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8歳編
きょうだい(6)
しおりを挟む「……おれの婚約者は、まだ候補なので、うまく治癒魔法を使えるかわからない。でも、彼女にしか、たよれない……」
「そ、そうですか。そう、ですね……」
肩を落とされてしまったが、確約できないので仕方ない。
俺にも言えるのだが、レナの聖女の魔法を頼りにしすぎるのは危険だ。
彼女はまだ、漫画の中程の力を持っているわけではないのだから。
聖女の魔法……聖女候補の体内にのみ現れる、特別な結晶魔石。
結晶化した大地や晶魔獣から採取されるものとは、別物であるというそれ。
聖女が亡くなると、霊魂体と共に消失する、不可思議極まりない物質ではない魔石。
『聖女』に認定されるのは、拳二つ分の大きさが必要になるという。
つまり、聖女の魔法は聖女の身が持つ結晶魔石に影響されるということだ。
「着替え終わりましたわ!」
「あ、あの、パティ様から、お借りしてきました……」
「かわいい!」
お通夜のような空気になっていた応接室に、パティとパティのお下がりピンクのワンピースを着たレナが戻ってくる。
半袖が七分袖になっていて、肩まで出ているところを中にブラウスを着てカバー。
天才か、パティ。
かわいすぎて誘拐されないか心配になる。
レナの性格のような白のワンピースも可愛らしかったが、花のように可憐なピンク色もとてもよく似合っているな!
髪の色が薄いせいだろうか、もっと濃い色のピンクでもきっとかわいいだろう。
ああ、俺にもっと力があれば、貴族街の仕立て屋を貸し切っていろんなデザインのワンピースやドレスを仕立ててプレゼントするのに!
「殿下、全部声に出ておりますよ……!」
「うっ」
「……殿下は優しいわね、レナ様」
「う、あうううあううう」
いかん、レナのかわいさにとち狂ってる場合ではない。
真っ赤に照れてるレナも、それはもうかわいいけれど。
「レナ、ジェラルドを診てもらえないだろうか」
「は、はい、すぐに!」
「ありがとうございます! ジェラルドはこちらです!」
パティが先陣切って廊下を歩く。
レナと俺、ランディ、近衛騎士の二人とミラー子爵が続き、二階の東の側にある一室へと案内された。
レナが空いた扉の中へと入る。
狭い部屋にはベッドと勉強机、本棚がびっしり。
本は魔法に関するものばかりだ。
それを見て俺は泣きそうになる。
ジェラルドは本当に俺との約束通り、魔法を勉強していてくれた。
会えなくなって数日、悲しかったけど……ジェラルドは俺との約束をちゃんと守ってたのだ。
そしてベッドの上に横たわるジェラルドに、レナが近づいた。
俺も恐る恐る部屋に入る。
長い付き合いだが、ジェラルドの家に来たのも部屋に入るのも初めてだ。
いつもジェラルドが俺に会いにきてくれていたから——。
「ジェラルド……」
「……ヒューバート……でんか……どうして、ここに……」
「っ……だって、お前が……結晶病に罹ったっていうから……」
信じ難いことに、ジェラルドはステージ3どころではない。
呼吸音がおかしい。
首や顎、左耳にまで結晶化が進んでいる。
これでは半年どころか、明日まで持たないかもしれない。
「うそだ、なんだよこれ、こんなの、早すぎるだろ、進行……早すぎるよ……ジェラルド」
「泣かないで、ヒューバート……でも、会いにきてくれて嬉しい……謝ろうと思ってた、から」
「っ!」
「約束したのに、守れなくてごめんね……って」
「い、いやだ、いやだいやだいやだ」
手がもう、結晶化してて上がらないのだ。
俺が手を握っても、冷たい感触しかない。
ぱき、ぱき、と肌が結晶化していくのが目に見える。
こんな残酷なことが、あり得ていいのだろうか。
人間が生きたまま石になる。
最後は細かく砕けて、結晶化する。
いやだ、そんなところ、見たら……俺、立ち直れない。
「ジェラルド……!」
「っ! ヒューバート様、わたしに任せてください!」
「レナ……!」
場所をレナに代わり、俺は後ろに下がる。
そうだ、レナなら……!
「初めまして、レナ・ヘムズリーと申します。ヒューバート様の、婚約者になりました」
「……あな、たが……」
「未熟な聖女候補ですが、必ず助けます! ……すぅ…………~~~♪」
「……うた……?」
レナが小さな声で歌い始めた。
これが聖女の魔法。
聖女は歌を紡ぐことで魔法を使う。
世界的長編アニメの髪の長いプリンセスのように、髪が光るわけではなく、ただ歌うだけだけど。
レナが手をジェラルドの手を握り、ずっと同じ歌を歌い続ける。
どれだけ繰り返し歌っていたのだろう。
「……っ……やはり……」
ミラー子爵が呟いて、顔を手で覆った。
その声は悲壮感しか含まれていない。
だがそれも仕方ないのだ。
レナが歌い続けても、ジェラルドの容態は変わらない。
「いえ、ですが、進行自体は止まっていますよ!」
ランディが気を遣ってフォローしてくれるけれど、それではダメだ。
レナの声が掠れてしまう。
ずっと歌い続けているわけにはいかない。
きっと歌が止まればまた、すぐに病の進行が始まる。
明日の朝まで、保つだろうか。
俺も床に座り込んだ。
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