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六章 『転生者』
早すぎる再会
しおりを挟む「うー……気持ち悪い……」
「そりゃあ四十三本もマジックポーションを飲み干せばなぁ」
翌朝。
予定ではマグゲル家へ帰還するつもりだった。
しかし昨日の事もあり、今日は『ロガンの森』に調査へと向かう。
調査内容はニズニアの状態だ。
『厄石』が二つ。そしてオリバーは『ドラゴン』を見た。
『Aランクレッド+』……存在そのものが天災。
あらゆる攻撃は通用せず、人は蹂躙されるだけの存在に成り果てる。
あれはどこへ飛び去ったのか。
ドラゴンが口に入れた黒い靄が人の姿形をしたアレは一体なんだったのか。
(ドラゴンの言っていた言葉も気になるし……やっぱり今夜こっそり、シヅア様に会いに行ってみようかな)
他にも初めて聞く単語があった。
『同盟者』、『禍呪者』、『澱みの災魔』。
シュウヤが無事に転生者である事も分かったので、ここが『ワイルド・ピンキー』のモデルとなった世界であるという事は、改めて覆りようがない。
しかし、あの物語で語られていないものがどんどん出てくる。
記憶もだいぶ薄くなっているが、新たに出てきたこれらを見聞きしたりはしていないはずだ。
(シュウヤに聞くのは嫌だな。そもそも会いたくない。やはりシヅア様か)
ふむ、と一つ今夜の予定を立てて、一階に降りる。
「おはようアルフィー、今日も綺麗だな」
「おはよう、ディッシュ。貴方も朝から素敵よ」
「おはよう、エルフィー! 今日も朝から可愛らしいね! あれ! 昨日よりも髪がサラサラではない? 石鹸のせいかな? うちの地方の石鹸の方がエルフィーの髪質に合うのかな! 買って帰ろうか!」
「ぇぁうあ……お、おぉぉおはようございます……え、えーと、えーと……っ」
「まねっこしなくて大丈夫なの。別にそんなルールはないの。あとお兄さまはじょうほーりょーが多すぎるの」
オリバーが『トーズの町』にいる間、フェルトは実家に帰省。
エルフィーは帰れなくなったので本日も受付嬢の体験をしてもらう予定だ。
そして早朝からブレーキがぶっ壊れている。
仕方ない。
実家にエルフィーがいる、という事態がとんでもなく理想そのものなのだ。
もうずっとこのままでもいいと思う。
だが、そうもいかない。
まだ正式に結婚したわけではないのだから、やはり一度戻らなければ。
「ところでウェルゲムはまだ起きていないのかな?」
「あ、は、はい。わたしも降りてくる時に、お部屋に声をかけてきたんですけど……」
「うーん、昨日振り回しすぎたかな……? 大した事はさせていないと思うんだけど……」
「慣れない土地で疲れが溜まっていたのかもしれないな。もう少し寝かせてやろう」
「はあ……父さんがそう言うなら……」
……もしここにウェルゲムがいたならば、絶望に打ちひしがれたような表情になっていた事だろう。
「なに言ってんの?」的な意味で。
「じゃあ、今日はディッシュとオリバーは『ロガンの森』に行くのね」
「ああ、B、Cシルバー以上は全員連れて行く。手薄になるから調整してくれ」
「分かったわ。こっちもエルフィーちゃんがいるから手は足りてるしね」
「は、はっ、はいっ! が、頑張ります……」
(エルフィー今日もぎゃんかわ)
(お兄さま、真顔で仕事とは別な事を考えてる気配がするの……)
改めて今日の予定を確認し合い、朝食が終わったらギルドの方へと向かう。
エルフィーはアルフィーに朝にやる業務の準備を改めて教えられ、オリバーは集まってきた冒険者に昨日の事を説明する。
ここから『ロガンの森』に行く冒険者たちへ正式に調査依頼を出すのだが──……。
「頼もーう! 冒険者登録しに来たぜーーっ!」
「は?」
「あ?」
朝十時。
ギルドに入ってきたのは赤髪金目の男。
後ろにはオレンジの髪の巨乳美少女を連れている。
ああ、間違いなく昨日も会ったあの男だ。
冒険者たちの表情が怪訝に歪む。
いつも満面の営業スマイルで対応するオリバーが、氷のような眼差しで睨みつけたのだから無理もない。
「って、お前は昨日の!」
