33 / 38
夏は短し戦(バト)れよ乙女⑥
しおりを挟む中二階の通路で、作戦を無事決行してくれた女子コンビがいえーい、と手を振っている。笑顔でそれに応えていたら、聖堂の扉が静かに開いた。このカオスな状況でもただ一人冷静だった殿下が、ぱっと表情を明るくして呼びかける。
「国王陛下、お久しぶりです! お加減はもうよろしいのですか」
「ええ、おかげさまですっかり元気よ。ありがとう」
しずしずと、それでいてしっかりした足取りで優雅に登場したのは、もちろん現王陛下であるオパールだった。少し前までほぼ寝付いていたのがウソのように顔色が良く、淡い紫の瞳が生き生きと輝いている。きちんと髪を結い上げて王冠を被り、目の色に合わせたらしいライラックのドレスに、白貂の毛皮で縁取りがされた緋色のマントを羽織っていた。どこからどう見ても、才気に溢れる若き統治者の姿だ。
「王様、調子良さそうですね。よかったぁ、上手く行って」
「ええ、本当に。貴女が知識を生かして、いろいろ考えてくれたおかげだわ。こういうのとかね」
理咲ににっこり微笑んで、オパールが胸元に手をやる。そこには百合をモチーフにしたネックレスがかかっていて、身動きするたびふわり、とミントの爽やかな香りが漂っていた。今日もいい仕事をしてくれているようだ。
――アレロパシー、というものがある。植物が他の草木に影響を与える性質のことで、ことにミントやラベンダーといったシソ科はこの力が非常に強いことで知られている。この仲間が植わっている周りには、他の草花が生えてきにくくなるのだ。
そのせいで、うっかり花壇に根付いたミントに占領されてしまった、なんてエピソードは至る所で耳にしたものだ。気分が爽快になるいい香りだけれど、取り扱いには要注意――なのだが、しかし。
「姿形が花なら、性質も似通ってくるのね。こうやって香りを纏っていると、魔力を抑え込めることが分かったのは素晴らしい発見だわ」
ノルベルトが塗っていた軟膏は、火傷治療のためにミントを多く配合していた。その香りに反応した魔力の薔薇が、嫌がるように身を引いたのを見て思ったのだ。この子達、もしかしなくてもミントとか、シソ科の香りで抑え込めないだろうか、と。
その後はラウラ達に相談しつつ、オパールも積極的に実験に協力してくれて、見事その効果を実証できたのである。元気になって本当によかった、うん。
「それでね、貴女がいてくれれば、これからは自力で結界を維持していけそうなんだけど……どうかしら、手伝って下さる?」
「えっはい、それはもう! 頑張ります!」
「――ちょっ、ちょっと待ってよ!? それじゃ私はどうなるの、聖女じゃなくなるじゃない!!」
そうしてくれたら嬉しいなぁ、というのがにじみ出た丁寧なお願いに、一も二もなくオッケーしたのだが。背後から飛んで来たキンキン声に、そういやまだやることがあったなと思い出す。というか、この状況でまだ諦めてなかったのか、星蘭。
それはオパールの方も思ったらしい。さすがに露骨に顔をしかめたりはしなかったが、ちょっと困ったような雰囲気で小首をかしげてみせる。そして、
「あら、ごめんなさいね。貴女たちを無理に呼び出したのはこちらだし、今後のこともちゃんと責任を持つつもりよ。
――だけど、貴女。わたくしの『猫』さんに、こっそりキヴィを食べさせたでしょう」
「え゛っ」
「ッ!? え、な、なんで……!?」
「うふふ。わたくしね、目が良いのが自慢なの」
(……こ、怖ーッ!! オパールさんめっっっっちゃ怒ってたー!!!)
おそらくそんなことだろうと思ってはいた。が、突然言われたことで動揺して、うっかり自分から白状してしまった星蘭に、あくまでも優雅に優しく笑っているオパールである。……後でどんなお仕置きが待っているやら、想像するだに怖ろしい。
「それじゃあ話がまとまったところで。とりあえず片付けをして引き揚げましょうか、あとの事はまたおいおい連絡するということで」
「……で……」
(え?)
さすが王様、手際がいいなぁと思っていた理咲の耳を、地を這うような唸り声が掠めた。嫌な予感がして振り返った先に、オパールを……いや、何故か理咲本人を、火を噴くような眼光で睨みつけている星蘭がいた。うわ、まずい!
「なんで!! あたしが、こんな目に遭うの!! みんなみんなあんたのせいよ、バカーーーーーッッッ!!!!!」
憤怒と羞恥で歪んだそれは、般若を通り越して悪鬼の形相で。そんな顔つきそのものの声音で絶叫した星蘭を中心に、凶悪な閃光が爆発した。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ビアンカ嬢の波瀾万丈異世界生活っ!!
葵里
ファンタジー
公爵家令嬢のビアンカは窓ガラスに映る自分の顔を見て前世の記憶を思い出す。
そしてこの世界が乙女ゲームの世界であることを思い出し…
えっ?私、悪役令嬢じゃない!?バッドエンドになったら私死んじゃうの!?
なんてことは考えず、新しい人生を堅実にどう生きていこうか、前世の自分のような死に方はしたくないと思いながらも何故か色々な騒動に巻き込まれて様々な苦難を乗り越えて行く。
恋愛も勿論していきますっ❤️
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
異世界坊主の成り上がり
峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ?
矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです?
本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。
タイトル変えてみました、
旧題異世界坊主のハーレム話
旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした
「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」
迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」
ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開
因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。
少女は石と旅に出る
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766
SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします
少女は其れでも生き足掻く
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055
中世ヨーロッパファンタジー、独立してます
【完結】召喚されて聖力がないと追い出された私のスキルは家具職人でした。
佳
ファンタジー
結城依子は、この度異世界のとある国に召喚されました。
呼ばれた先で鑑定を受けると、聖女として呼ばれたのに聖力がありませんでした。
そうと知ったその国の王子は、依子を城から追い出します。
異世界で街に放り出された依子は、優しい人たちと出会い、そこで生活することになります。
パン屋で働き、家具職人スキルを使って恩返し計画!
異世界でも頑張って前向きに過ごす依子だったが、ひょんなことから実は聖力があるのではないかということになり……。
※他サイトにも掲載中。
※基本は異世界ファンタジーです。
※恋愛要素もガッツリ入ります。
※シリアスとは無縁です。
※第二章構想中!
異世界転移でモフモフくんのお世話係に!?
壱
ファンタジー
突然召喚されたアラサーのひろこ。獣人と人間が入り混じる世界で、王国の王子の病を治すようお願いされる。帰りたいけど王子の病が治るまで帰れない。それならいっそどうにでもなれ!なんとかしましょうきっとね!少年獣人のお世話係となって、絆を築いていくお話。
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる