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外堀はとっくに陥没済みでした
しおりを挟むナジェララ様の隣に横たわる。
目を閉じると、ほんの少し冷たい手で頭を撫でられた。
「かの者へ癒しの慈悲を与えよ。[ヒーリング]」
「……? ナジェララ様?」
「回復魔術よ。過労に効くはわからないけど。安眠の魔術もかけてあげましょうか?」
「いいえ、ナジェララ様がお側にいてくださると、よく眠れそうです。ナジェララ様、とてもいい匂いがしますね……花みたいな……」
「っ……」
あたたかい体温と、ひんやりとした魔術。
そして、花のように優しい香り。
あっという間に眠気が襲ってきて、意識が薄れていく。
「本当に、困った子」
***
「けほ、けほっ」
翌朝も私の体調は悪い。
でも、ナジェララ様の疲労回復薬を混ぜたお粥をいただいてから、咳がぴたりと止まった。
「過労による風邪気味だったのよ。さっきの薬で風邪は明日には治るわ」
「「「さすが魔女様!」」」
「ふん! トーゼンでしょ! あたしは峠の魔女なのよ」
マリィたちに尊敬の眼差しで見られて、ナジェララ様も上機嫌。
あ、そうだわ!
「ナジェララ様、このままイングリスト様に呪いをかけてはいただけませんか?」
変なお願いだな、と自分でも思う。
けれど、イングリスト様に必要なのは強すぎる『祝福』を打ち砕く呪い。
ベッドから降りて、ダウンを纏って「私も一緒に行くので」とお願いする。
「仕方ないわね。その代わり“約束”は続行よ?」
「は、はい。もちろん! 元気になったら絶対におうかがいしますっ」
「ならいいわ。案内しなさい」
「はいっ」
お薬も飲んだし、やっとイングリスト様に会える。
浮かれた気持ちのまま、ナジェララ様とミリィたちと、イングリスト様のいる離れの棟へと向かう。
「エーテル嬢! 起きてよろしいのですか!?」
「エルネス様」
そういえばイングリスト様に近づけるのは、強い魔力を持つ国一番の魔術師エルネス様だけ。
ちょうどお食事を運んでこられたらしいエルネス様に、ナジェララ様をご紹介する。
「こちらが峠の魔女ナジェララ様です。無理を言って、これからイングリスト様に呪いをかけていただこうかと思いまして」
「あら、いい男!」
あるぁ……?
「な、なんて強い魔力……! それに、これほどの美貌とは……!」
「あ、あらぁ」
あ、あるぇ……?
「「…………」」
そして謎の照れ照れとした空気。
ナ、ナジェララ様? エルネス様?
どうされたの? どうなってるの? ええ?
「あ、あのう?」
「ま、魔女ナジェララ様、どうぞイングリスト様をお救いになられたあとは、私の研究室にお越しくださいませんか?」
「い、いいわよ。あなたの魔術の研究に興味があるわ」
「はい! ぜひ!」
……ナジェララ様の今後の予定が決まってしまった……?
「さあ、行くわよエーテル! 早く! サクッと呪いをかけてやるわ!」
「あ、ハイ」
「イングリスト様のお部屋はこちらです」
エルネス様に案内していただき、イングリスト様が執務室として使っておられる部屋へと進む。
コンコン、とエルネス様がノックをして「お食事とエーテル嬢をお連れしましたよ」と声をかける。
すると、部屋から慌てたような音が聞こえた。
「エーテル! 体調はもう大丈夫なのですか!」
「わぁ! は、はいっ」
すごい勢いで開いた扉に驚いてしまった。
するとすかさずエルネス様が「イングリスト様、エーテル嬢を驚かせてはいけませんよ」と咎める。
いえいえ、私の平静さが足りなかったので、イングリスト様を怒らないであげてください~!
