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第五章:
仄暗い夜の底から④
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マックスが必殺の一撃を放った轟音が、いまだ空気を震わせている頃のこと。同じ離宮の一角で、珍しく思い切り歯噛みしているリックがいた。原因は、彼の正面に居並ぶ五つの人影だ。
いや、これを『人』と呼ぶのはいささか問題がある。見てくれはともかく、明らかに生きてはいないのだから。
「凍らせても吹き飛ばしてもダメージゼロって、どんだけ魔力強化しまくったんだよ……!?」
普段人前では絶対にしない舌打ちを披露しつつ、間合いを取る近衛騎士。彼が下がった分だけにじり寄ってくる五人、いや五体は、よく知っている人物――王太子の直属侍従たちにそっくりだった。
が、いちおう知り合いであるリックを相手にしているというに、その表情は石のように動かない。というか、息すらしていない。さっき水流の魔法で囲い込んでから生得魔法で追い打ちして氷漬けにしてみたが、まったく堪えていなかった。
城壁ほどもあろうかという氷塊を素手で破壊して出てきたのを目の当たりにしたときは、思わず身の毛がよだったものだ。あんな凄まじい悪寒は、ランヴィエルを狙う魔王と戦った時以来ではなかろうか。
(……いや、違うな。緊張はしてたけど、怖いとか負けたらとかは思いもしなかった)
生い立ちを言い訳にするのはみっともない。が、当初の自分はそれまでの環境が災いして、ひどい人間不信だった。だというのに、リュシー以外はほぼ初対面だった旅の仲間と打ち解けることが出来て、あの最終決戦では奇跡のような連携で勝利をもぎ取った。それは間違いなく幼馴染の彼女と、もう一人のおかげだ。
初めて、損得など抜きで好きだと思った。だからこそ幸せになって欲しいと思ったし、今も思っているし、その相手が自分でありたいと強く願う。
「――あの、誰より気高くて優しい子が! 濡れ衣で名誉を傷つけられるとか、追い出された挙句一人っきりで死んだとか!! そんな報せを、全部終わった後で受け取るより恐ろしいことなんて、この世にあるもんか!!!」
誰もいないからこそ、声に出して想いを確かめる。リックから湧き出る魔力が物理的なものに変じて、真冬の雪原もかくやというブリザードが巻き起こった。避ける暇もなく直撃された五体が、表面に霜を張り付かせて動きを止める。そして、
――ばぎゃあっ!!!
一瞬ののち、内側から爆ぜたように砕け散った。彼らを作っている『何か』の内部にある水分が、瞬間凍結させられて膨張したためだ。
生物ではありえない生白い断面を見せて、床に転がった彼らにふう、と息をつく。片膝をついて破片の一つを拾い上げ、顔を近づけて観察してみる。
思ったより軽い。中には乾燥した薬草でも練りこんであるのか、わずかに緑や茶の斑点が見える。さわやかとは言い難い苦さと甘ったるさが混ざった、胸が悪くなるような匂いがする。あいにくと、そのすべてに覚えがあった。
「さっきの音、どう考えてもマックスさんの生得魔法だけど……やばいな、これ。あの人はあんまり事情を知らないだろうし」
今朝がた王都へ発ったじいさまこと、離宮の元主たるオズヴァルドから聞き込んでやって来たのだろう。しかしあの王太子殿下、なにせ加減というものをご存じでない。友誼に篤くまっすぐな性格は、確かに見ていて気持ちいいが……
万が一、今のまんま、若くして即位することになったら、お互いの側近衆がどえらい目に遭うのではなかろうか。
「……待て待て待て、それこそ恐ろしいこと考えるなよ僕。現陛下はいたってお元気だし! それよりリュシーとか海竜親子とかを保護して、殿下のとこに行かないと!!」
自分だって前に比べれば劇的に丸くなったが、やっぱりああいう熱血タイプは苦手だ。早いところ事態を収拾してお引き取り願わねば。
念のために魔法を重ね掛けして、白い破片を氷の板に閉じ込めて触れないようにする。不可抗力ではあるが遅ればせながら、若き近衛騎士は執務室めがけて走り出した。
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