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第六章:
書庫の六人+α③
しおりを挟む「そーいやりっくん、じゃなくてリックか。あのひと相当イブマリーが好きみたいだけど、前に旅してたって時からあんな感じなのか? 王子様の婚約者だったんだろ、一応」
「一応どころか、立派すぎるくらいの次期王太子妃だったよ。リュシーが出てくるまで、資質にかけちゃ姫さんの右に出る令嬢なんざいなかったんだからな。……そんでリックなんだが、ありゃホント最近になってからだ。旅の最中はもっとツンケンして取り付く島もない雰囲気だった」
幼馴染であるリュシーに対しては若干マシなものの、仲間に加わった頃のリックはそれはもうキツい性格だった。代々続いた騎士の家系でありながら、本来婿入りすべき父親が失踪・死去している(後に誤解と判明するが)という環境のせいで、周囲の心ない陰口に囲まれて育ってきたのが大きい。
加えて体質も特殊で、他の同期の何十倍もの苦労を重ねて近衛騎士に任命されていたのだ。そりゃあ多大なるコンプレックスと自負とで、自他に向ける言動が尖っても致し方あるまい。
そんなこんなで最初こそ『なんだこのいけ好かねぇガキは』とイラついたりもしたアルバスだが、結論から言うとその火種が爆発することはなかった。リックの人となりをよく知るリュシーと、彼女とだんだん仲良くなってきていたイブマリー(当時はアンリエット)が、そろってフォロー……というか、ありていに言えば懐柔しにかかったからだ。
「要するに生い立ちのせいで、誰かに認められたいという思いが強くなりすぎていたんでしょう。本来は真面目で勤勉な方だからこそ、自分が積み重ねてきた苦労を誇りに思う気持ちが先走っているのだと。それでお二人が率先して、陰に日向に褒めては『だけどこういうときはこう言った方が良い』とアドバイスする、という方向に」
「……う、うわー、めんどくさ~~~」
「まあそう言ってやるなって。嬢ちゃんと姫さんがすごいのは、その地道な作業を全く苦に思ってなかったってとこだな」
幸いにして、リックはひねくれてこそいたが元の性格は良かった。女性二人と、途中から彼を理解しようとし始めた他のメンバーの厚意を受けて、何とも思わないほど薄情ではない。
かくして徐々に互いの溝は埋まっていき、魔王討伐の直前には何年も前から緊密な付き合いがあった相手のような信頼関係が出来上がっていたのである。
「そんでまあ、嬢ちゃんの方は後衛で防御回復が専門だが、姫さんは攻守ともに得意で戦闘スタイルも似てた。魔法に関して相談したりされたりが多かったし、何かと構ってたのもあってやり取りする間にうっかり惚れちまったんだろ。ただなぁ」
「……そのときは王太子殿下がいっしょに居られたから、態度に出さないようにしていた、ってことですか」
「まあな、あれでも五、六年は宮仕えやってたんだ。主君の奥方に横恋慕とか、どう考えたって誰も幸せにゃならんだろ」
逆にいえば、そこまで考えた上で身を引く、という選択が冷静に出来るほど、仲間を大切に思ってくれていたのだろう。騎士道物語では大昔からあるテーマの一つだが、それを実際にやらかしたら間違いなく重罪で厳罰必至である。
ため息交じりで返されて、苦虫を百匹くらい噛みしめたような沈痛な顔で黙り込むスコールだ。
天狼族の郷はそもそもの人口が少ない上に、寿命が長いせいか出生率が低い。いま若い世代がいるのは、実家を含めても数戸という状況だ。ゆくゆくは離れた場所に棲む一族と縁組をせねばと、族長たちがひざを突き合わせて相談しているのを見かけたことがある。
その場合でも最大限、当事者の意思は尊重してもらえるのが普通だ。家系とか家格で相手を決めるという感覚は、正直よくわからない。わからないが、それがものすごく理不尽で哀しいことなのは、何となく察せられた。
『……スコールくーん、どーしたの? どっか痛い??』
『ふぃっ?』
「あ、ううん、そんなんじゃないよ。大丈夫。……けどイブマリーさん、もう家には戻らなくていいし、自分で結婚する相手を決めてもいいんですよね。複雑だけど、その辺りはよかったな、って――わっ」
「おお、その通りだのぅ。家柄なんぞ生きるか死ぬかの時には何の役にも立たぬのだし、縁を結ぶ相手は手前勝手に決めるのが最良だとも」
「あの、なんでおれは頭撫でられてるんでしょうか……?」
「気にするな、何となくだ。良い子はじいさまが褒めてやろうぞ、ほれほれ」
「あああああああ」
小動物たちに続いて音もなく接近していたオズヴァルドに頭をかいぐり回され、若干のうれしさと多大なる照れくささで尻尾がぼっふー、と逆立つ少年である。そしてなぜにそんな楽しそうなのか、元霊導師。
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