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六章 『転生者』

転生者、二人

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「くっそ! 減らねえぇ! 『ギガント・ハリケーン』!」

 その頃シュウヤも頑張って襲ってくる魔物たちを退治していた。
 ストーリーでは村が襲われるのだが、妙な仮面の冒険者のせいで森の中で迎撃する事になってしまったのだ。

(アイツ! 転生者……!)

 こちらを睨むあの青い瞳。
 なぜか強く敵視してくる。首を斬られそうにまでなった。
 あいつは、ストーリーを──『ワイルド・ピンキー』の事を知っていたのだ。

(だから主人公に嫉妬してんのか? 逆恨みだろ!)

 あの冒険者から様々なスキルはコピーしている。
 その中で使えるのは『鑑定』『探索』『身体強化』『浮遊』『飛行』『ギガント・ハリケーン』。
 他のスキルはまだコピー出来ていないが、あの男、『鑑定』で見た限りかなりレベルが高い。
『ワイルド・ピンキー』の基準だと、五巻ヒロインの女冒険者ハニエ並みだろうか。

(クッソクッソクッソ! 腹が立つ事ばかりだぜ! 妄想勘違い女に刺されたと思ったら、チーレムラノベの主人公! 俺の時代キター! っと思ってたのに全然いいスキル覚えられねぇし!)

 シュウヤ……前世は石田秋矢いしだしゅうやという名前だった。
 自分の名前と同じ主人公が、可愛くて胸の大きな女の子たちにチヤホヤされながら無双する……その爽快な内容にどハマりして原作小説からWEB版まで網羅。
 アニメの円盤も揃えて、SNSで複垢まで作り情報収集したり仲間と盛り上がったり、ゲームで同じ名前で遊んだり……まさにどハマり。
 だから高校に入学後、秋矢と『付き合っている』と思い込んでいたストーカー女に刺されて死んだ時は本当に冗談だろう、と思った。
 確かに、芸能界に関わるようになり、そういう意味での露出が増え、ファンもつき始め、多少は調子に乗っていたかもしれない。
 だが『付き合っていた』と勘違いしてつきまとい始めたあの女には、当然の事を言ってやったし当たり前の対処をさせてもらった。
 それを逆恨みして、包丁で刺し、どこかへ逃げ去ったのはまったく腹が立つと言ったらない。
 あのあとちゃんと警察に捕まったのだろうか?
 いや、もうそんな事は関係ない。
 今、秋矢はシュウヤとしてこの世界に転生した。
 前世では到底不可能なハーレム、戦闘力、権力。
 誰もシュウヤには勝てない。

(俺が一番強くて最高なんだ……! この世界は!)

『ワイルド・ピンキー』の中では捨てられたり、ハーレムに加わらなかったヒロインたちも、物語を知っている『シュウヤ』ならば手に入れられるかもしれない。
 ハーレム要員の四人以外……エルフィー、ハニエ、エマ、レイラ、プリシャ、フェルトをハーレムに加え、十人の美少女、美女、幼女にチヤホヤされながら求められる。
 巨乳、美乳、爆乳に囲まれて、柔らかくいい匂いの彼女らに押し潰され奪い合われる……そんな日々を自分ならば手に入れられると確信していた。
 そう、ストーリーを知っているのだから、その知識を使って彼女たちを籠絡すればいい。
 考えただけで「むふむふ」と鼻の下が伸びる。

「ギイィ!」
「ああもうマジクッソうっぜええええぇ!」

 コピーした魔法『ギガント・ハリケーン』を連発する。
 その乱立した竜巻が、四つ、五つと増えると次第にお互いの風の流れに巻き込まれ始めて一つの強大な大竜巻と化す。

「! 『オールクラッシュ・ハリケーン』!」

『ギガント・ハリケーン』の上位魔法スキルが習得出来た。
 コピーではなく、シュウヤ自身で手に入れたのだ。
 それにほんの少し、気分が良くなる。

「お! だいぶ減ったじゃねぇか! これなら……」

 帰れる……そう安堵した瞬間だ。

「……げっ……」

 グレートボアの上位種、マッスルボアが現れた。
 全身が通常のボアよりも遥かに強靭な筋肉で、食用にもならない。
 口から生えている牙など、もはや鋭すぎて「どうやってご飯を食べてるんですか?」と聞きたくなるレベル。
 いや、もうボアというよりサイでは?

「っ、『オールクラッシュ・ハリケーン』!」

 覚えたての魔法をマッスルボアへとぶつける。
 凄まじい豪風がマッスルボアを取り囲み、ごうごうと周囲の木々を引っこ抜きながら通り過ぎていく。
 残りの雑魚魔物も取り込まれ、残ったのは死体ばかり。

「……マジかよ……」

 口端がひくついた。
 マッスルボアは、無傷でそこに佇んでいたのだ。
 フゴ、フゴと鼻を鳴らしながら前足で地面を蹴り始める。
 突進してくる気だ。

(あれを喰らうのは……!)