「はあ~~~? なんでうちの町のギルドに来るわけ? お前が最初に冒険者登録するのは『ガーナの町』だろう?」
ストーリー上では……だが。
『ガーナの町』は『ルークガーナ家』が治める『トーズの町』よりやや小規模な町。
マルジェイ・ルークガーナという祖父の弟の息子が町長を務めている。
『エンジーナの町』にほど近いため、ストーリーではそちらで冒険者となり、すぐに『エンジーナの町』から山を越えて帝都を目指す……はずだ。
それがなぜ、主人公シュウヤがリリと共に『トーズの町』へと現れるのか。
おそらくこの場の誰も見た事がないような表情と、誰も聞いた事がないような低音でオリバーは思い切り『不快』を現しただろう。
おかげでオリバーをよく知るここの冒険者たちは「あ、こいつ厄介なやつなのか」と即座に認定。
完全アウェイ空気に包まれるシュウヤ。
「……え……? こ、ここ『ガーナの町』じゃ、ないのか?」
「…………」
からのこの発言。
冒険者たちの眼差しがびっくりするほど冷ややかになる。
「リ、リリ!?」
「え? あれぇ? 地図ではここってなってるけど?」
「ど、どれ?」
「これでしょ?」
「あ、ああ、これだな? ……これか?」
「そうそうこれ」
「…………。いや、これ『トーズの町』って書いてあるじゃねーか!」
「な、なによう! シュウヤは『冒険者登録出来るならどの町でもいい、でも大きい町がいい!』っていうから……」
「うっ。……い、言ったな。うん、確かに言ったわ」
「だから!」
そして始まる幼馴染同士の痴話喧嘩。
普通に円満解決しているが、とりあえず作業に戻りつつ終わるのを待つ。
いわゆる無視。
「……ま、まあ、いい! 冒険者登録させてもらおうか!」
「受付はこちらでーす」
「おお! 美女!」
「うちの母なので。ふざけた事したらその空っぽの頭を潰すので」
「俺の妻だ。変な事言ったらぶっ殺す」
「…………」
ギルドマスターと次期ギルドマスターの圧がいつもより重い。
「そうだ、エルフィーちゃん。登録希望者への対応、昨日教えたしやってみる?」
「え! で、ですがわたし、まだ正式な受付ではないですし……」
「いいのいいの、何事も経験よ」
アルフィーがエルフィーに対応のやり方を任せようとしているのにオリバーはほっこり。
荒んだ心が癒される。
と、思っていたのも束の間。
(いや、待って欲しい。今登録に来たのはシュウヤだぞ? あいつ昨日なんて言ってた?)
思い出すだけで顳顬に血管が浮き出る。
ビギ、ビキ……と。
野郎、エルフィーに余計な事を言ったらその瞬間吹っ飛ばす。
そう決めて成り行きを見守っていると……。
「エ、エルフィー・エジェファー!? なんでここに!」
「え? え、えっと、ど、どなたでしょうか……?」
真っ先にエルフィーへ声をかけた。
そして嬉しそうにカウンターに駆け寄り、自己紹介を始める。
どうやら昨日オリバーの言った言葉は頭に残っていないらしい。
(よし、殺ろう)
嫌悪の表情とは一変、笑顔で槍斧を取り出して振り上げた。
もちろんカウンターに被害が被らない角度で。
「オリバーさん!?」
「ぎょわー!?」
エルフィーには気づかれたし、叫ばれた。
おかげでシュウヤには寸前で避けられる。
チッと、舌打ちした時、奥の自宅側の扉からウェルゲムがフェルトに連れられてやってきた。
まさにオリバーがシュウヤを仕損じたところを見られて若干居心地が悪い。
だがやらねばなるまい、確実に。
「な、なにすんだテメェ! マジで!」
「人の婚約者に気安く声をかけるようなやつは死ぬべきでしょ」
「こ、婚約者……!? シュウヤ! それはあんたが悪いわよ!」
「いや、マジで声かけただけだろ! ……そ、それにエルフィーだって『ワイルド・ピンキー』のヒロインの一人……」
「え? なんて?」
「な、なんでもない! じゃなくて、声かけただけで『死ぬべき』とかやべーだろお前!」
「冒険者は大事な人にちょっかい出されたら即決闘だよ」
うん、うん。
周りの冒険者たちの頷きに、シュウヤの表情が引きつる。
実際、留守にしがちな冒険者は離婚率が高い。
