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前部

冒険者ギルド【前編】

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「いらっしゃい。今日はどのようなご用件かしら?」
「…………。…………?」

 ……かしら?
 そして思いもよらぬ甲高い声に、一瞬意識が飛んだ。
 静まり返っていた、テーブルで酒を飲んでいた冒険者たちがオディプスのように肩を震わせている。
 現実と予想が一致せず、ミクルはまだ、どこかぼんやりと辺りを見回した。
 何が……自分の周りで何が起きているのか。

「ほら、例の件を相談しなよ」
「……え、あ、あ、は、はい。あ、あ、あの……」
「はぁい? なぁに?」
「…………」

 どうやら聞き間違いではないらしい。
 男の声は甲高く、そして甘やかな口調でミクルに聞き返す。
 瞳は思いの外まつげが長く、きりりとした野太い眉とのミスマッチ感がより、違和感を煽る。
 頬紅と、よく見れば唇には光沢のあるピンクの口紅が差してあった。
 気付きたくなかった。
 なぜ気付いてしまった、自分。
 ミクルは心の底から後悔して、思考どころか呼吸するのも一瞬忘れた。

「やれやれ致し方ないね。……実はこの子の幼馴染の少女たちが、今朝方この町を発ってしまったのだが……連れ去りの可能性が高いようなので、こちらに相談するよう宿のお嬢さんたちに助言を受けたんだ」
「連れ去り!? ……連れ去った奴の特徴は?」
「こんな男だったね」

 と、オディプスが指を宙に滑らせる。
 すると、ミクルの知る『リーダー』の顔がまるで絵のようにそこに現れた。
 ギョッとするミクルと受付の男。
 騒つくテーブルにいた冒険者たち。

「え、あ……な、なんっ……ま、魔法⁉︎ アナタ魔道士? い、いえ、こんな事が出来るなんて、魔導師かしら!?」
「まあ、そんなところだ。で、この男……誰か知っている者はいるかな? 昨日この子も、この男の仲間らしき連中に殺されそうになったんだが……」
「なんですって? 君、大丈夫だったの?」
「…………」
「少年、心配してくれているようだよ」
「っ! はっ!」

 呼吸が戻った後も思考が戻ってこなかった。
 オディプスに背を軽く叩かれて、ハッとする。

「は、は、は、はいっ……よ、四人の、男の、人……。ゆ、勇者になりたいって、む、村に来て……ワ、ワイズたちを……お、おれの、幼馴染、四人、女の子、ばかり……連れて……えっと……」
「僕はたまたまこの子が男たちに森へ連れて行かれるのを見かけて、助けに入ったんだ。しかし、気絶したこの子が目覚めるのを待っていたら、この子の幼馴染たちが既に町の外へ連れて行かれていたらしくて……」
「そうだったのね。なんにしても無事で良かったわ……。それにしても、こーんなにカワイイ男の子を殺そうとするなんて……。で、女の子の幼馴染が四人も連れ去られたのね」
「えと、あの……」
「恐らく騙されて連れ出されたのだろう。宿のお嬢さんたちがギルドに所属していないこの子に、このギルドから呼び出しがあったと聞かされていた」
「なんですって!」

 バキッと、カウンターの板が割れた。
 ミクルは、目を見開いてそれを見てしまった。
 受付の男が立ち上がるついでに拳をカウンターに叩きつけ、その力でカウンターには二つの穴が空いたのだ。

「……うちのギルドをダシに使った……!? 何よそれ、許せない……! ブッ殺すわ……!」

 ざわ、とテーブルにいた冒険者たちが殺気を放つ。
 ミクルは肩が跳ね上がった。
 先程までにやにやと状況を見守っていた冒険者たちの、あの殺気だった様子。
 受付の男の、この様子。
 なにやらただ事ではない。

「おい、そういう事なら話は別だぜ。その男の似顔絵……? をよく見せな」
「どれどれ」
「あーん?」

 座っていた冒険者たちがぞろぞろ、オディプスの出す光の肖像画に近付いてくる。
 その肖像画を見て、何人かが「エモートじゃねぇか」と指を指す。

「? ……え、あ、リ、リーダーって、名前じゃ……」
「はあ? リーダーだと? あいつそんなアホな名前名乗ってたのかぁ?」
「そんなわけねーだろ。どう考えても偽名だぜ坊主」
「……!?」
「ははは! 少年、それは誰でも偽名と分かるよ」
「!?」
「マジかこのガキ、疑ってなかったらしいぜ」
「ウケる」

『リーダー』は偽名だった。
 本名は『エモート』。
 そのエモートを知る数人の冒険者が言うに、この男は結婚詐欺師。
 町から町を渡り歩き、「結婚しよう」と金持ちの家のお嬢さんを騙くらかして家に転がり込み、グータラと生活。
 飽きたり、結婚する気がないとバレると、即トンズラする。
 とにかく口が上手く、また若い女が大好物。
 まとまった金を手に、娼館で十五、六人の娼婦を侍らせて遊んだ事もあるらしい。

