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8歳編

身分と味方(1)

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「お呼びでしょうか、ヒューバート殿下」
「ああ、これから剣のケイコなのだが、一緒にどうかと思って」
「…………。恐縮です! ご一緒させていただきます」

 ……今の“間”、なに。
 いや、わかってるぜ、ランディ・アダムス。
 お前はインテリだもんな。
 剣なんかやりたくないんだろう?
 赤い髪とオレンジの瞳、9歳という、俺とジェラルドより一つしか違わない割に背も高い——正直インテリ文官志望というより騎士とか脳筋とかそっち系みたいな容姿してる割に肉体労働が嫌いみたいなんだよな、こいつ。
 ランディ・アダムスは宰相の息子で、漫画では眼鏡キャラであった。
 ジェラルドが持ってきた木剣を嫌そうに受け取ると、俺たちとともに素振りを始めるがどう見ても適当。

「ランディ様は剣のおケイコ嫌いなのですか?」
「は? 好きなわけ——あ、いやいや、殿下とご一緒できるなんて、光栄だぞ」
「でも、あんまり楽しくなさそうですね」
「……私は頭脳派なのだ」

 そして俺の大事な乳母兄弟に対しては辛辣、というか……格下って態度を隠しもしない。
 結構な身分主義なのかな。

「僕もあまり剣は得意じゃないですね」
「そうなのか?」

 ジェラルドが苦笑いしながら言うので、驚いて聞き返してしまった。
 だってどう見てもジェラルドの方が俺より腕が立つ。
 剣筋が、素振りからして違うんだ。
 とても型通りというか、先生の見本とほぼ同じって感じ。

「ちまちましてて」
「ちまちましてて」

 思わず鸚鵡返しで聞き返してしまった。
 魔法の方がよっぽどちまちましてる気がするんだが。

「っ……」

 しかし、ジェラルドの言葉は俺よりもランディの方に効いたらしい。
 わかりやすくジェラルドを睨みつけたかと思うと、俺の目の前で自分の木剣をジェラルドへ投げつけた。

「わあ」

 まあ、うちのジェラルドはサラリと避けるんだけど。
 それがまたランディを刺激したっぽい。

「図に乗るなよ! 貧乏子爵家の昼行灯め!」

 それは言い過ぎだ。
 確かにジェラルドはのほほんとしているが、勉強も魔法も剣術も俺よりできる。

「お前なんか、お前なんか! えっと、お前なんか貧乏子爵家の出身のくせに! 私は侯爵家の跡取りだぞ!」
「え、あ、は、はぁ」

 ランディ、その辺にしておくべきではないだろうか。
 身分しか取り柄がないみたいに聞こえるぞ。
 どうしよう、止めた方がいいと思うんだが……ランディ、お育ちがいいお坊ちゃんだから罵る語彙があまりにもお上品なのと勝るところが家柄だけしかないから、すごく大したこと言ってない。
 この状況で止めるのって、微妙かな?
 う、うーん。

「ランディ、人に木剣を投げつけるのはよくないぞ」

 考えた末、ジェラルドには華麗に避けられたが人としてやったらいけないところを注意した。
 俺に注意されたランディは、見る見る涙を浮かべて顔を赤くする。

「うっ、うううう」
「えっと、当たったら怪我をしていたかもしれないだろう?」
「っ、う……も、申し訳ありません、ヒューバート殿下……」
「俺じゃなくて、ジェラルドに謝るのが筋だ。ランディが木剣を投げつけたのは俺じゃなくてジェラルドだろう?」
「っ」

 めちゃくちゃ悔しそうにするな。
 そして、俺ではなく、やはりジェラルドを睨みつける。
 どうしても地位の低いジェラルドに謝るのは、プライドが邪魔してしまうらしい。
 俺にはわからない感覚だ。
 うーん、どうしよう。
 このままだとランディはジェラルドを逆恨みしてしまうかもしれないな。

「ヒューバートでんか、ぼくはケガしてないのでランディさまをあんまり怒らないでください」
「ジェラルド」

 え、器まで広い……ジェラルド、お前なんていいヤツなんだ。

「それより早く剣の鍛錬を終わらせて、魔法の練習をしましょう!」
「そっちかぁ」

 ジェラルドは剣より魔法の練習をしたかったのか。
 仕方ない。
 被害を受けたジェラルドがこう言うのだ。
 ランディは——。

「ギリィ!」
「えぇ……」

 なんで?
 ジェラルドが庇って許してくれたのに、なんでそんな血涙流しそうなほど凶悪な顔になってジェラルドを睨みつけてるんだ?
 怖いぃ。

「殿下の側近はこの私……調子に乗るなよ子爵家風情があぁあぁぁぁ!」
「「あ」」

 そう言って走り出すランディ。
 その背中は瞬く間に小さくなっていく。

「……でんか、明日からはランディさまとお二人で剣と魔法の“たんれん”をされた方がいいと思います……ランディさまは身分を“じゅうようし”する方なのでしょう」
「え、で、でも」
「でんかのおっしゃっていた結晶魔石クリステルストーンと魔法のお話、きょうみぶかかったです。ぼくもおそばにいられない時に“けんしょう”してみます。でんかもお城の中に、まだあんまり味方がおられないから、ランディさまとは仲良くした方がいいです」
「うっ……」

 ど正論。
 だが、しかし……!

「でも、俺は……」
「だいじょうぶ。離れててもぼくはヒューバートの味方」
「!」

 ジェラルドが側近だったら、気心知れた仲だ。
 ジェラルドが側近になってくれたらって、俺は思っていた。
 でもやはり、俺はまだまだ未熟者らしい。
 ジェラルドが俺の頭を撫でる。
 ほんの数日の差なのに、たまに歳上っぽいことをして俺を弟のように扱う。
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