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第六章:

嵐を呼ぶナイト④

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 「直に帰国する特使と一緒に、殿下がお忍びで訪問することになってる。そのための下準備を任されてるんだ。
 で、もうひとつの仕事なんだけど――これ、何だか分かる?」

 そう言って懐から取り出したものをテーブルの上に静かに置く。そろって覗き込むと、どうやら何かの植物を乾燥させたものみたいだ。根っこは取ってあるけど、茎の先端に残った濃い紫色の花びらに見覚えがあった。

 「もしかして、アルラウネ?」

 「ご名答。根がなくても見分けられるなんて流石だね」

 「ついこの前見たばっかりだもん。ほら、これ染めるときに使ったの」

 髪に結んだ恋重桜染めのリボンをつまんで見せる。つい先日のお手伝いで、染めの仕上げに媒染、および効果付与として使った薬草にそっくりだ。

 シェーラさんが教えてくれたところによると、アルラウネは有名なマンドラゴラ――マンドレイクともいうけど、とにかくそんな名前の薬草の亜種だ。強い解毒と解呪の効果があり、威力の強い魔法薬には必ずといっていいほど使われる。

 しかし何より一番の特徴は、根っこが人間そっくりな形をしていること。ついでに、月のきれいな夜に地中から出てきて歩き回ることだ。……なんだけど、

 「……あのー、これってうちの国で採れたヤツだよな? 切ったあともないのに、なんで根っこがないんだ?」

 いつの間にか生得魔法を使っていたディアスさんが、やや戸惑った様子で口を開いた。それを受けた騎士さん、大変満足げにニッコリして答えてくれる。

 「いや、ぱっと見てそこまで解るなんて凄いよ。君のいった通り、このアルラウネは元から根が付いていなかった。もっと言ってしまえば、国を出るまではあったはずなんだ」

 『……えっと、どういうこと?』

 わたしの膝でお座りしている雷獣さんがはい、と片方の前脚を挙げてみせる。それに答えたのは、ソファーの脇で一人掛けの椅子についているオズさんだった。

 「悲鳴草の類いを引き抜くと叫ぶのは知っておろう。あれは土中では常に眠っておるから、外気と光にいきなり晒されてしまうと恐慌をきたす。ゆえに遠くへ運ぶ際は、鉢に植えたままの状態で慎重に移動せねばならん。――察するに、根を失ったのは関所を越えた後か」

 「その通り。国境をまたぐと、土地の持ってる魔力の質が変わるから、変質を防ぐために一晩宿をとることになってるんだ。そのときにごっそりやられたらしい。方法はいまだもって謎だけどね」

 値段的な意味でいちばん被害が大きかったのはアルラウネだが、一緒に運んでいた他の薬草にも被害が出た。しかもその一回だけじゃなくて、ここ一月あまりで両手の指に余るくらいの類似案件が報告されている。

 たとえば、ツメや牙が魔法薬の材料になる動物とか、もっと希少な種族とか。

 「希少って、ティノくんみたいな子達?」

 「そ。全部は把握できてないだろうけどね。獣人族からも何件か捜索依頼が出てるし、それよりは少ないけど竜族からも」

 「マジですか!?」

 獣人のくだりでスコールくんが尻尾を逆立てたのは言うまでもないが、最後の一言で全員が色めき立った。だって、最近よく似た話を聞いたばっかりなんですが。

 「竜って言ってもいろいろだけど、特に魔力が高い種で失踪が相次いでる。例の特使ってのはその相談も兼ねてたんだ」

 「ランヴィエルの人が犯人ってこと!?」

 「そこまではまだ言い切れない。そう見せかけてる可能性だって同じくらい高いからね。……ただはっきりしてるのは、両国で手を組んでことに当たらないとまずいってことだ」
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