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王妃様と王子様

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「…………ん……」

 目蓋を開けると、またも知らない天井だ。
 天蓋? わたくしの部屋はそんなのないわよ?

「お嬢様! 目が覚めましたか!」
「ルイナ……ここはどこ?」
「お城の一室をお借りしました。お医者様は栄養不足だとおっしゃっておりましたよ」
「あ……ああ、まあ、そ、そうよねぇ……」

 ケーキばかり食べていたものね。
 笑ってごまかすが、まあ、ですよね。

「! ……あれ、体が……動かない……」
「まだご無理なさらないでください。覚えておいでですか? お茶会のお庭で倒れられたんですよ」
「あ、あ……ああ、思い出したわ……」

 王妃様にご挨拶して、王子様に手を引かれて……そのまま倒れてしまったんだ。

「…………やってしまったわね」
「はい……しかし、仕方ありません」
「もう屋敷には連絡……」
「しました。迎えが来るそうですが……」
「今日は泊まってお行きなさい」
「「!」」

 優しい声色に顔を向ける。
 ルイナの奥……部屋の出入り口の扉の前にいたのは王妃様!
 うえええぇ……なんで主催の王妃様が!?

「よくお話出来るようになられたのですね」
「……?」
「良かったわ。ずっとあなたの事が気がかりでしたの。ミリアムもなんだかんだ、あなたの事を一番気にしていたのよ」
「……え、ええと……」

 なんだろう?
 わたくしの知らない話をしているようだ。
 と、いうか!

「あ、あの、わたくし……すみません……体が動かなくて、起き上がれそうになくて……王妃様の御前で……」
「まあ、そんな事気にせずとも良いのよ。今夜は城に泊まっておいきなさい」
「え! し、しかし……」

 家族は……父はなんて言うだろう?
 お茶会で倒れ、城に泊めてもらうなんて……きっとめちゃくちゃに怒るわ。
 考えただけで体が震えてしまう。

「…………。ロンディウヘッド侯爵は厳しい方だものね。でも大丈夫よ、ミリアムの相手をさせていたと伝えましたから」
「……!」

 ルイナが下がる。
 そこに王妃様が座り、わたくしの髪を撫でた。
 なぜ? なぜ王妃様がわたくしに優しくしてくださるのだろう?
 その眼差しは、あの夢の……『友人』……彼女を彷彿させる。

「大丈夫。大丈夫よ。……ゆっくり休んでいいの。ここは安全だから」
「…………」

 気がつけば、涙が溢れていた。
 ひっく、ひっくと嗚咽が漏れる。
 泣いて、泣いて、ひたすら泣いて……知らぬ間に泣き疲れて眠っていたらしい。
 わたくしが次に目を覚ましたのは、翌朝になっていたのだ。

「……やってしまったわ……」
「大丈夫ですよ、お嬢様」

 ルイナは相変わらずわたくしを慰めてくれるけれど、お茶会の目標をことごとく失敗してしまった。
 お父様抜きにしても、自分で打ち立てた目標の失敗は普通にへこむ。

「それよりもケーキです。お城の方に頼んで作って頂きました」
「わあ、美味しそう……!」

 さすがはお城のシェフだわ。
 三段に重ねられたスポンジ。色とりどりのジャム。
 そして、ふんだんに使われている瑞々しいフルーツ。

「いただきます……ん~っ」

 家で食べているケーキも美味しい。
 でも、新鮮なフルーツケーキ……ああ! なんて豪華なのかしら!
 ほっぺが落ちてしまいそうだわ~。

「他のものは食べられそうですか?」
「……食べてみるわ」

 用意されていたのはサラダ、ポトフ、普通のパン。
 まずはサラダ……。

「……っう! げほっ、げほっ! ……ごめんなさい……」
「いえ、ご無理はなさらないでください」
「…………なぜケーキは平気なのかしら」

 サラダを一口。
 けれど、どうやっても喉を通らない。
 結局は吐いてしまった。
 しかし、ケーキなら食べられる。
 ルイナはまるでそれが分かっていたかのように、別な種類のケーキを持ってきてくれた。
 ケーキの載ったお皿を受け取り、口に運ぶ。
 うん、普通に咀嚼して食べられる。
 なぜケーキだけは大丈夫なのだろう?
 ……あの夢の最後で、ケーキを食べたいと思ったから?
 あの夢を見る前までは、ケーキすら食べられなかっただろう。
 逆にあの夢のおかげでケーキだけは食べられるようになった、と思うべき?

