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アーク様のお母様【前編】
しおりを挟むお城に住むようになり、三ヶ月。
わたくしはミリアム様の作るケーキを一日三食、頂けるようになりました。
そして、最近とある変化が現れ始めたのです。
それは──。
「エクレアも美味しく食べられましたわ! ありがとうございます、ミリアム様!」
「ぷっ……」
「?」
「クリームつけっぱなしだぞ」
「あ……」
口許についていたクリームをミリアム様が指でなぞって攫っていきました。
それをそのままご自分のお口に……はわわ~!
「ありがとうございます……」
「気にするな。それより、最近はケーキ以外の菓子類も食べられるようになってきたそうだな?」
「はい! とても美味しく頂けております。それに、ミリアム様がお作りになったもの以外も、喉を通るようになって参りましたの……!」
「そうか……!」
そう、最近のわたくしは、お菓子ならばなんでも食べられるようになっているのだ。
これはとても喜ばしい。
ただ、相変わらずお菓子以外は喉を通らなかった。
なぜなのでしょう?
「お嬢様、アーク様がお見えですよ」
「まあ、もうそんなお時間? 通して」
「はい」
わたくしが借りているお部屋に、アーク様は毎日通ってこられる。
ミリアム様もアーク様も、王子としてとてもお忙しいようなのに、だ。
ありがたいと思う反面申し訳もなく、しかしお二人が会いに来てくれる事でわたくしは寂しさを紛らわせる事が出来て本当に感謝してもしきれない。
もう少し起きていられる時間が長くなったなら、令嬢としての勉強も再開しなければいけませんね。
仮とはいえアーク様……王子様の婚約者なのですから、それらしく振る舞えるようにならなければ! ムン!
「こんにちは、クリスティア嬢。ミリアムもいたの」
「いて悪いか」
「ううん、別に? それよりも、クリスティア嬢にちょっとご相談」
「え? はい?」
スタスタとソファーに座るわたくしたちへ近づいてきたアーク様、なにやら神妙な面持ちです。
相談? わたくしに?
首を傾げると唇を尖らせて「母がクリスティア嬢に会いたいと言っててね」と……え?
「わ、わたくしに!?」
「婚約者なのだから、体調が戻ったら顔を見せるのが普通だろう、となかなか焦れているようなんだ」
「は、はわわ~!?」
おっしゃる通りです~!
しかし、仮の婚約者のわたくしが会いに行ってもいいのでしょうか?
悩んでいるとアーク様が「大丈夫」と微笑む。
「母さんもクリスティア嬢の事情は知っているから」
「え」
「それでも会ってはくれませんか?」
「…………」
意外、と言っては失礼かもしれないけれど、アーク様のお母様……側室のジーン妃が仮の婚約者であるわたくしなんかに会いたいとおっしゃるなんて、思わなかった。
けれど、そんな風に言われたら会わないわけにはいかないわよね。
「とんでもございません。お世話になっているのはこちらですから、もちろんお会いしたく思いますわ。喜んでご挨拶に行かせて頂きたく存じます」
「そうですか。ありがとうございます」
「えっと、ではまずご予定の方を……」
「聞いたわよ、クリスティア! ジーンに会いに行くのですってね!」
「エ……エリザ様……!」
いつになくハイテンションで現れたエリザ様。
す、すごい、なんで満面の笑みなの!
こんなに嬉しそうにはしゃいでおられるエリザ様、初めて見た気がするわ。
でも喜ぶ要素が今の会話のどこに……?
身分の低い家の正妃と身分の高い家の側室……お二人は不仲であるともっぱらの噂ですが……。
「母上、クリスティアが驚いている」
「あらごんなさい。つい面白くなってしまって」
面白い!? どういう事ですか……!
「そんな事よりも、ジーンのところへ行くのでしょう? 大丈夫よ、わたくしも一緒に行くから」
「……」
エリザ様、わたくしを気遣って……。
やはり優しい方ですわ。とてもありがたい。
「はい、ありがとうございます」
「…………」
「ミリアムも来ますか?」
「い、いや、わ、私は、あまりジーン様に好かれていないから……」
ミリアム様は乗り気ではなさそう。
それもそうでしょうね……ジーン様からすれば息子さんが王になる時、一番邪魔な存在ですもの。
アーク様とは、仲がいいみたいだけど……そのお母様となればやはり話は違ってくる。
エリザ様とアーク様が一緒に来てくださるとはいえ、わたくしも緊張して参りましたわ。
「では、ミリアムは剣の稽古に行ってきたら? 騎士団の者に頼めば暇な者が見てくれるわよ」
……いやぁ、それはどうでしょう……相手は王子ですから、そこそこ忙しそうな偉い感じの人が出張ってくるのでは……。
「そうですね! そうします! あと、座学も学ばねばならない事が多いですし!」
「ええ、クリスティアの正式な婚約者になれるように頑張りなさい!」
「は、はいっ」
「っ」
ミリアム様……なんで真面目な方なのでしょうか。
でも、ミリアム様は絶対にパティシエの方が向いていると思います。
ああ、世の中なんとままならないのでしょうか。
こんなに美味しいケーキを作れる方が、王子様だなんて……!
「お嬢様?」
「はっ! い、今参りますわ」
ルイナに促され、ソファーを立つ。
ほんの少し目眩がしたような気がするけど、きっと気のせい……ええ、気のせいですわ。
最近ちゃんと食べていますし、眠れていますもの。
それもこれもミリアム様のケーキのおかげです。
前世も今世もあんまり食べられない胃袋ですが、それでもミリアム様のおかげで食べる事の楽しさを感じられ始めていますわ。
いろんな種類のお菓子が食べられて、わたくしは幸せです。
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