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夏は短し戦(バト)れよ乙女⑥

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 中二階の通路で、作戦を無事決行してくれた女子コンビがいえーい、と手を振っている。笑顔でそれに応えていたら、聖堂の扉が静かに開いた。このカオスな状況でもただ一人冷静だった殿下が、ぱっと表情を明るくして呼びかける。
 「国王陛下、お久しぶりです! お加減はもうよろしいのですか」
 「ええ、おかげさまですっかり元気よ。ありがとう」
 しずしずと、それでいてしっかりした足取りで優雅に登場したのは、もちろん現王陛下であるオパールだった。少し前までほぼ寝付いていたのがウソのように顔色が良く、淡い紫の瞳が生き生きと輝いている。きちんと髪を結い上げて王冠を被り、目の色に合わせたらしいライラックのドレスに、白貂の毛皮で縁取りがされた緋色のマントを羽織っていた。どこからどう見ても、才気に溢れる若き統治者の姿だ。
 「王様、調子良さそうですね。よかったぁ、上手く行って」
 「ええ、本当に。貴女が知識を生かして、いろいろ考えてくれたおかげだわ。こういうのとかね」
 理咲ににっこり微笑んで、オパールが胸元に手をやる。そこには百合をモチーフにしたネックレスがかかっていて、身動きするたびふわり、とミントの爽やかな香りが漂っていた。今日もいい仕事をしてくれているようだ。
 ――アレロパシー、というものがある。植物が他の草木に影響を与える性質のことで、ことにミントやラベンダーといったシソ科はこの力が非常に強いことで知られている。この仲間が植わっている周りには、他の草花が生えてきにくくなるのだ。
 そのせいで、うっかり花壇に根付いたミントに占領されてしまった、なんてエピソードは至る所で耳にしたものだ。気分が爽快になるいい香りだけれど、取り扱いには要注意――なのだが、しかし。
 「姿形が花なら、性質も似通ってくるのね。こうやって香りを纏っていると、魔力を抑え込めることが分かったのは素晴らしい発見だわ」
 ノルベルトが塗っていた軟膏は、火傷治療のためにミントを多く配合していた。その香りに反応した魔力の薔薇が、嫌がるように身を引いたのを見て思ったのだ。この子達、もしかしなくてもミントとか、シソ科の香りで抑え込めないだろうか、と。
 その後はラウラ達に相談しつつ、オパールも積極的に実験に協力してくれて、見事その効果を実証できたのである。元気になって本当によかった、うん。
 「それでね、貴女がいてくれれば、これからは自力で結界を維持していけそうなんだけど……どうかしら、手伝って下さる?」
 「えっはい、それはもう! 頑張ります!」
 「――ちょっ、ちょっと待ってよ!? それじゃ私はどうなるの、聖女じゃなくなるじゃない!!」
 そうしてくれたら嬉しいなぁ、というのがにじみ出た丁寧なお願いに、一も二もなくオッケーしたのだが。背後から飛んで来たキンキン声に、そういやまだやることがあったなと思い出す。というか、この状況でまだ諦めてなかったのか、星蘭。
 それはオパールの方も思ったらしい。さすがに露骨に顔をしかめたりはしなかったが、ちょっと困ったような雰囲気で小首をかしげてみせる。そして、
 「あら、ごめんなさいね。貴女たちを無理に呼び出したのはこちらだし、今後のこともちゃんと責任を持つつもりよ。
 ――だけど、貴女。わたくしの『猫』さんに、こっそりキヴィを食べさせたでしょう」
 「え゛っ」
 「ッ!? え、な、なんで……!?」
 「うふふ。わたくしね、目が良いのが自慢なの」
 (……こ、怖ーッ!! オパールさんめっっっっちゃ怒ってたー!!!)
 おそらくそんなことだろうと思ってはいた。が、突然言われたことで動揺して、うっかり自分から白状してしまった星蘭に、あくまでも優雅に優しく笑っているオパールである。……後でどんなお仕置きが待っているやら、想像するだに怖ろしい。
 「それじゃあ話がまとまったところで。とりあえず片付けをして引き揚げましょうか、あとの事はまたおいおい連絡するということで」
 「……で……」
 (え?)
 さすが王様、手際がいいなぁと思っていた理咲の耳を、地を這うような唸り声が掠めた。嫌な予感がして振り返った先に、オパールを……いや、何故か理咲本人を、火を噴くような眼光で睨みつけている星蘭がいた。うわ、まずい!
 「なんで!! あたしが、こんな目に遭うの!! みんなみんなあんたのせいよ、バカーーーーーッッッ!!!!!」
 憤怒と羞恥で歪んだそれは、般若を通り越して悪鬼の形相で。そんな顔つきそのものの声音で絶叫した星蘭を中心に、凶悪な閃光が爆発した。





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