ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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二度あることは多分三度ある

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「ああああああ! またやってしまったぁぁぁあああ!!」
 
 翌日、夜の『SBOソング・バッファー・オンライン』内、始まりの町『ファーストソング』の広場。
 そこに集まるのは相当数のファン。
 溢れそうな人垣に、フルフェイスマスク型VR機を借りた魁星と周は淳と智子の興奮ぶりにやはりドン引きしていた。
 が、ステージが開始した直後なのだ。
 ゲームの中だというのに――いや、ゲームだからこそ全国からファンが集まっているのだろう。
 それでも中にはフルダイブ型VR機を購入してまで駆けつけるファンがいる、という熱意がすごい。
 挨拶も自己紹介もなくすぐに始まったデビュー曲の披露。
 ショッピングモールでの初ライブと同じ、先にデビュー曲を披露してから自己紹介などのトークがされるパターンだ。
 覚悟していたのに、曲が間奏に差し掛かると綾城と鶴城が「皆さん、心の準備をしてくださいね」「失神注意ですぞ」とマイクを離して注意を促す。
 神野が心底二人の忠告を鬱陶しそうに睨みつけてから、一度目を閉じて――客席に向き直り左手を伸ばす。
 そしてあの、セリフ。
 
「おいで」
 
 細められた瞳。
 形のいい唇が柔らかく笑みを浮かべ、囁かれるように。
 何より溢れ出る色気。
 神と崇める淳と智子の永遠の騎士ヒーロー
 そんな彼にあんな色気たっぷりに「おいで」なんて言われたら。
 
「淳ちゃんー!」
 
 カイセイの悲鳴が聞こえたが、それが最後。
 ハッと意識を取り戻した時には自室のベッドの上。
 本日も泊まりに来ていた魁星が、フルフェイスマスク型のVR機を横に置き、淳を心配そうに見つめていた。
 
「よ、よかったぁ。急にログアウトして消えてしまったからなにがあったのかと……」
「失神した……」
「ゲーム内で失神したらログアウトするんだ……?」
「うん……。ううう、まだ最後まで見れなかった」
 
 なお、智子も強制ログアウトしたそうなのだが、流石に年頃の女の子の部屋には入れないのでまだ無事を確認していないとのこと。
 しょんぼりしながら隣の智子の部屋のノックをする。
 応答はない。
 まだ失神したまま目覚めていないのだろう。
 
「智子ちゃんはこのまま寝かせておこうか」
「ええ? いいの?」
「うん。旧型は設定してあると寝る時のアラームにも朝起きる時のアラームにも使えるし、アイマスクの役割もあるから。設定してあるはずだし、このまま寝ちゃっても大丈夫」
「そっか。それなら――あ、実はさっきグループチャットに連絡が来てたんだ。『六月十日までに星光騎士団各員はフルフェイスマスク型のVR機を購入するように。購入が難しい者には支給するので事前に相談してほしい』って」
「んええ? どういうこと?」
「さあ……?」
 
 指示を出したのは凛咲玲王先生。
 星光騎士団の初代騎士団長様が「星光騎士団各員」と言ったら、それはもう歴代の騎士団員――という意味だ。
 淳がゲームで歌の練習をしている話は凛咲も聞いており、興味も持っていたがまさか?
 
「よくわからないけど、俺は金銭的にも厳しいし明日先生に相談してみるよ」
「そだね。その方がいいね」
「あ、あとさ」
「うん?」
 
 魁星の家庭事情を思うと、十万近いフルフェイスマスク型VR機を購入するのは難しい。
 幸いにも『購入が難しい者には支給する』と書いてあるので、相談しても問題ないだろう。
 しかし、話は続きがあるらしい。
 なに、と見上げると、少し嬉しそうな魁星。
 
「寮に入れそうなんだ。部屋余ってるって言ってもらえてさ。アイドルの仕事はめっちゃやらなきゃいけないし、成績は学年三十位以内とか条件キツいっちゃキツいけど……母さんから離れられそうで……」
「そっか。よかったね」
「うん。まだ引越しとか、入寮タイミングとかあるけどさ。母さんにも話したら大賛成された。……『稼げるようになったら金寄越せ』とか言ってたから、ゆっくりフェードアウトした方が母さんのためなんだろうな……って」
「……そっか」
 
 目を逸らされる。
 その頰に手を伸ばして、顔を挟む。
 大丈夫だよ、という意味で微笑みかけると少しだけ苦しそうな表情になってから、目を閉じて淳の肩に額を乗せられた。
 後頭部をぽんぽん、と優しく優しく叩いてその決断を下した彼を心の底から尊敬する。
 自分の人生を、この歳で選択した彼を。
 
「俺って、これでいいんだよね?」
「うん、いいと思うよ。自分の人生を選んでいいと思う。誰に聞いたって魁星を否定する人はいないよ。俺も、周もそれでいいって言う。頑張ろうね、一緒に。お金を貯めて、人生の選択肢を増やせるように。俺、星光騎士団箱推しのドルオタだからめちゃくちゃ応援するよ!」
「……なにそれ」
 
 はは、と笑われる。
 笑ってくれてよかった。
 肩から頭を離した魁星は、少しだけ涙を滲ませていたけれど「ゲームの続きする?」と聞いてきた。
 ライブは終わってしまったし、握手会も間に合わないと思うけれどダメ元でログインしてみようか、ということになった。
 
「あ、でもゲームは二十二時までね。明日も早いし、新曲の練習も開始するから」
「もちろん! なあ、フルフェイスマスクのVR機購入が強制っぽいし、周も今度誘ってみよーぜ」
「いいねー! そうしようそうしよう! 三人でも一緒に『SBOソング・バッファー・オンライン』で遊ぼ!」


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