「そ、そうですね。すみません、エーテル。体調は大丈夫なのですか?」
「は、はい。ナジェララ様にお薬の入ったお粥をいただいたんです。そうしたら咳が止まりました。過労による風邪だそうです」
「そ、そうだったんですね。あなたの呪いが解けたと聞いたので、てっきり自分の『幸運』のせいなのかと……」
「違います!」
自分でも信じられないほど大きな声が出た。
でも、イングリスト様にはイングリスト様のせいだと思ってほしくない!
あなたはなにも悪くないのだと、知ってほしい。
「私の体力が、なさすぎたせいです。これからはもっと体力をつけなくてはいけないな、と反省していたところです」
「そんな……」
「イングリスト様、いつまでも部屋の入り口で立ち話はエーテル嬢の体調によろしくないのでは? それでなくとも病み上がりの中来てくださったのですから」
「そ! そうですね! 早く、部屋の中へ!」
「お、お邪魔いたします」
またもやエルネス様に促され、執務室に入る。
机の上には積み重なった書類の山。
イングリスト様、今まで通り働いておられたのね。
今日も大変そう……。
「ところで、そちらはまさか……」
「はぁい、パーティーぶりね。今日はお前に呪いをかけにきてやったわ!」
「ね、眠り以外の呪いでお願いします!」
イングリスト様も話を聞いていたからだろう。
まさかの呪いどんと来い。
「いいだろう、お前にかけるのは周囲に自身の『幸運』を分け与える呪いだ! 呪われろ!」
「っ!」
黒いおどろおどろしい光玉を、ナジェララ様が天井へ向かって生み出す。
それをイングリスト様に叩きつけるようにぶん投げると、イングリスト様にの体にスッと入っていってしまった。
こ、こんなに簡単に……。
「イングリスト様、体調は大丈夫ですか?」
「は、はい。問題ありません」
「そしてエーテル、お前にも呪いをかけるよ」
「え! わ、私にもですか?」
「当たり前だろう! あたしを待たせた罰だよ! 喰らいな! アンタにかける呪いは——アンタに悪意を持って接した者に、不幸が降りかかる呪いだ!」
「えっ!」
ナジェララ様が同じように黒く光る玉を作り出し、私に投げつけてきた。
すう、と私の中に入り込む呪い。
でも、以前のような……悲しみや怒りは感じない。
「ナジェララ様……」
「これでアンタに近づく悪いやつは勝手に不幸になる。アンタに敵意を持ってるやつでも助けたいと思うなら、この王子と一緒にいることだ。この王子にかけた呪いがあれば、そんなに酷い目に遭わなくて済むよ」
「! ナジェララ様!」
また私のせいで人を不幸にしてしまう、と思ったら、ちゃんと救済措置を用意してくださっていた。
イングリスト様と一緒にいれば、たとえ私に悪意を持って接してきた人でも、酷い目には遭わなくて済む!
「ありがとうございます、ナジェララ様!」
「その代わり、体調が整ったら絶対あたしの家に来るんだよ」
「はい!」
「あと二、三日は大人しく寝てること!」
「はい!」
「ありがとうございます、峠の魔女ナジェララ様」
イングリスト様も嬉しそうに微笑み、ナジェララ様に頭を下げる。
イングリスト様も、これで……もう……!
「イングリスト様! おめでとうございます!」
「エーテル、ありがとうございます! ……すべて、あなたのおかげです。本当に、あなたは……この世界であなたより素晴らしい女性はいない! ありがとうございます、エーテル! 愛しています!」
「ひえ!」
抱き締められて、頬に、こめかみにキスを落とされる。
興奮していらっしゃる?
でも、あの、私、そ、そんな、急に!
「ひ、う、あっひ……!」
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「お嬢様には刺激が強……!」
「ふぅ……」
「「「お嬢様ーーーー!」」」
「エーテル!?」
幸せすぎて、イングリスト様のことが好きすぎて、私の意識はそこで途絶えた。
でも、もうとっくに気づいている。
私はこの方が好きだし、外堀は陥没していて逃げ場もない。
なにより、私自身が最初から逃げ道を塞いでいたのだ。
この方へ、一目で恋に落ちていたのだから。
終
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