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第一章:
ヴァイスブルクの休日⑩
しおりを挟む「う゛うううう~~~……」
「……スコール、面目ない。もっと気にかけるべきだった」
「オレたちでもちょっとツラいレベルの臭いだったからなぁ、そりゃ気分悪くなるって。ごめんな」
「いえっそんな、謝らないで下さい! おれがちゃんと……、う」
「あーっ、いいから気にするな! 今はとりあえず深呼吸してくれ、頼むから!」
勢いよく言い切ろうとした瞬間、ぶり返した吐き気で真っ青になった後輩の背中をよしよしと擦ってやる『紫陽花』男性陣である。
時は流れて、先ほど一旦解散となってから数十分後のことだ。ギルド側のガイドラインをクリアすべく、張り切って防具作成に挑戦した一同だったのだが、ここで思わぬ苦戦を強いられることになった。型取りに使った道具が、予想をはるかに越える異臭を放っていたからだ。
「わざわざ説明書に『必ず屋外で開封してください』って書いてあった時点で、なんか変だって気付くべきだったんだよな……」
「……北の国に、発酵させたニシンを缶詰めにした品があるらしい。密封してからも発酵が進むゆえ、開ける際には万全を期さねば大惨事と聞くが、こんな心持ちなのだろうな……」
「お、おれ、絶対食べれません……っ!!」
「安心しろ、誰もお主には勧めぬよ。むしろ無理強いしてくる輩がいたらそちらの方が問題だ」
あくまでも保存のための加工ということなので、北国の人々が特にそういう嗜好を持っているわけではないはずだが、話の種に面白半分で挑むのは危険すぎるだろう。ことに彼らのような、人間の数倍以上の感覚を持つ種族にとっては。
耳をぺたんと伏せて打ちひしがれているスコールの肩を、軽く叩いてやってから視線を巡らせる。どこか風通しの良いところで休ませてやりたいが、今日はギルドに程近い広場に市が立っていて人出が多い。ディアスが付き添って(出来れば運んでもらって)先に戻った方がいいだろう。表通りを行けば女性陣と行き違いになることもないはずだ。
「ディアス、先に二人で戻っていてくれぬか。自分はイブマリー嬢と落ち合って――」
算段をつけて口を開いたときだ。ふいにわあっと、華やいだ歓声が上がった。出所は今しがたまで思案していた、広場の中央辺りだ。一際人が集まっている向こう側から、円舞曲らしき合奏が流れてくる。誰かがダンスを披露しているらしい。
「――ああっ、いたー!! ちょうど出てきたとこみたい!!」
「ちょっと男子、特に若旦那! ぼさっと突っ立ってないでこっち来て!!」
「な、何事だ、戻ってくるなり」
「いーから! なにも聞かずにとりあえず見てって、スゴいことになってるから!!」
「はあ……?」
思いのほか早く戻っていた女子コンビに、有無を言わせない勢いで引っ立てられてしまった。内心疑問符でいっぱいになりつつ、素直にそちらに顔を向けて、
(――あ)
驚きのあまりか、周りの賑やかさが一瞬で遠ざかった。
それもそのはず、人垣の最中で軽やかに踊っていたのは、見知らぬ青年にリードされるイブマリーだったのだから。
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