ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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魔王、朝科旭

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 午後三時。
 校庭ステージに登場したのは『ケ・セラセラ』の大久保結帆おおくぼゆいほ
 マイクを持った大久保が「ちーす。『ケ・セラセラ』の大久保結帆っちです。お気軽にゆいほくん、って呼んでくださいね~」とステージに集まっている百人ほどの観客に片手を振りながら中央に歩いてくる。
 さすがに決闘は東雲学院芸能科の名物。
 集客力は大手のスタートよりもやはり大きい。
 三時は早帰りのできる学生がやってくるので、お客さんは若い層が一気に増えた。
 若い層はアイドルとの交際をワンチャン狙っている子もちらほら。
 ガチ恋勢の中には綾城の時のように彼女面をする者もいる。
 今のところ一年生はそこまでの層に目をつけられてはいないけれど、二、三年生の中でもハイスペックな一部には数人のガチ恋勢が存在し、時にトラブルが起こることもあるとかないとか。
 ビビったのが大久保ガチ勢がはっぴと鉢巻、推しうちわとサムネイル、オリジナルのお手製大久保Tシャツ、たすき、大久保イメージネックレスと腕輪、公式グッズの缶バッチリュックのフル装備。
 淳ですら、感服するガチ装備振り。
 そんなガチ勢が、まさかの五人も。
 その五人に大久保が笑顔で手を振っている。
 ぎゃああああ、と断末魔のような悲鳴。
 こちらが恐怖を感じるレベルの悲鳴。
 大久保はケ・セラセラの他の二人よりも顔面が、いい。
 声も独特で、囁かれたら耳から溶けそうな甘さと安らぎを感じる。
 それこそ卒業後は「”彼単体で”うちの事務所に」とスカウトが来ているとか。
 しかし大久保本人はリーダーの中泉翔平なかいずみしょうへいと行藤、三人一緒でないと活動する意味がないと言っており、卒業後は全員で大学生になるとのこと。
 そんな綾城級のアイドルオーラを持つ大久保は、決闘のルール、投票に関する説明を行う。
 ステージの前の方を確保しているのは淳、魁星、周、花崗。
 魔王軍の魔王リーダー朝科旭あさしなあさひ、西四天王、雛森日織ひなもりひおり南四天王、檜野久貴ひの ひさたか、北四天、茅原一将ちはらかずまさ
 
「花崗、綾城は仕事?」
「ちょりす~、朝科ちゃん~。そうそう、あっちのグループの練習もあるから最近本当に忙しそうだよ」
「…………」
「え、顔色急に悪……。なに、どうしたの?」
「イヤ~、私も少しづつ事務所の方に顔を出していたんですが綾城の様子を見てるとちょっと怖くなる」
「珀ちゃんはもう活動してるから忙しいんやろけど、朝科ちゃんも卒業したら新規グループになるんやね?」
「そうなるんじゃないかなぁ? 実はまだ詳しく決まっていないから私にもよくわからないんだけれどね」
「そっかー。まあ、決まっとっても守秘義務で話せんやろしな」
「ミャハ。だねえ」
 
 はあ、はあ、と淳が花崗の横に近づいてきた朝科に興奮してきた。
 朝科旭、魔王軍の魔王リーダー
 金髪碧眼という日本人離れした容姿、帰国子女、四か国語がペラペラ、高身長で足が長すぎる。
 漆黒の魔王風衣装が似合いすぎていて、ファンサの際失神したファンが出たとか出ないとか。
 綾城が飛び抜けて人気が高いのは変わらないが、腐っても最古参の三代大手グループの王。
 
(顔がいい~~~~~~~)
 
 溶けそうになる顔を押さえながら『朝科♡旭』『ウインク♡して』の推しうちわを紙袋から取り出すと、魁星と周に「は?」と見下ろされてしまう。
 対して自分の推しうちわと淳を見つけた朝科は「あ」と嬉しそうな表情で手を振りウインクのファンサービス。
 声が出ないので「ギャアアアアア」と心の中で叫ぶ淳。
 うちわをふりふりしている淳にムッとした表情になる魁星と周。
 
「淳ちゃん、もしかしてその紙袋魔王軍メンバーのうちわも入っとるん?」
「あの子、私たちが一年生の頃から応援してくれた子! 覚えてるよ! バトルオーディションの時は全然声が出ていないから心配していたけれど……星光騎士団が拾ったんだね。ああ、もったいない。魔王軍に来てくれたら即採用していたのに~」
「え? 朝科ちゃん、淳ちゃんのこと狙ってたの?」
「狙ってたよ~。声が出ていなかったのをみんなに反対されてしまったから、うちを再面接申し込んでくれないものかと待っていたんだけど来ないし」
「まあ、星光騎士団ウチ採用ったさかいなぁ」
「声が出ていなかったから他では獲らないと思ってたのに! というか、私が考えていた運命の再会シナリオが……まあ、元々星光騎士団箱推しっぽかったけど。つらかったら魔王軍においでよ? 私が在籍中なら全力で囲っちゃうからね」
「朝科ちゃん?」
 
 と、本当に残念そうにする朝科。牽制する花崗。
 ゆっくり顔を近づける朝科に淳を庇うように立つ魁星と周。
 
(なんだこの状況)
 
 魔王から見習い騎士を守る騎士、という変な状況。
 在学生席の後ろの一般客席から「キャアアアアアアアアアア」という悲鳴が上がる。
 ステージ上から大久保が「ちょっと~、場外乱闘はやめてくださいね~」と注意が飛んできた。
 
「朝科先輩、そろそろ」
「ぶっちゃけルイルイの決闘興味ないんだよ。それより君の方がいいな。名前は音無淳くんだっけ。ああ、そうだよね? 同じ世界に来たんなら、もう我慢しなくていいよね?」
「朝科先輩!」
「旭くん!」
「旭さん!」
 
 ガシッと両肩と前方に回り込み、朝科を三人がかりで回収していく。
 朝科を回収していったのは二年の茅原と三年の檜野と雛森。
「あ~~~、マイスイート~」と半泣きでズルズル連れ去られて、反対の上手かみて側に消えていく。
 他の芸能科生徒も「なんだなんだ?」と連れていかれる魔王を目で追う。
 
「淳ちゃん、朝科ちゃんになにしたん? マイスイートとか言うとったんやけど」
「(ふるふるふるふる)」
「……クラスちゃうんやけど、今度探り入れとくか。なんや怖いわ」
 
 確かに、大変怖かった。
 
(あんな面がある人だったんだなぁ)
 
 と、淳は呑気にうちわをしまった。

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