ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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音無家総力戦?(1)

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 いつの間にやら授業も終わり、練習棟の星光騎士団フロア、ブリーフィングルームに行くと先輩四人が渋い顔をして腕を組んでいた。
 淳と魁星と周がそんな先輩たちに首を傾げる。
 
「どうかしたんですか?」
「難しい顔してますね?」
「ああ、MVのね、撮影をしようと思っていたんだけど……他のグループが解禁当日に自分たちのチャンネルで動画を上げるのに対して、うちは僕が忙しくて撮影自体できていなかったでしょ? 今から撮影しても載せられるのは来月だよね、っていう話をしていたんだよ。それならいっそ今月の定期ライブで披露するのを取りやめて、来年に回すべきかな? って。でも、夏の陣で出すから――」
「初お披露目は夏の陣やから、再来月にすると遅くなりすぎるんよなぁ……」
「そうなんだよね。『Great Dipper』『Nova Light』の二曲だから、一日かけての撮影になると思うんだけれど業者の手配を今からしても結局来月だしなぁ……」
「今月はもう無理やな。夏の陣の最終調整を最優先にした方がええやろ。珀ちゃん、プロの方の練習も詰めやろ? ちゅうか、体大丈夫なん? ちょっと顔疲れてるんやけど」
 
 と、花崗が綾城の目許を指でなぞる。
 ふわりと微笑んで「大丈夫だよ」と答えてはいるが、確かにかなり疲労が見え見え。
 それを笑顔でごまかすのだから、メンバー全員不安な表情で綾城を見つめた。
 
「あの、MVの撮影の話しですよね」
「え? うん? 淳くん、なにかいい考えがある?」
 
 そんな綾城にあまり負担をかけたくはない。
 でも星光騎士団箱推しのドルオタなので星光騎士団の新曲MVを一刻も早く観たい。
 なので――
 
「実は俺の両親は映像会社に勤めているんです。部署は違いますけど。今週の土曜日は休みだから、皆さんのスケジュールを調整していただければ頼んでみます」
「え、え? 淳くんの家族って……」
「確かにうちは一家全員ドルオタですけれど、両親は社会人ですし妹は読者モデルや舞台で仕事もしたことがあるのでそこは一線引いて仕事をしますよ。守秘義務も守ります。依頼するなら金銭報酬もいただきますし」
「でもさすがに一日で撮影まで行くのは無理とちゃう?」
「曲の録音素材をいただければ一日でディレクションまでは持って行けますよ。母さん、一応美大で演出や音楽映像専攻をしていてお客を選らぶ立場なんです。もちろん顧客の要望があればそれは事前に聞き取りすると言っていますけれど、俺も妹もかあさんの感覚だけで作られた映像と演出の方が好きなんですよね。そこは親子だからなのかもしれないですけど。あ、ワイチューブの再生リストに母さんと父さんの仕事履歴もあるんで見てもらってもいいですか? これとかおすすめなんです! 『CROWN』の『CandyDat』のMV。なんと予算四十五万でこれを撮影したらしいんですよ! すごくないですか!? CROWNですよ!?」
 
 と、言ってスマートフォンで映像を流す。
 ピンクを中心にした大量の風船に埋もれ、空中ブランコで岡山リントを中心に歌うCROWN。
 場所はスタジオだろうか?
 こんなに大きなスタジオを借りるのも、空中ブランコのレンタルも、専用衣装もセットも……これらすべてを四十五万の予算でこなした、だと?
 
「四十五万!? CROWNのMVが!? え!? なんやこれ、こんなん予算四十五万で無理やろ!?」
「映像綺麗ですね。ええ? この画質のカメラとこの編集も込みでこの予算!?」
「衣装は完成してるので、スケジュール調整さえできればディレクションが固まっているならすぐに撮影に使用できますけれど……」
「ええ? 自分の親の仕事で作った映像お再生リストにまとめていることには誰も突っ込まないのぉ……?」
 
 宇月のツッコミは割と華麗にスルーされた。
 実際淳の両親が携わった作品はどれも素晴らしいものばかり。
 
「って……『映像会社Underdog』じゃないか!? 世界的に有名な超一流の、え!? 淳くんのお父さんとお母さん、Underdogに勤めているの!?」
「創設メンバーだって聞いています。大学時代の同級生たちで作った会社で、他のメンバーの経営手腕が優れていたおかげで働きやすいって。世界的に仕事の受注はしていますけど、クリエイターの私生活最優先にしているだけなのにやたら『最先端の働き方!』とか『新しいスタイル』とか世界中からほめそやされてるって首を傾げてましたけど」
 
 先輩たちに仰天の顔で見られる淳。
 周にもドン引きしたような顔で見られる。解せぬ。
 
「じゅ、ジュンジュンちやっぱりお金持ち?」
「いや~、父さんも母さんも仕事を選んでセーブしているから収入は平均的じゃないかなあ? 地下にスタジオがあるのも仕事で使うからって言ってたし」
「「「自宅にスタジオがあるの!?」」」
「プロジェクター部屋もありますよ。あの、だから仕事は安心して頼んでください。家族全員星光騎士団推しなので、良心的な値段にしてもらえるように頼みます」
「むしろ大丈夫なの……!? い、依頼して大丈夫なの!?」
「え!? なんでですか!?」
 
 なぜか心配される。
 曰く、あまりにも演者にとっては”一度は映像を作ってもらいたい憧れの会社”らしい。
 海外の有名なアーティストですら「スケジュールが合わないので」と断られる会社。
 それが余計に会社の価値を高めていく。
 かと言って個人依頼の映像も作るので、好感度が天井知らずに上がるのだ。
 
「休みの日だし、父さんも母さんも星光騎士団推しだから趣味の範囲で受けてくれると思います」
 
 手は抜かないと思うけれど、と内心思う。
 ゆるい働き方はしているけれど、両親もまた、神野栄治を神と称えている。
 プロとして仕事に手を抜くことはない。
 
「ええと……それじゃあ、お願いしてもいいかな?」
「メールしてみますね」
 
 と、言って家族のグループにメッセージを入れてみる。
 仕事中でも家族のメッセージはすぐ見てくれるので、少し待っているとまさかの智子が一番最初に反応した。
 
『智子も手伝う! 任せて!』
『やるやるやる! すぐに音源送って~!』
『ドローン使っていい?』
 
 ぽぽぽぽん、とさすがドルオタ一家。
 反応が早い。
 そのメッセージをメンバーに見せると、全員なんともいえない表情。
 
「……? どういう気持ちの表情ですか、それ……?」
「い、いや~……」
「まだ、現実が受け入れられていないっていうか……」
「(コクコク)」
「ナッシーんちマジすごい人じゃん……全然一般家庭じゃないじゃん……」
「そうですか?」
 
 真顔で聞き返すと、先輩たちにドン引きされた。
 解せぬ。

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