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夏は短し戦(バト)れよ乙女②
しおりを挟む「――小鳥ちゃーん、お待ちどおさま。ご注文の品が完成したわよ~~」
「わあ、ありがとうございます!! 助かりますっ」
突如異世界に巻き込み召喚されてから、時は流れてはや半月あまり。
今日も医務室で作業に励んでいた理咲のもとに、依頼の品物を携えた魔導師殿がやって来たのは、まだ昼前の時間帯だった。
少々小腹が空いてきたので、現在はポーペンティナといっしょにグレープフルーツ――こちらではパマロウとか、パンペルムーゼと呼ぶらしいが、とにかく摘まんで休憩中のことだ。
急いで席を立って出迎えた理咲に、油紙で包んだ荷物をそっと手渡してくれるラウラは、少々疲れが見えるものの表情は明るい。しっかり両手で受け取ったのを確認してから、再び口を開いた。
「頼まれてたものはこれで全部ね。ただ国内では原料が採れないやつだから、なかなか量が稼げなくて」
「いえ、大丈夫です。組み合わせて上手いこと使えば……やっぱり高いんですね、これ」
「まあね、ほぼ全部輸入品だし。にしても、小鳥ちゃんが植物の性質に詳しくて助かったわ。こっちじゃ乾燥させたり溶液に浸したりして薬にするけど、香りそのものを治療のために使うって発想はまだないから」
「あはは、うちの国でもそうでしたよ。ホントつい最近になって流行り始めて」
ハーブなどを外用薬、内服薬として用いる知識は、ヨーロッパで古くから活用されていた。日本でもそうだ。しかし『香り』の持つ力にフォーカスして、人体へ与える良い影響の研究が本格的に始まったのは、実は近代に入ってからだったりする。
それはさておき、そうしたアロマテラピーに用いる精油は、元となる植物の種類によって作り方が違う。香りの成分を保ったまま抽出しなくてはならないから、製造過程にも注意が必要なのだ。幸い理咲が頼んだものは、一度にたくさん共通の作り方が出来るものが多かったので、お互いにちょっとだけホッとしたのは記憶に新しい。
「あ、でも、こういう柑橘系のは採りやすいかも。皮をぎゅーっと絞れば出てきますし」
「なるほど。ハーブとかをガンガン蒸留するのは装置がないとダメだけど、これなら手作業で行けそうね」
「……そういやリサちゃん、いま作ってる化粧水って陛下にあげるの? とっても気に入って下さったねえ」
「うん、そうなの。さっぱりして気持ち良いって喜んでくれて……」
摘まんでいたグレープフルーツの、その皮の部分をローラーで圧搾し、取り出した油を褐色の小瓶に納めてある。これを蒸留水やハチミツなどと混ぜ合わせれば、化粧水の出来上がりだ。大学の友人たちにも好評で、よく頼まれては作っていた。悩みや体質に応じて精油を選んで、実際に使った相手が喜んでくれるのは、作り手としても大層嬉しかったものだ。ただ――
ごんごん、と、かなり強いノックの音がした。一斉に振り返った視線の先、医務室の入口を塞ぐように立つ、全身鎧を着た一団がいる。あれはいわゆる儀仗兵のフル装備で、式典などで王族のごく近くを守るのが仕事なのだと、ノルベルトに教わった。
その、平常時にはほぼ仕事がないはずの彼らが、何故か医務室に集結している。入ってすぐの壁に沿うように横一列に並んで、唯一マントを付けている人物がきっちり敬礼をした。兜の内側から、よく通る声で宣言する。
「突然失礼致します! そちらにおられる黒髪のご令嬢、『賢者』と称されるリサ・サクラ殿とお見受け申上げる!!
『聖女』セイラ殿から至急来られたし、との伝言を預かっております。ご同行願えますでしょうか!!」
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