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第五章:
たそがれの速さはどれくらい⑥
しおりを挟む現代のビルなんかとは違って、ガラスは大きな一枚板ではない。いくつかの枠で区切られているから、本当ならどこか一つが割れても他のまで壊れることはない、はずだ。
なのに最初に入った亀裂から、わーっと一気にヒビが入った。というか、窓枠ごと粉砕した。粉々になって落下するガラスの向こうから、真っ黒い何かが部屋の中に飛び込んでくる。その先にいるのは――言うまでもない、一番そばに居た公爵さんだ!
『イブマリー!!』
「はい! フォーカス・なんか黒いヤツ! 『天理反転』ッ!!」
ばっっっちん!!
耳元で弾けたガワの人の号令で迷わず叫ぶ。平手で思いっきり引っ叩いたような音がして、部屋に侵入しようとしていた黒いものが押し戻された。よし、効いてる!
もちろんこの間、狙われた方もただじっとしていたわけではない。生得魔法を使うまでほんのわずかの間しかなかったのに、炸裂したときにはもう右側の壁際まで退避していた。まさか他にひとがいるとは思わなかったようで、迷わずダッシュで飛び込んだわたしを見て、お二人の目が真ん丸になっている。
「――イブマリー!? どこから聞いて、いや、というか何故ここに……!」
「なんかヤな予感がしたから飛んできました! 公爵さんとえーと、そっちのお兄さんもケガしてないですか!?」
「ええ、ございませんよ。私にまでお気遣いいただき、有難く存じます」
さすがに詳しい話をしてる場合ではないので、ちょっと無理やりになったけど冒険者のカンということにしておく。お手洗いに行った帰りうんぬん、て真実が恥ずかしいからではない。断じて。
動揺しまくりのご主人に比べて、侍従さんはめっちゃ落ち着いてて笑みまで浮かべて下さってる。きちんとお礼を言ってくれて、壁にかかっていた巨大なボード――鞘に入った剣とか槍とかを飾ってあるものから、一番下にあったロングソードを外して、丁寧に公爵さんに手渡した。
「どうにも礼儀をわきまえない闖入者のようです。我々で対応に当たりますので、イブマリー様は邸の者らにご連絡を」
「はい、分かりました! ……あの、でも公爵さん、大丈夫? 顔色すごく悪いですよ」
ただでさえ貧血気味のときにこんな事態になって、さらにわたしが登場するというオマケまでついたせいに違いない。もう羊皮紙とかの方がマシなんじゃないか、という最悪の顔色になっている公爵さんが心配で、時間がないのに思わず確認してしまった。
どんな顔して会えばいいのかって悩んでたところ悪いけど、ここにリュシーかリラがいてくれたらよかったのに。回復魔法なら断トツであの子たちが得意だし。
当事者にとっては失礼かもしれないことを考えていたら、目を合わせた相手がほんの一瞬、何だか泣きそうな顔になった。それから目を閉じて、息を大きく吸って吐いて、もう一度まぶたを開く。わずか数秒で気持ちを切り替えたらしく、まだ血色は戻らないけど、それでも落ち着いた頼もしい領主さんの顔になっていた。おお、すごい!
「心配をかけてすまない、少々驚いてしまってね。現役の頃からずいぶん時間が経ってしまったせいかな? ――ヴィクトル、ちょっと肩慣らしと行こうか」
「仰せのままに、ご主人」
いかにも大先輩らしい、余計な意気込みがないのに力強い呼びかけに、侍従さんがこれまた丁寧にお辞儀で応える。そのすぐ後、二人同時に床を蹴ると、迷わず全壊した窓から外へ飛び降りた。すると、
――ごおっ!
なんか光った、と思った瞬間、聞き覚えがある風鳴りが轟いた。真下から飛びあがったのは、全身を濃紺のウロコで覆われたドラゴンだ。
大きさは変身したアルバスさんと同じか、ちょっと大きいくらい。たてがみと翼だけが銀色をしていて、それが不自然に暗くなった中でキラキラ光っているのがよく見える。その背中に、しっかり掴まって剣を構えている公爵さんの姿があった。
「うわあああ、お兄さんドラゴンだったんだ……!!」
『召喚士か竜騎士、といったところかしら。あの分なら彼らの心配はしなくてよさそうね。
さあイブマリー、覚悟はよくって!?』
「う、うん、わかってる!」
再び脳内から声掛けしてくれるガワの人に、元気よく応えて窓辺に立つ。
……さっき迷ったまんまだし、迂回してったら間違いなく手遅れになるし、でもやっぱ高くて怖い……けど、しょうがない!! 女は度胸ってどこかの海賊のおばーちゃんも言ってた!!
「フォーカス・わたしに働く重力!! 『天理反転』~~~~っっ!!」
後半はほぼ、いや完全に悲鳴と化した生得魔法の詠唱をしつつ。わたしは頼もしい先輩コンビに続けて、執務室の窓から飛び降りたのだった。
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