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ミドレ公国編

番外編 ラウト・セレンテージ(2)

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 精神不安定な子どもだったラウトを、何度も診察していた名門ロス家の異端児、ディアス・ロスが一号機の登録者になったと知ったあとも、ずっと。
 こんな自分に——憎しみに凝り固まった自分に、普通の人間相手のように優しくしてくれた人間は、なぜか自分よりも先に死んでいく。

(だから今更止めることなんてできない)

 もうやめよう。
 大丈夫だから。
 そんな甘言で惑わしてくる、すべてを包み込むような蒼天のような男。
 邂逅の度に戦いながらも手を差し伸べてくる。
 そう思うのなら、どうか。

(もう、殺してくれればいいのに。お前が。お前の手で殺されるのなら……俺は)

 ラウト・セレンテージが戦争の具現化ならば、きっと彼は平和の具現化。
 だから本当に、彼になら。

(俺はもう、この場所憎しみから動けない)

 大和タイワに近い場所で、四号機と最後に戦った。
 多分これが最後。
 すでにミシアは『クイーン』によりカネス・ヴィナティキ帝国領に落ちており、大和タイワとレネエルも陥落間近。
 四号機はカネス・ヴィナティキ帝国と同盟を組んだベイギルートを阻むために、五号機と戦った。
 見事に敗北して、ブレイクナイトゼロは破壊される。
 咄嗟に脱出したが、登録者を殺しておきたいアスメジスア基国アトバテントスの軍勢が放ったミサイルが目の前に迫った。

(死ぬのなら、あいつの手で死にたかったな)

 死に方を選ぶ自由があると思うなんて、ずいぶんといいご身分だな、とも思う。
 自分が今まで殺してきた人々は、母のように突然、どうして殺されなければならなかったのかわからなかっただろう。
 自分が今まで戦ってきた人々は、父のように死を覚悟して、けれど死にたくなんてなかっただろう。
 贅沢なことは、言えないんだろうけれど。

「ラウト!」

 意識が虚だったが、それでも一号機が自分に覆い被さり、目の前でディアス・ロスがバラバラになって死ぬのを見た。
 それだけははっきり覚えていて、むしろそれ以外はぼんやりとしている。
 本当に——この世界は優しいやつから死んでいく。
 こんな憎しみに凝り固まった自分なんぞに優しく接してくれるような、そんな優しい人間が。

「……………………っ!!」

 あの瞬間、すっかり憎み疲れ果てて形を潜めていた憎悪が、再び強烈に燃え広がったのを覚えている。
 人を救うこと。
 敵も味方もなく、怪我をした者がいれば手当てをし、病を患った者がいれば治療薬をいちから開発するような——そんなお人好しで、根っからの善人が死ぬ。
 自分のような憎悪に凝り固まって、視野の狭くなった極悪人を庇って、代わりに死ぬ。
 そんな世界が、正しいはずがないだろう。
 努力した者は報われて、優しい人間は幸せにならなければ。
 そういう世界が、正しい世界でなければいけないはずだろう。
 それが許されないのなら、こんな世界は——人間など、滅んでしまえばいい。

 体から溢れ出した“憎しみ”が、世界を覆っていく。
 亀裂のように、海も川も山も関係なく呑み込んでいく。
 世界を包む、結晶化の病。
 無垢で、優しく、願いと信じる心がなければ防ぐことのできない強力な呪い。
 千年かけて惑星全土を蝕む、超自然エネルギー“魔力”。
 人の心が、具現化する世界。
 ゆっくりと、確実に。
 努力し、人に優しい人間が報われる世界。
 それと同時に——それ以上に——世界の滅びを強く望む。

 純白の騎士が空へと飛び上がる。
 ミドレ公国の中心、城を大破させ、太陽の見下ろす真っ青な空へ。
 眩しさに目を細め、今し方破壊した城を見下ろす。
 石晶巨兵クォーツドール光炎コウエンと、サルヴェイションは未だ動かず。
 パイロットが搭乗していないのだから、動かないのは当たり前。
 盾に仕込まれたビームライフルを構えるが、少し考えて撃つのをやめた。
 ヒューバートとレナは生かしておくつもりだったが、崩落に巻き込んでしまった。
 果たして生き延びているだろうか?

(……生きているだろうな)

 なんとなく、そう思う。
 今の世界は、ラウトが望んだ世界。
 努力し、人に優しい人間が報われる世界。
 同じぐらい、ラウトが見てきた腐った世界であり、滅ぼしても心が微塵も痛まない世界。
 ヒューバートやレナが前者なら、聖殿やハルオンは後者だろう。
 そして、望んだ通りの世界になる——それはつまり、ラウト・セレンテージが人間の枠を超えてしまった証。
 人間をやめてしまった、証明。

「……サルヴェイション——いや、ディアス・ロス……もう、お前だけが俺を殺せるのだろうな……」

 本当は、彼に——四号機の登録者に、殺してほしかった。
 けれど、感じるのだ。
 四号機の登録者はこの世界に生きていない。
 天寿をまっとうし、愛する者たちに見送られて人間として死んだ、と。
 なんて素晴らしいのだろう。
 世界のために命懸けで戦った者が報われた。
 そうあるべきだ。
 たとえ世界の行く末を憂いたまま亡くなっていたとしても、彼にはその資格がある。
 たくさん殺して、憎しみを集めて、それすら飲み干した自分と同じになるべきではない。
 本当ならば、ディアス・ロスも。
 けれど、あの時自分は彼の——ディアスに生きていてほしかったのだ。
 だからディアスは“デュラハン”になってしまった。
 呪いをかけたのは——他ならぬ自分。

「世界の命運を賭けて、殺し合おう。お前をそんなふうにしてしまった責任を取るためにも、俺は手を抜かないぞ、ディアス・ロス」
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