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18歳編
番外編 男として(5)
しおりを挟む「……っ」
だからなのだろうか、デュレオが牢の中のルーファスたちを振り返った時の視線は、ひどく冷たい。
先程の小馬鹿にするような、愉悦混じりの嘲笑を浮かべていた時の表情とはまるで別物。
無表情であり、無感情。
赤い光を帯びた瞳が警告のようにこちらを見ている。
射抜かれてビクッと肩が跳ね上がった。
背筋が一気に冷えて、蛇に睨まれた蛙の気分になる。
あの時、金の瞳の少年に見下ろされた時に似ているが決定的に違う。
あの時は恐怖で息も詰まった。命の危機というよりも、そもそも生きた心地がしなかったのだ。
圧倒的な上位の存在に見下ろされ、命を握られている。
そして、殺されても仕方がない。
なぜか死を受け入れてすらいた。
今は刃物を喉に突きつけらている、そんな緊張感と恐怖。
生きているからこそ感じる恐怖。
「食べちゃダメだぞ」
「食べないよ。物理的に胃に穴を開けられるのって痛いしね」
「そ、そう……。じゃあとりあえず四人分の署名を頼むね。魔法の契約書だから、違反したら激痛が走るから気をつけてほしい」
「げ、激痛!?」
「死ぬものではないし、契約の範囲は限定的だからそんなに心配しなくて大丈夫。こちらが求めるのは君たちの上司への取次くらい。……ただ、ルーファス、君にはもう一つお願いしたいことがあるんだよね」
「僕に?」
地上の文字は宇宙のものとは違っていて読むことはできない。
読めないものにサインするのは恐怖でしかないので、慎重になってしまうがルオートニスの王子はルーファスにだけ別な要項をつけた書類を手渡してきた。
「さっきの話……この世界はデュレオの言う通り積みかけている。滅びかけているんだ。地上もエネルギー生産が難しくなっている。それはこの惑星の神様——エネルギーを生み出す概念というものが死んでしまったから。千年前の人類が戦争で殺してしまったんだって」
「地上も……?」
「うん。だから遅かれ早かれ、宇宙も地上もエネルギーの生産ができなくなって終わってしまう。エネルギーはなにも、電力や魔力だけの話ではないんだ。人間が生まれるのにも、育つのにも、そして心にもエネルギーが必要だろう? そういうものも、いつかなくなってしまうってことなんだ」
「……!? そ、そこまでの事態だというのか……!?」
それは、つまりあらゆるものの“死”そのものではないか。
そんなことが本当にありえるのか?
詐欺師の王子の言うことなどと切り捨てようと思ったが、エネルギー生産力が落ちているのは事実。
「それを結晶病で補っているのがデュレオの弟と王苑寺ギアンだ。地上の大地と命を消費してエネルギー生産力に変えている。当然そんなものには限界がある。だから、王苑寺ギアンはギア・フィーネを作ったんだって。ギア・フィーネの登録者を神格化——神にすることでギア・フィーネを神器として五機繋げ、一つの巨大な神として世界と繋げる神事。それが叶えば惑星の神様が新たに生まれて、終末から救われる」
言葉が上手く出てこない。
そんなバカな話をどうやって信じろというのか。
もはやバカバカしすぎて半笑いになってしまう。
「でも俺は、ギア・フィーネの登録者たちにこれ以上犠牲になってほしくない。千年前の戦争で十分傷ついているし、三人とも十分戦ってきたと思う。俺も死にたくないしね」
「……」
「だからギア・フィーネを増やしている。新しいギア・フィーネを三機製造中なんだ」
「——は?」
続いた言葉に驚愕した。
新たなるギア・フィーネの建設だと?
千年後の今でさえ、ギア・フィーネの模造品しか作れないというのに?
「そんなバカな話——!」
「そのパイロットになってくれない? 二年以内に俺は他のギア・フィーネと、登録者と一緒に惑星の神になる。でも、そのまま神様になって消えてしまうつもりはない。帰ってきたいんだ」
「か——っ……な……」
神になる。
そんなバカな。
話の規模の意味がわからない。
この男は真面目な顔で本当になにを言っているのか。
宇宙の人間からすると、本物のイカれ野郎だ。
娯楽小説の中の話ではないか。
それが現実だとでも言うのか、本当に。
「断るならそれでもいいよぉ。さっきも言ったけど俺が乗ってもいいし、石晶巨兵で操縦ができるやつは増えてるしねぇ」
「デュレオ」
「はいはい、わかってるよ。宇宙の人間を使うことで宇宙の顔を立てたいんでしょ。仲間外れにすると後々宇宙側の立場に影響するしねぇ」
「っ!」
デュレオ・ビドロも笑うことなく会話に参加してきた。
それが当たり前であるかのような口ぶり。
俄には信じ難いことだというのに。
「宇宙の人が、宇宙とは違う地上の常識を信じ難いのはわからなくもないんだ。多分俺も宇宙の常識を聞いたら驚くと思うし。なんていうか、千年の間で地上は異世界みたいになってるって、思ってくれると多分わかりやすい」
「い、異世界……」
「うん。だから呑み込むのはきっと大変だと思う。でも、少しずつでも砕いて呑み込んでいってほしい。宇宙の人たちにも決して無関係なことではないから」
ふん、とデュレオ・ビドロが鼻を鳴らす。
先程の楽し気な様子とも、こちらを無表情で見ていた時とも違う。
とても“人”らしい表情。
「宇宙と地上と、手を取り合って“世界”を救えたらいいと思う。パイロットになる件はすぐじゃなくてもいいから、世界の事情が呑み込めたら検討してほしいな」
「……いや、やるよ」
「え、いいの?」
「やれと言ったのはお前だろう」
「いや、そうなんだけど。あんなに俺のことを信用できないって言ってたのに、どういう風の吹き回しなのかなって」
それはそうだろう。
クロンたちも驚いた顔をしている。
いや、ルーファス自身が一番驚いてすらいた。
どうして?
それは、多分。
「……お前を信用してやると言っているわけではない。パイロットとして興味がある」
「あ、ギア・フィーネに」
「そうだ」
それが一番大きい。
ギア・マレディツィオーネのパイロットに選ばれた時の誉れを、たった一度の敗北でズタズタにされたこの想い。
同じギア・フィーネならば、負けなかったのにと思う。
ギロリとルオートニスの王子を睨みつける。
二足歩行兵器戦では負け知らずだった自分に初めて土をつけた男。
この男にだけは、どうしても、どうしても負けたくないのだ。もう二度と。男として、パイロットとして負けたくない。
「……王子サマは本当に変なやつもたらし込むよねぇ」
「な、なんの話?」
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