同業者の夫婦ならいざ知らず、まして次期ギルドマスターのその嫁相手にちょっかいをかける輩相手には「手を出したらどうなるか」をきちんと知らしめておかねばならないだろう。
「オリバー、そんな武器持ってたか?」
「『エンジーナの町』や『マグゲルの町』の冒険者たちが戦斧や槍斧を使っていたので、こっそり教わっておきました。得意なわけではないですが、見た目かっこいいのでちょっと使ってみたくて」
「なるほど」
「見た目かよ!」
見た目はカッコいいし、槍の得意なオリバーにとって斧までついている槍斧は存外使いやすい武器だ。
ただ弱点としては達人レベルの使い手がいないせいで、『技スキル』が存在しない。
独自で開発していくしかない、という点。
「おにいさまかっこいいの!」
「ハッ! ふぇ、フェルトたん!?」
「「フェルトたん?」」
カウンターの外までやってきたフェルトが、オリバーの腰に抱きつく。
そんな妹にふにゃ、とつい表情がゆるむシスコン。
そのシスコンの前でシュウヤはぱぁぁぁ! と笑顔で喜んで呼んでしまった。
「フェルトたん」……と。
その初対面ではありえない馴れ馴れしさに親馬鹿のシスコンが黙っているはずもなく。
フェルトにふにゃ、と表情をゆるめていたギルドマスターと次期ギルドマスターが一瞬でアレな顔になった事に冒険者一同そっと目を背ける。
「おまえ、新しいぼーけんしゃしぼーなの? うちの町をとうろくさきにえらぶなんて、なかなかみどころがあるの。しっかりつくせなのよ」
「フェルトたん、ほ、本物……!? 推しが目の前に……実在してる……! マ、マジか! マジなのか!? こんなに早くフェルトたんと出会えるなんて! リリ、ありがとう!」
「え? は、は? ど、どういたしまして?」
そしてそれに気づいていないシュウヤ。
『推し』に出会えてテンションが上がる気持ちはとてつもなくよく分かる。
オリバーもそうだった。
本当にいる。いた。喋って動いて同じ空気吸ってる。世界よ、神よ、ありがとう。
まさにそんな感じ。
とても分かるのだが、よもやその『推し』が自分の妹とは思わなかった。
普通に、キモい。
まだ八つの幼女に、鼻の下を伸ばしてデヘデヘ笑うその姿。
確かシュウヤは今十七歳のはず。
(いや、キモすぎるだろ。抹殺あるのみだろう)
全身の血管がブチブチ音を立てるようだ。
槍斧に魔力を通す。
これはもう、処さねばならぬ、今ここで。
「フェルトたん! これはもう運命だ! 俺と一緒に冒険しない!?」
「え?」
「シュウヤさん、ちょっとツラを貸せ。表へ出ろ。決闘だ殺す」
「はぁ~~~? なんでお前と決闘なんかしなきゃなんねーんだよ」
「フェルトが俺の妹だからだ。エルフィーに声をかけた上、八歳の妹に鼻の下を伸ばされては決闘して殺すしかないだろう?」
「…………い……?」
リリの冷たい眼差し。
アウェイであるこの場で、リリが味方してくれないとなるとシュウヤは完全に孤立する。
オリバーは変わらずに笑顔。
その横のディッシュも怖い笑顔。
アルフィーは頰に手を添えてニコニコ。
こんなのはいつもの事だが、娘が対象になるのは初めてなので興味深そうだ。
エルフィーはいつも通りオロオロする。
これがギルドの冒険者の日常だとは、まだ知らない。
「妹ぉ!? フェルトたんの!? 兄ぃ!? お、お前がぁぁぁぁあ!?」
「表へ出ろ。殺す」
「なんでだよ! WEB版にも書籍版にもフェルトたんの兄の事なんて一言も……あ、いや、WEB版には書いてあったかも……」
「え?」
WEBで見つけて完結まで読んだはずなのだが、フェルトもフェルトの兄も出てこなかったのでは。
少なくともオリバーの中の記憶にはない。
詳しく聞きたいところだが、前世の記憶があるなどと周りにバレるのは……というよりシュウヤと同類と思われるのは誠に遺憾である。
ぶっちゃけシンプルに不快。
(……でもWEB版に続きが……? いったん完結されてからまた再開された、とか? ええ、知らなかった……)
それはそれで普通に続きが知りたい。
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