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SBO情報イベント(1)

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「狗央って歌詞覚えるの早いなぁ」
「頭を使う方が得意なだけです。体で覚えるタイプの花房くんの方がすごいと思いますけど……あ、音無くんはどうやって覚えるですか?」
「俺は無限に見て覚えるかなぁ」
 
 と、帰り道にたい焼き屋さんに寄ってそれぞれ一個ずつ買い食い。
 花房はこしあん、狗央はクリーム、淳はつぶあん。
 ぐったりした花房と狗央はたい焼きを齧りながら、わかりやすくへこんでいる。
 
「綾城先輩が在学中プロデビューするって普通にすげーよなぁ。でも、俺ら前座かぁ」
「楽しみだよねー! 早くメンバー発表されないかなぁ! 今のところ公表されている所属タレントはツルカミコンビとモデルの望月月もちづきあかりさんだけなんだよね。つまり新人アイドルが春日芸能事務所から出るってこと! 綾城先輩と、グループってことは最低でも三人! 楽しみだよねー!」
「音無って本当にアイドルが好きなんだな」
「アイドルっていうか……」
 
 いや、アイドルも好きだ。
 キラキラとステージで輝く笑顔。
 こちらの体も動き出しそうな、息のあったダンス。
 脳を痺れさせるような歌声。
 喜ばせること、楽しませるために考えられたファンサービス。
 日常を非日常に変える夢の時間を与えてくれる。
 車止めに腰かけて、すっかり桜の散った通学路を見上げた。
 
「――いや、うん。アイドル、好きだな」
 
 アイドルみたいなミュージカル俳優になりたいな、と思う。
 ステージで客を魅了するのは、アイドルも俳優も同じ。
 ミュージカルもひとときの夢を提供する仕事。
 あまり違いはないように思う。
 
「栄治様みたいなモデルにはなれないけれど、せっかく同じ高校に入れたんだからあの人みたいに三年間は全力でアイドルをやりたいな。早く声変わりが終わればいいんだけど……」
「そうですね。音無の歌、ボクも聴いてみたいです」
「狗央くん……」
「な、な! せっかく同期ってことになるんだし、下の名前で呼んでもいい? 同じクラスだしさー」
 
 がば、と肩を組んでくる花房。
 確かに、と狗央とも顔を見合わせる。
 今の時点だと、淳が一人だけ第二部隊。
 ライブオーディションが終わってから、予備部隊から花房と狗央も第二に昇格予定。
 だからこそ、これから三人でやっていくのだ、という意味も込めて――
 
「えっと、魁星くんと周くん」
「呼び捨てでいいよ! んな!?」
「ああ、うん。呼び捨てでいいですよ。ボクは敬語は外したくないけど、二人はタメ口でいいです」
「あー、なんかこだわりあるタイプ? じゃあ俺はジュンジュンとアマリンって呼ぶわ!」
「距離の詰め方えぐ……!? いや、いいけど……」
 
 周も微妙な表情になって固まっている。
 魁星の距離感どうなっているのだろうか。
 しかし、嫌なわけではない。
 きっとこの先も大変なことがたくさんあるだろうけれど、やっていけそうな気がする。
 お互いが倒れないように、お互いで支え合えるように。
 
 
 
 ◆◇◆◇◆
 
 
 
 四月二十日、午後七時。
 
「お兄ちゃん、フルダイブ型使ったんだ?」
「うん。リアルの喉使うのはよくないから」
「そっかぁー。まあ、今はしょーがないよねー。それはそれとしてなんでネカマになったの?」
「え? うーん、身バレ防止?」
「確かに必要だよねぇ。チコも男の子アバターにすればよかったかなぁ?」
「いやー、智子はそこまでしなくてもよかったんじゃない?」
 
 と、妹と共に『SBOソング・バッファー・オンライン』のはじまりの町『ファーストソング』にログインして広場に集まった。
 今日、なにやらツルカミコンビの特大情報がゲーム内で先行されるらしいからだ。
 淳たちのサーバーでもかなりの人数が集まっていて、広場に設置されたステージの前の方を確保できたのはひとえに智子の執念と言えよう。
 練習から帰ってきて、風呂に入って速攻ログインした時にはかなりの人数がいたのでダメかと思った。
 間もなく十九時。
 二人はワクワクしながらステージを見上げた。
 ステージを照らしていた照明が一度消えると、左右のサイドから二人の人影が中央に歩いてくる。
 悲鳴をあげそうになる口を、兄妹は押さえた。
 
「こん~。春日芸能事務所所属モデル、神野栄治くんだよ、人民ども~。ちゃんと晩御飯食べてきたぁ?」
「おばんですぞ、皆様方! 春日芸能事務所所属俳優、鶴城一晴です! ちなみに本日の私の夕飯はロケ弁でカツ丼をいただきました☆」
「世界一要らない情報だよねー」
 
 チッ、という舌打ち。
 押さえたはずの悲鳴が上がる兄妹。
 背後からもツルカミコンビ好きユーザーから歓声が上がった。
 薄いピンクのに縁取られた、白基調の見たことのない衣装の二人に、淳と智子の歓喜が止まらない。
 
「さてさてさーて、今日は俺たちの特別な超新情報がここ、『SBOソング・バッファー・オンライン』の中で先行公開ってことなんだけど早速言っちゃう?」
「いやいや、さすがに早すぎますぞ、栄治。登場して二秒で目玉情報の公開は運営さんに怒られます」
「だよねー。まあ、そういうわけで今日はゲストをお呼びして、SBOの新情報、イベント情報を皆様にお届けしていきまーす。早速ゲストをお呼びしようね~。誰がくるかなー?」
「なんと! SBO広報担当の鈴原さんと!」
「開発担当の景谷さんに来ていただいたよー。それじゃあ早速色々聞いてみようね」
 
 さすがは東雲学院芸能科で三年間、アイドルをやっていただけあってMCもお手のもののツルカミコンビ。
 テンポよくゲストに質問をしていく。
 その中で発表されたゲーム内の新情報とはアップデートのお知らせ。
 ギルド機能の追加。それに伴うギルド本部、ギルドメンバーパーティーによる経験値やアイテムドロップ率上昇のボーナス機能、ギルドメンバー専用衣装デザイン機能の実装。
 さらに厄介なユーザーの通報、ブロック機能の実装。
 むしろ今までなかったのか、とこれは少し驚いた。
 そして来月のレイドイベントについて。
 SBOらしい新システム、カラオケ機能の実装。
 サブスクリプションに登録されている曲が、月額課金することで歌い放題になるという。
 
「それってつまり星光騎士団の曲も歌えるようになるってことじゃない!?」
「確かに!」
 
 東雲学院芸能科の古参グループと中堅グループ一部の固定曲は、サブスクに登録済み。
 カラオケで歌うことができる。
 これはますますSBOで歌の練習がやりやすくなるぞ、と拳を握る淳。


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