上 下
149 / 311

ドラマのお仕事(4)

しおりを挟む
「それは申し訳ないことをしてしまいました。そんなつもりなかったんですけど……。演技のオーディションや同期との演技が久しぶりで、力が入ってしまったのかもしれません。どうせ選ばれないだろうからとあまり緊張もしてなかったし。……ええと、なるほど。それで、妥協案として俺が柳さんに演技指導をしろ、ということですか」
「はい。ミッカ先生にはスタッフ一同で説得しまして……それでもまだごねておられるんですけど」
「ぶっちゃけ俺の方もスケジュールがきついので、オファーされてもお断りすると思います。先輩たちほどではないんですけど、年末のライブに向けたレッスンの時間もあるので……」
「そ!! そ、そうなんですね。えっと、演技指導も難しいということでしょうか?」
「演技指導なら時間の融通が利きますね。でも、俺はプロの演技指導者ではないんですが……学生ですし」
 
 と、困ったように言う。
 わざと“プロの”という単語を出した。
 これにより、この二人が淳に演技指導を頼むにあたり『有償』か『無償』か、どちらの対応をするのかを見るつもりだ。
 事前に『スケジュールが厳しい』というのは伝えてある。
 学生相手なのだから、暇だろう、無償でいいだろう、と足下を見るつもりなら即お断りだ。
 そんなことに時間を割くくらいなら、淳は十月お披露目のコラボユニットに注力したい。
 年末の『聖魔勇祭』の一年生ランキングトップ4に選ばれれば、そちらの練習もしなければならないし、同じく十月には文化祭ゲストや学アイ、淳と綾城の誕生日などの大きな仕事もある。
 本当に、純粋に忙しい。
 そんな中で『無償でやってほしい』なんて言われたらそりゃあお断りするに決まっている。
 
「も、もちろん、スタジオはこちらで用意しますし、個人指導ですからお礼もお支払いします。しょ、少額になるかと思いますが」
「はあ」
 
 面白いほど目が泳いでいる。
 マネージャーは出し渋る感じだ。
 ちらりとその隣の響を見ると、こちらは顔面蒼白。
 原作者に気に入ってもらえなかったのに選ばれたことが、よほど恐怖なのだろう。
 昨年の炎上は未だに尾を引いており、映像界の歴史に残る大炎上だったのだから無理もない。
 原作者の意向を無視した、として炎上しかねない。
 十四歳の柳響に、あの炎上はあまりにも――。
 淳としても可能なら助けてあげたい。
 支部は違うが、同じ劇団出身。
 後輩なのだから、力にはなりたいが。
 
「うーん……。あ、そうだ。それならこちらから一つ条件を出してもいいですか? それを呑んでいただけるのでしたら、謝礼は要りませんので」
「え! な、なんでしょうか!? できることならなんでも……」
「ドラマのテーマソングを星光騎士団で歌わせていただけませんか?」
「ひ……ぇ、……っえ?」
 
 満面の笑みで言い放った淳に、マネージャーが凍りつく。
 疑問符を頭に浮かべる魁星と周と響。
 これはマネージャーが凍りつくのも当然の要求。
 先程淳も言った通り、配役はオーディションが始まる前に決まっている。
 その他のことも、サクサクと決められているのが普通なのだ。
 なんならすでに発注が終わっている場合もある。
 テーマソングなども時間がかかるので、発注済みだと考えるのが妥当。
 そこに今更、淳たちを捩じ込めと言ったのだ。
 
「あ、もうアーティストが決まっているのでしたら……それなら仕方ないですけど」
 
 笑顔。
 マネージャーの顔色がますます悪くなり、表情が固まったまま汗だくになる。
 それを見て笑顔のまま「大丈夫ですか? 熱中症ではないですよね? 水分補給した方がいいですよ、まだ暑いですし」と水のペットボトルをマネージャーに差し出す淳。
 ここまでやれば、マネージャーも「ああ、わかってやってるな」と察する。
 学生だからと甘く見過ぎだ。
 
