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第三章:
断章③
しおりを挟む晴天のもと、本日も瀟洒な外観を誇っている高台の離宮。その中を、小さな影がふわふわと移動していた。とある一室の前まで来て、律儀にノックをしてから中に入る。
『ほー』
「おお、茶か。気が利くなホーリィ」
オズヴァルドが軽く撫でてやると、くすぐったそうにつぶらな目を細めてほっ、と鳴く元幽鬼だ。以前は触ろうとしてもすり抜けてしまい、こうやって労うことも叶わなかったな、とふいに思い出した。
(……やれやれ、思い出すとな。まだ然程の時は経っておらぬだろうに)
苦笑ぎみに口許を緩めながら、オズヴァルドは受け取ったカップを持ち上げる。
中には紅茶――ではなく、透き通った新緑色の液体が注がれていた。『紫陽花』の若者達が好んでいる、東邦原産のものだ。清々しい香りに心が安らぐ。
「我が現役の頃は、まだあちらとは国交が始まったばかりだったが。良き関係を築いているらしいな、うむ」
やむにやまれぬ事情でアンデッドと化した当初、最も気にかかったのは自分がいなくなったあとの舵取りだった。
弟子も同僚も山は越えたから安心して任せろ、と請け合ってくれたが、思いもかけないことが起こるのが政だ。離宮の高台地下に逼塞してしばらくは、皆無事だろうかと大いに気をもんだものである。しかし、
(こうして平穏に時を積み重ねておるのなら、あやつらも伊達に大口を叩いた訳ではないということか)
あれからどんなことがあったろうか。その際には誰が、どのように知恵を絞って乗り越えたんだろうか。
いや、困難に際してでなくとも。恋人が欲しいと言っていたもの、仕事を片付けたら旅に出ると息巻いていたもの、いい酒が手に入ったから暇になったら飲もうと機嫌よく笑ったもの――
本当に騒がしくて、愉快で、その後の展開が気になるやつらばかりだった。最後まで付き合ってやれなんだのが、今更ながらに口惜しい。
『……ほー』
「む、元気がないか? そうさな、近頃少々無茶をしすぎたか。
ほれ、うちの孫らは無闇やたらに可愛いであろう? じい様も辛いことよ」
『ほっ!』
心配そうに覗きこむ相棒へにっ、と笑って見せる。なくしたものも多いが、新たに得た繋がりもちゃんとあるのだ。今はそれを大切にするとしよう。
『――失礼、いま大丈夫かな? 話があるんだけれど』
数日ぶりに聞く死告女の声が、扉の外から滑り込んできたのは、ちょうどそのときだった。
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