 だが、周りを見てハッとする。
 マッスルボアはグレートボア級の大きさでありながら、そのあり得ない筋肉質のせいでグレートボアよりも速いのだ。
 今シュウヤが使える攻撃魔法は『ギガント・ハリケーン』と『オールクラッシュ・ハリケーン』のみ。
『突進』はスキルとして覚えられても、魔物相手に使えるものではない。
 あの巨体が突進してくれば『浮遊』と『飛行』を使っても、あの仮面の冒険者ほど速く逃げられないだろう。
 つまり、『突進』されたらまずい。

「い、いやだ……俺は主人公……」

 逃げたい。逃げなければ。
 だが、一歩……たった一歩でも動けば突進される。
 そうなれば、一秒でこの場所まで来るだろう。
 その瞬間ここから離れていなければいけない。
 いけるか、と己に聞くが、物語序盤で力の使い方も雑な『シュウヤ』では無理だ。
 体は人間離れしたステータス数値を持つが、だから痛くないというわけではないし、あんな鋭い牙が刺されば絶対に怪我をする。
 痛いのは嫌だ。
 特にあれは『刺す』事に特化した牙。
 刺されて死んだシュウヤにとっては丁重にお断りしたい。
 体力値を考えても死ぬ事はないだろう。
 だが、絶対に、死ぬほど、めちゃくちゃ……痛い。

(冗談じゃねぇ! なんでだよ! これはチートでハーレムな話だろ! チートの主人公が……主人公でいるはずの俺が! 序盤とはいえ大怪我して痛みで転げ回るとか……そんな展開なかった! なんでこんな中盤に出てくる魔物が出てくるんだよ! こんな展開知らねえよ!)

 必死に考えを巡らせる。
 どうしたら逃げられるのか。
 どうしたらこの状況から脱する事が出来るのか。
 考えても考えても、上手い方法は浮かばない。
 そしてついに、マッスルボアのチャージが終わった。
 一瞬だ。
 一瞬で間合いは消える。

「っ」
「ブゴオォ!」

 ……だが、マッスルボアはシュウヤの直前、透明な壁に激突して派手にぶっ飛んだ。
 突進を使う魔物にとって、それはひどい屈辱だろう。
 だが、その壁の強度はマッスルボアの突進でも砕けないものだったのだ。
 吹き飛ばされた瞬間、強固な筋肉の隙間を縫うように双剣が両脚を引き裂く。

「見殺しにするのもアリだと思ったんだけど」
「うおおぉっ!?」
「っていうか見殺しにしたかったんだけど」
「……って、てめぇ……」

 真横に現れたのは仮面の転生者。
 華麗にマッスルボアを瞬殺して、涼しい顔で着地した。
 どうやったのか、見えなかった。
 速い。今のシュウヤの動体視力で見えないわけがないはずなのに……それを上回っている。
 やはり、この青年相当に強い。
 さらにそこからマジックポーションを飲み始める。
 とても不味そうに。

「まあ、一応自分の村は守ったようだから、助けてあげるよ。今回だけは」
「…………」

 盛大に顔が歪んだと思う。
 それを見た仮面の転生者も鋭く睨み返してきた。
 それからしばらく睨み合う。

「ふん」

 嫌味たらしい男だ。
『ワイルド・ピンキー』の事を知ってるのなら分かるだろう。

(俺は主人公なんだぞ。変な仮面つけた変人め……助けてやるとはずいぶん上からじゃねぇか! チッ!)

 実際助けられたのだが、前世からシュウヤは常に人にチヤホヤとされてきた。
 容姿が優れ、器用だったので人より出来る事が多かったせいだ。
 自分にとても自信がある。
 痛くて転げ回りそうだったが、あの程度の魔物に死ぬ事はないと思っていた。
 ……あの最初の突進をたとえ生き延びられてもそのあとは──……それを考える脳みそは、今のシュウヤにはない。
 あの一撃を避けられたとしても二撃目、三撃目の突進で間違いなく死んでいた。
 それをシュウヤは自覚しない。

「? なにしてんだ?」
「マッスルボアの筋肉繊維は防具の素材になるから『解体』してアイテムにするんだよ。……『解体』くらいは教えてあげる。生活魔法だしね」
「……」

 そう言って、目の前ですらすらとマッスルボアを解体していく。
 それを、シュウヤはコピーした。

(……素材ねぇ……)

 シュウヤにとっても魔物は『素材』だ。
 だが、今回シュウヤが倒したのは周りに散らばる小物の魔物ばかり。
 あれを倒したのはあの仮面の転生者だ。
 そういえばあの、黒い石に触れておかしくなった腕も治してもらった。
 気に食わないが、悪人ではないのだろう。
 そう位置づけつつ……やはり気に入らない。

「ふん」
「……フンっ」

 解体と収納が終わると、目が合う。
 しかしやはりプイとお互い顔を逸らした。
 きっとこの男とは、一生仲良く出来ないだろう。

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