(“春日社長”ならこのくらいはやるよね)
 
 あのしたたかな少年社長の“演技”。
 淳の中で、神野栄治の言葉は神の言葉。
 彼は申された。
 
『プロとして仕事はもぎ取れる時にもぎ取るべき』
 
 と。
 事実、ツルカミコンビが星光騎士団の団長副団長になってから、星光騎士団の名は全国区に広まった。
 学生セミプロという言葉も、星光騎士団がIGに出演するようになってできた単語と言われている。
 仕事は貪欲にもぎ取るべき。
 それに従って、ネットドラマのテーマソングをもぎ取ってこよう、という魂胆。
 ただし、このマネージャーさんにそこまでの権力があるかどうか。
 
(普通に考えて、ないと思うけどね)
 
 けれど原作者さんをスタッフが総出で宥めているという話を聞いたあとなので、淳の演技指導は必須のはず。
 原作者もずいぶん淳を気に入って買ってくれているようなので、淳が作品に関わることを非とはしないだろう。
 問題はすでにアーティストに発注済みだった場合。
 ここから断り、星光騎士団に変更するのはキャンセル料が発生したり義に反することだからやりたくはないはず。
 淳も断られるアーティストがいることは、心苦しい。
 恨まれても嫌なので、「アーティストが決まっているのなら身を引く」と暗に伝える。
 が、ここで「決まっているので」とマネージャーが断った場合、先程「少額の謝礼を……」と言っていた手前今度は淳に対しての妥協案を断った手前、謝礼額を上げないとならない。
 淳の言っている“報酬”と同等の額を支払えない、と言ってしまうことになるからだ。
 汗でぐっしょりのマネージャーを心配そうに見る響は、どうやらこのやりとりがよくわからないらしい。
 魁星はともかく、周もピンときたらしく、目を細めて笑みを噛み殺している。
 
「え、ええと……さすがにテーマソングに関しては、私一人にその決定権は、なくて、ですね。上の者に確認を取らなければなりませんので……」
「はい。もちろん。確認の上こちらにご連絡いただければ、改めてスケジュールのご相談をお受けいたします」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】欠陥品と呼ばれていた伯爵令息だけど、なぜか年下の公爵様に溺愛される

ゆう
BL
アーデン伯爵家に双子として生まれてきたカインとテイト。 瓜二つの2人だが、テイトはアーデン伯爵家の欠陥品と呼ばれていた。その訳は、テイトには生まれつき右腕がなかったから。 国教で体の障害は前世の行いが悪かった罰だと信じられているため、テイトに対する人々の風当たりは強く、次第にやさぐれていき・・・ もう全てがどうでもいい、そう思って生きていた頃、年下の公爵が現れなぜか溺愛されて・・・? ※設定はふわふわです ※差別的なシーンがあります

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

遠回りのしあわせ〜You're my only〜

水無瀬 蒼
BL
新羽悠(にいはゆう) 26歳 可愛い系ゲイ 瀬名立樹(せなたつき)28歳 イケメンノンケ ◇◇◇◇◇◇ ある日、悠は職場の女性にセクハラだと騒ぎ立てられ、上司のパワハラにあう。 そして、ふらりと立ち寄ったバーで立樹に一目惚れする。 2人は毎週一緒に呑むほどに仲良くなり、アルコールが入るとキスをするようになるが、立樹は付き合っている彼女にせっつかれて結婚してしまうーー

異世界人は愛が重い!?

ハンダココア
BL
なぜか人から嫌われる体質で、家族からも見放され、現世に嫌気がさしたので自殺したら異世界転生できました。 心機一転異世界生活開始したけど異世界人(♂)がなぜか僕に愛の言葉を囁いてきます!!!!! 無自覚天然主人公は異世界でどう生きるのか。 主人公は異世界転生してチート能力持っていますが、TUEEEE系ではありません。 総愛され主人公ですが、固定の人(複数)としか付き合いません。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。 そこが俺の全て。 聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。 そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。 11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。 だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。 逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。 彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...