「……っ」
「やだん、ガチめのクズじゃない。町を渡り歩いてるって事は、特定の寝ぐらみたいな場所があるわけじゃないのね」
「ああ。あちこちに愛人を作って、町の滞在中はそこへ転がり込むそうだ。典型的な嘘吐きクズ男さ」
「そういやメゾロ町とデルー町でも捜索願が出ていたな? 懸賞金付きで」
「ハハ、やらかしすぎたんだろう。いくらだ?」
「金貨三十だ」
「ほお、そりゃあ引き渡したら投石刑だな」

 投石刑は、投石機の『的』になる刑だ。
 投石機の狙撃手の腕が悪ければ当たる事はないが、当たれば腕なり足なり頭なり……吹っ飛ばされる。
 運が良ければ無傷か即死。
 運が悪ければ、死ぬような苦しみにのたうちまわる事になる。

「しかし、少女を四人も連れて……娼館にでも売り払う気か?」
「この町以外に娼館があるのは……デルーとエクシ、アイロフ……」
「近場だとその辺だろうな」
「……ス、スーケネク……南東に、行ったかもしれない、です……」

 娼館のある町。
 そう聞いて、唯一の手がかりを口に出すミクル。
 冒険者たちが渋い顔をした。

「南東か。デカイ町しかねーな。シクタス、タコジ、ジヴィ。どこも娼館が何軒かある」
「厄介ね。……いいわ、一応スーケネクとシクタス、タコジ、ジヴィのギルドに連絡を入れとく。そっちの町のギルドが宿に男一人、少女四人のパーティが現れたら引き留めておくように頼むわね」
「あ、あ……ありがとう、ござい、ます!」
「女の子たちの名前や特徴も聞いておいていいかしら?」
「は、はい。えっと……」

 ──そうして、幼馴染たちの名前と特徴を告げ、捜索願の手続きを終えるとギルドを出た。
 陽はすっかり昇っている。

「さて、僕は食べなくても問題ないのだが、君は朝食を摂った方がいいんじゃないのかい? 町にいる間に食べないと、道端で野たれ死ぬかもしれない」
「! ……。……お、お金……」
「ないのか? ああ、僕のローブを買ったせいだね。ばかみたいだね、ははは」
「…………」

 その通りすぎて、言い返せない。
 彼は命の恩人と呼べるかもしれないが、なけなしの所持金をほぼ全て使ってまで、彼の容姿を隠す必要はなかった。
 彼は『禁忌の紫』を持っていても堂々としている。
 周りの人間は、勝手に怖がるだけ。
 ミクルは『彼が目立つから』『禁忌の紫だから』隠そうとしたけれど。

「……あ、あ、貴方は……へ、平気、かもしれない、けど……ま、周りの人、は、こ、こわ、がる、から……」
「フン。まあ、妙なトラブルに巻き込まれるのは僕もごめんだ。君の配慮には感謝しているよ。……けれど、君は確か荷物も全て仲間が持って行ったんだろう? つまり、君は今無一文の丸腰状態というわけだ」
「…………」

 そうだった。
 オディプスに指摘されて、今更ながら愕然としてしまう。
 自分の手元には数枚の銅貨と、現在着ている服しかない。
 サー……と血の気が引いていく。
 このままでは、彼女たちを追い掛ける以前に……今日の食事もままならない。

「え、あ……うっ、あ……」
「今更気付いたのかい? ははーん、君さてはおばかさんだな?」
「うっ……」
「冗談だよ。幼馴染の少女たちの事で頭がいっぱいだったのだろう? ばかだねー」
「…………」

 結局ばか扱いされる。
 肩を落とす。
 実際そう言われても仕方ない。

「……まあ、大切な者がいなくなる恐怖というか……喪失感は僕も分かるよ。あれは頭が思考を放棄する。うん、あれは良くない。とても良くない」
「……え、あ……」
「さて、ではどうすべきかを考えたまえ。まずは路銀や装備を整えなければならないね。さあ、どうしたらいい?」
「……え、え、あ……」

 ジッと、薄い紫色の瞳に見つめられる。
 どうしたら?
 いい?
 分からない。
 けれど、考えなければ彼女たちを追いかける事が出来ない。
 必死で頭を回転させる。

「ギ、ギルド、に……も、戻る……と、登録……」
「ふむ、正解だ。現在君は換金出来るアイテムも装備も持っていない。では稼ぐしかない。稼ぐにはギルドに登録し、一時的にでも冒険者と名乗り依頼をこなす」
「は、はい……」

 薄い紫色の瞳が細くなる。
 唇は弧を描き、実に楽しげだ。
 こうなる事は予想済み、とばかり。
 その目が苦手だが、踵を返して先程の筋骨隆々な受付の男へ今の事情を話すしかない。
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