「そうですね。ですが、ケーキにすればお嬢様はお肉もお野菜も食べてくださるので、こちらとしてはそれで十分です」
「ルイナ……ありがとう……。わたくしもっと食べられるように頑張るわ」
「はい。ですが、くれぐれもご無理はなさらないでください」

 そんな時だ。
 扉がコンコンと鳴る。
 ルイナが返事をして、扉を開く。
 入ってきたのは王妃様と銀髪青眼の……ミリアム王子!?

「食事は摂れたか?」
「は、はい……あ、いや、その……作って頂いたケーキは、食べられました」
「……」

 ちら、とトレイを見る王子様。
 そして首を傾げる。
 まあ、それはそうだろう。
 というか、わたくしもこればかりはよく分からない。

「ケーキは食べられるの?」
「は、はい」

 王妃様がわたくしに目線を合わせて聞いてくださる。
 なんで優しいのだろう。
 そして、その優しい笑みが……やはり、あの夢の『友人』を彷彿とさせる。

「……なら、私がお前の食べるケーキを作ってやろう」
「へ?」

 そんな王妃様の隣に座る王子様。
 満面の笑みでなにか言い出したぞ?
 今、なんて? 聞き間違い?

「それはいい考えね、ミリアム」
「えへへ!」

 いやいや、いやいや。
 なに言い出してるんでございますかこの王族。
 王子が? ケーキを? 作る?
 こんなガリガリ令嬢のために?
 はあぁぁぁあ?

「い、いえ、そんな! 王子殿下に料理を作らせるなんて……!」
「気にする事はない。私は料理が好きなのだ」
「!?」
「むしろこれで堂々と厨房を使う口実が出来る。クックックッ……まあ、そういう事だから、昼まではこの部屋で休んでいろ。母上、作ってきます!」
「ええ、怪我には気をつけるのですよ」
「はーい!」

 お、王子ー!?
 わたくしが止める間もなく、ミリアム王子は部屋を出ていく。

「ゆっくりしていってね」
「え、あ、で、でも……」
「大丈夫よ。宰相……あなたのお父様にはわたくしの方から言っておいたから」
「…………」

 王族にご迷惑になるのでは、と思うのだが……わたくしをミリアム様の婚約者にしようとしている父には、この事態は好ましいのかもしれない……?
 考え込むわたくしを、王妃様が優しく撫でる。
 それから、肩を押された。
 ぽすん、とまたベッドに戻る。

「それにしても、まだ細いわね。太陽の光を浴びるようにしなさい。それから、出来るだけ部屋は毎日掃除して。あとはそうね、外の空気も吸うように心がけるのです」
「は、はい」
「運動もした方がいいわね……テニスや乗馬は淑女にとってもよい運動となるわ。オススメよ」
「は……はい」

 どっちも苦手だ……。
 それに、今のわたくしにはどう考えても無理。

「クリスティア」
「……」

 優しい声色。
 王妃様は、ずっと頭を撫でてくださる。
 母にもこんなに……慈しんで頂いた事はない。
 なぜ? 王妃様はこんなにわたくしに優しくしてくださるの?

「そうだわ、本は好き? 本を読んであげましょう」
「え!」
「いいのいいの、気にしないで。さて、どれを読もうかしら?」

 いや、本当になんで!?
 本当に、こんなにして頂く理由が分からなーい!

「クリスティアはわたくしの昔の友人にとてもよく似ているのよね」

 本を読み聞かせられ、それが数冊終わった頃に王妃様はそう呟いた。
 不思議な事もあるものだ。

「わたくしも……王妃様とお友達だった気がします……」

 呟いてからハッとした。
 わたくしってば、なんて失礼な事を!

「本当? ではもう一度友達になりましょう?」
「!?」
「わたくしの事はエリザと呼んで? ね? わたくしもクリスと呼んでもいいかしら?」
「!? あ、っ、え、あ……は、はひ……」

 どうしてこうなった!?
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