上 下
17 / 375

アイドル第一歩(8)

しおりを挟む

 それからシャワーを浴びて制服に着替えてブリーフィングルームに顔を出す。
 大川はそのまま帰宅したし、淳たちもへとへとなのだが呼び出されているので仕方ない。
 すでに二、三年が待っていた。
 一瞬で気が引き締まる。
 
「うん、来たね。じゃあまず一年生たちの形式を変更を言い渡すね。後列を狗央くんと花房くんで固めて、淳くんは前列で踊る形に変更しようか」
 
 とか言い出したので三人で仰天する。
 歌を歌わない淳を前に出すなんて。
 
「俺歌えませんよ!?」
「構わないよ。歌は後列の二人に任せてあげればいい。その代わり淳くんはもっとダンスの精度を上げてね」
「ヒッ……」
 
 しれっと言われて変な悲鳴が出る。
 歌を歌わないのに前に出て、ダンスを踊るということは――お客をダンスだけで納得させろ、ということだ。
 二人も最初は「え」という不満そうな表情をしたが、それを言われた淳を一瞬で哀れむ眼差しになった。
 最初から歌もダンスも完璧だったにも関わらず、歌わないからこそダンス精度を上げろ、と。
 
「一応第二部隊のリーダーになるから、後ろにいてもらっては困る。前へ出て、たった一日だったとしても同い年だったとしても後輩の面倒は君が見て」
「……っ。は、はい」
「それと、五月一日時点でこたちゃん――後藤琥太郎くんには第一部隊に昇格。第二部隊のリーダーは正式に音無淳くんに引き継いでもらう。淳くんは辞めるつもりはないのなら了承してね」
「は、はい!」
 
 五月一日。
 つまり四月末の定期ライブにファンへ通達。
 新入生――淳たちをお披露目。
 五月から新体制へ、ということらしい。
 
「で、他のメンバーにはもう報告済みなんだけれど、僕は来月からプロの方の仕事も本格化するのでそのつもりでいてほしい。今月の二十五日に先行で情報が公開されることになっているんだけれど、事務所の方で新規立ち上げされたアイドルグループのリーダーを務めることになっているんだ」
「え……!? 事務所のって、綾城先輩が所属してるのって神野栄治様と同じ春日芸能事務所、ですよね?」
「うん。……さすがに詳しいね」
 
 若干引いた表情だったような気がする。
 慌ててすみません、と言うと笑顔で「大丈夫だよ」とフォローされた。
 
「実は去年から練習が始まっていて、五月四日のライブオーディションで初ライブの予定。つまり、君たちが受けるライブオーディションは僕らのデビューライブの前座」
「「「……!?」」」
「本当は情報開示前だから言っちゃダメなんだけど、君たちを信用して言うね。――悔しいと思うならその気持ちを絶対忘れないでほしい。今の君たちの立ち位置は、そういう場所なんだ」
 
 まさか、という気持ち。
 毎日汗だくで練習して、ようやく勝ち得た今の場所。
 未熟だというのはわかっているのに、それすらデビュー前のアイドルグループの“前座”にすぎないと。
 真面目な表情で言われた言葉があまりにも残酷で、足元が暗くなる。
 狗央など顔面蒼白だ。
 
「ちなみに僕は来月からそっちの方のお仕事が増えるし、『アイドルグランプリ夏の陣』には星光騎士団第一部隊のリーダーとしてだけでなく、プロの方のグループのリーダーとしても参加するからそっちの練習も忙しくなる。ひまりちゃんと美桜ちゃんとこたちゃんにも言ったけど、星光騎士団のリーダーとしても本気でやるけれどプログループの方のリーダーとしても本気でやる。どちらも手は抜かない。星光騎士団として最後の夏だから。君たち新入生のライブオーディションを踏み台にする代わり、僕はそのくらいやるよ。だからっていうわけじゃないけれど、君たちも手は抜かないで本気でやってほしい。きっとその結果はついてくるから」
 
 真正面から、なに一つ包み隠さず告げる綾城。
 それがどういう意味なのか、淳にはちゃんと伝わっている。
 綾城のいる場所でさえ、スタートライン。
 
(遠いんだなぁ)
 
 自分もアイドルが好きだ。
 でも、今の自分の立ち位置が、これほど下だと思っていなかった。
 一つずつ積み上げていくしかない。
 目の前の課題を乗り越えていくしかない。
 目下、最初の壁はダンス。
 その先にお披露目の定期ライブ。
 そして、五月四日のライブオーディション。
 その次は五月末の定期ライブ。
 目の前にいる人たちのように、一瞬でも手を抜くことは怠惰だ。
 
(天才じゃないんだから)
 
 尊敬する神野栄治が「先輩から言われたこと」として口にする言葉。
 ――天才じゃなくても、才能があるなら才能を伸ばす努力しろ。
 神野栄治という男は自分が“天才”ではないと自負している。
 だが“才能はある”と周囲に言われているから「できないことを減らす」努力を惜しまない人だった。
 彼は淳の騎士ヒーローであると同時に憧れの人。
 彼のような人間になりたいと、彼の生き方を真似してきた。
 
(俺に才能があるかわからないけれど……少なくとも『自分にはアイドルの才能はない』と言っていた栄治様は三年間“本気”でアイドルをやった)
 
 あくまでもモデル、というスタンスの神野栄治。
 しかし彼はその前提を持ったまま“アイドル”を務め上げた。
 彼のようになりたい。
 淳の目指す先はミュージカル俳優だけれど。
 
「わかりました」
「音無……?」
「歌えない以上、定期ライブのお披露目もライブオーディションも全力で踊ります!」
 
 今は『悔しい』という気持ちを大切に抱え込もう。
 これに報いるための努力は、きっと成長に繋がるはずだから。
 
「ちなみに神栄治様に事務所で会ったりとかしてるんですかね?」
「会うよ。OBだし、よく気にかけてくれるかな。それに僕、一年生の時に休学したけど当時の三年生って神野先輩と鶴城先輩の世代だったから何気に繋がり深いんだよね」
「うわぁー! ……うっかりサインとかもらえないですかね……?」
「聞いておいてあげるね」
「ありがとうございます!」
「ブレへんね」
「はい! 神野栄治様は俺の永遠のヒーローなので!」



しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

無自覚な

ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。 1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。 それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外 何をやっても平凡だった。 そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない そんな存在にまで上り積めていた。 こんな僕でも優しくしてくれる義兄と 僕のことを嫌ってる義弟。 でも最近みんなの様子が変で困ってます 無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。

処理中です...