止めて』

 篠原じゃない篠原が、涙をいっぱい流しながら叫ぶ。

 婆ぁの手から包丁がぽろっと落ちて......。おぼつかない足取りで篠原の方に歩み寄る。

『加代......お加代?』

『そうよ、お加代よ。母さん......お母さん!』

 婆ぁは篠原に抱きつき、篠原も婆ぁにしがみついて、おんおん泣き始めた。

 泣いて、泣いて.......。

 呆然としている俺の目の前で婆ぁは砂が崩れるように消えて......篠原がその場に崩れ落ちた。



「篠原!?」

 俺は急いで篠原を抱き抱え......そしたら、景色がふいに元に戻った。
 見回すと、ぐったりしている他二名の女子に水本が水を飲ませてた。
 篠原もうっすら目を開けた。

「大丈夫か?」

「小野......くん?」

 なんとか起き上がろうとする篠原はTシャツとGパン姿に戻っていた。

「私たち助かったの?」

「あぁ、もう大丈夫だ」
 
 平野先生まさかどさんがにっこり笑う。安心感ありますね、先生。

「さぁ、帰ろう」
 
 女子達は、菅原先生と馬頭さんの運転するステーション・ワゴンに。俺たちと小野崎先生ごせんぞさまは、平野先生まさかどさんのランクルに乗り込む。

 きっとあっちの車では菅原先生がお説教だな、うん。

 それにしても......。

「なんなんですか?あの異空間?」

 水本、お前、直球だな。

「とあるきっかけで異層の空間が開くことがある」

と#小野崎先生__ごせんぞさま__#。

 今回のきっかけは篠原なんだって。

「娘の母を思う気持ちが、時空と時を超えた」

 篠原はあの婆ぁの娘の転生なんだって。心配で成仏できずに転生を繰り返してた。だから......。

「時が来たんだ」

平野先生まさかどさん

「今回は水本が来てくれて助かった」

 婆ぁに俺が追い詰められてたとき、水本と平野先生まさかどさんは気絶している二人をあの家から運び出した。でないと、二人とも異空間に閉じ込められたままになるところだったんだそうだ。怖い......。

 いわゆる神隠しって、そういうのもあるらしい。

「でも、みんな無事でよかったよ」

 俺は、篠原のお母さんが涙でぐしゃぐしゃになりながら、篠原を抱きしめてるのを見て、つくづくそう思った。

「加代子、加代子ぉ....」

って、篠原のお母さん、本当に心配してたんだな。それも愛ってヤツなんだな。

 そして、過去世の篠原も母親を愛していた。

「愛って深いわぁ......」

「コマチ、病気か?」

 違うわ!
 それに、俺はコ・マ・ハ・ル!
 
 水本の脛を思いっきり蹴る俺の傍らで、沢山の星が瞬いていた。

 お前も今日は家に帰れよ、水本。親父さん、帰ってんだろ?




浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき

(参議等 百人一首 39番 『後撰集』恋・578)
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