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33話

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 一口サイズのカットバナナを、取れた注文につき一つずつ。
 猩猩はとても賢いから、あまり与え過ぎると嘘の注文を入れるようになるから、と言われたので一センチ台。
 二つもらって喜ぶコルトは、多分食べ過ぎなんだろうな。
 アーキさんに「コルト、ちょっと太ったかい?」と心配されてしまった。

「オムライスって、ケチャップっていうオリジナルソースが使われてるんだっけ? うちらもそれ食べてみたーい」
「かしこまりました。オルゴールの音色を聴きながらお待ちください」
「へ?」
「こちらはオルゴールカフェ。オルゴールの優しい音色を楽しみながら、ゆっくりしていただくのが醍醐味なのです」

 そう、ここはただのカフェじゃない。
 オルゴールの音色を聴きながら、飲食を楽しみ、まったりゆっくり癒されてもらうところ。
 高いガラス窓の天井から降り注ぐ陽光で、みんなすでに空気がふわふわホワホワになっているので、プラスアルファ、楽しんでもらえればと思う。

「へー?」
「オルゴールって?」
「ほら、ルイさんが作ってるよくわかんないやつ」
「「あ~~~~~~」」

 ……い、今はまだこんな認識だけれども!
 きっと美味しい料理を食べながら!
 美味しい飲み物を飲みながら!
 この燦々と降り注ぐ陽光で日向ぼっこをしながら!
 オルゴールの穏やかな音色を聴いたらわかってくれる! はず!

「手伝うよ」
「あ、ありがとう」

 厨房で注文を受けたメニューの調理に入る。
 ルイが手伝いを申し出てくれたけれど、彼、料理なんか作れるんだろうか?
 ここで暮らし始めてから食事は私が担当している。
 彼は比較的、リオのオムツ替えから汚物の処理やら汚れた衣類の洗濯を主にしてくれるのだけれど……それ以外は魔石作りに時間を費やしているのよね。
 いや、魔石はオルゴールの売れないルイの収入源。
 まあ、ほとんどアーキさんちのお宿で使う分ばかりだけれど。

「玉ねぎのみじん切りしてあるから、炒めてもらってもいいかな」
「うん、了解」

 スキル発動、と小さな声で聞こえて、なんぞやと振り返る。

「えっ」

 ほぼ全自動?
 ルイが私のオムライスのレシピを、完全にコピーして注文分の個数を作り上げている。
 ギョッとして見ていると、あっという間にカウンターに皿が並べられた。
 え、え?
 お皿、食器棚から飛んできた?
 どういうこと? どういうこと?

「はい、オムライス四つ」
「あ、さ、サンドイッチ! お、お待ちどう様です! こ、これ、紅茶とカフェオレ!」
「キキー!」
「さすがにコルトだけじゃ持てないでしょ。オムライスはおれが運ぶから、コルトはサンドイッチをアーキさんに持っていってあげて」
「キキッ」
「っ」

 今のオムライスの調理速度はいったいどういうこと?
 スキル?
 なにかのスキルを、使ったみたいだけど……。

「わあ、美味しそう」
「いい匂いだね。トマトの酸味と、ハーブかな」
「ルイ、おすすめの曲をかけてあげて」
「うん、わかった。オムライスとこの陽気、少し気分が上がる高テンポの曲にしよう」

 そう言ったルイが流したのは、私の知らない曲。
 でも、確かにテンポがよくて気分が上がる。
 オルゴールでもこんな曲を再現できるものなのね~。

「え~、なんかルンルンしてくるなぁ!」
「ほらほら、アンタたち! 冷めないうちに食べちゃいなさい! ティータの作るオムライスは最高よ!」
「ああ、おれもこの“ケチャップ”には惚れ込んだ。うちでも使いたいから卸してもらうことにしたくらい」
「え! マチトさんが!?」
「マジかよ。いただきます!」

 ドキドキ。
 マチトさんのお眼鏡にはかなったけれど、他の人にはどうだろう。
 ルイは隣でなぜか「わかる」みたいなドヤ顔で頷いているけれど……。

「なにこれ、美味しい……!?」
「……ベチャベチャしない。それに、トマトの味がめちゃくちゃ濃い! 嘘じゃん、こんなの」
「うちの知ってるオムライスじゃないよ! 美味しい! ふかふかのほかほか! なのに、すごく濃い味!」
「濃すぎるような気もするけど」
「でもほぼほぼトマト!」

 獣人さんには濃すぎたんだろうか?
 そういえば犬や猫も人間に比べて味覚が鈍い——感じる味が少ない、とは聞いたことがある。

「あの、もし不満点や改善した方がいいところがあったら教えてください。人間の味つけで作ってしまったので……」
「あ、平気平気! ちょっとトマトってこんなに濃ゆかったっけ、ってびっくりしちゃってさ」
「そうそう。びっくりしたんさね。トマトはトマトでもトマト味がダイレクトにクるっつーかさ」
「トマトケチャップ? っていうんだっけ? めちゃやばいね」
「そ、そうですか」

 おおむね好評?
 それならいいんだけど……もう少し味を抑え気味の方がいいのかな?
 マチトさんは「これでいい」と言ってくれる。
 顧客がそう言うのなら、このまま突き進むべきかな?

「ん、このサンドイッチも美味しいじゃない! 特にこれ、この黄色いやつ。まろやかだし、なに? これ」
「それは卵ですよ」
「卵!?」
「はい、茹でて固まった卵をマヨネーズと和えたんです。それを裏の畑で採れたレタスと、マーガリンを塗ったパンに挟んだものです」
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