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六章 『転生者』

主人公との遭遇

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「では、行ってきます」
「は、はい! い、行ってらっしゃいませ!」
「……」

 フッ、と微笑む。
 場所は『トーズの町』。
『マグゲルの町』に戻る前、故郷の町へと立ち寄ったのだ。
 結婚後はエルフィーにこの町のこのギルドで受付嬢をやってもらおう、と思っているので、同じく帰宅している母アルフィーが軽く指南する事になった。
『トーズの町』の冒険者たちへの顔見せも兼ねて、受付嬢の制服を着てカウンターに座るエルフィーは緊張の面持ち。
 いや、もうすでに緊張で泣いている。
 祖父の誕生日パーティーに比べれば、なんて事もないように思うのだが……。
 彼女にとってはそうではないのだろう。

「師匠、師匠、これからどこいくんだ?」
「『ロガンの森』だよ。マスタートロールが出て以来立ち入り禁止なんだけど、森から出てきた魔物は狩らなきゃいけない。近くに村があるから、見回りとウェルゲムの修行も兼ねて行ってみようかと思って」
「マジで! おれ、めっちゃがんばる!」
「そう? じゃあ大きめのやつを探して選ぶね」
「……ふ、普通サイズで、イイヨ……?」
「遠慮しなくていいよ?」

 ──その物語はとある田舎村の青年が、魔物に襲われ死んだところから始まる。
 クラスごと召喚されたはずなのに、一人だけ世界に弾かれ、別な世界に落下。
 本来の体は燃え尽き、落下したその世界で『死んだ青年の体』に魂が入り、復活。
 召喚失敗の際、『神』を名乗る者から『コピースキル』を与えられており、そのスキルを悪用……もとい利用してどんどん強力な魔法をコピーして無双する。
 奴が覚えるスキルは主に田舎村を襲った、魔物から教わった。

(今思えば、だな……)

 その村は『グドの村』。
 以前は『ワッグドの町』と呼ばれていた。
 大変小規模な町だったが、オリバーの母、アルフィーを町の管理貴族の息子が攫って『ロガンの森』の前に放置した事件以来爵位を奪われ、町は村となった。
 オリバーがその村を訪れたのは、『物語』が始まったか否かを確認するためだ。
 しかし──。

(こんな事あるぅ?)

 なので、よもやオリバーも実家のすぐ側のその村で、訪れて即、主人公と対峙するとは思わなかった。
 マントの下で腰に手を当てる。
 参ったな、と思いつつ、主人公……シュウヤもまた困惑気味に眉を寄せた。
 派手な真紅の髪と金の瞳。
 オリバーとは真逆の色だな、と思う。

「師匠~?」
「ああ、なんでもない」

 変な空気になってしまったところを、ウェルゲムの声でハッとする。
 シュウヤは村の入り口の前で仁王立ちしていたので、そこでこのような思わぬ遭遇をしてしまったので変な空気もある意味仕方ない。
 だが、目的は別だ。

(この村の人を、助けようと思ったんだけど……)

 ラノベの冒頭、シュウヤが覚醒後この村は魔物の群れに襲われる。
 そこでシュウヤは魔物の使う魔法や技を『スキルコピー』で習得していくのだ。
 だが、その最中にも多くの魔物が雪崩れ込み村は壊滅状態。
 生き延びた人たちは近くの大きな町などに移住し、この村は地図上から完全に消える。
 当然、人も多く死ぬ。
 オリバーはそれが嫌だった。
 物語の『都合』で容易く刈り取られる命。
 名もなき命や涙。
 そういうものを、一つでも救えたらいいのに、と思う。

(ただ、まさかこんなに早く出会でくわすとは思わなかった、という話)

 目の前の男を睨むように見つめる。
『ワイルド・ピンキー』の主人公シュウヤ。
 そいつが今、仁王立ちして目の前にいる。

「えっと、君は、村の人? 村長はいるかな? 俺はオリバーという、『トーズの町』の冒険者だ。見回りに来た」
「見回りぃ?」
「最近魔物の動きが活発化していると情報が寄せられたから、『ロガンの森』に近いこの村は大丈夫か、と思って」
「ハッ! 俺がいるんだからこの村は平気に決まってるだろ!」
「…………」

 んん?
 と、首を傾げそうになった。

(は? シュウヤってもう少し大人しい性格じゃないっけ?)

 自信家ではある。
 だが、それはこの村が襲撃されたあと、『スキルコピー』で強くなってからだ。
 主に、三巻以降はこんな感じ。
 だが、時間軸的にまだこうなるのは早い。
 もっと言うと、その傲慢にも見える自信家のような態度はヒロインへの格好つけと、不安がる人々への優しさから……の、はず。
 これではただの自信過剰な人に見える。
 なんかおかしい、と内心で首を傾げた。
 時期的に「集団召喚されたと思ったら一人だけ村人になっていた」状態で混乱している頃のはず。
 もしくは、シュウヤが乗り移る前の人格がこういう人だったのだろうか?
 シュウヤが乗り移った体の持ち主は「ザコ」という名前の村人。
 その性格は穏やかだが、幼馴染のヒロインを想うあまり少し意地悪になってしまうちょっと意地っ張りな性格……だったはず。
 とはいえこの自信満々な姿……意地っ張りとかそういうレベルではなく、もう三巻以降の自信満々なシュウヤではないか。
 どういう事だ。

「なに言ってんのお前」
「あ?」
「お前がどんだけ強かろうと、冒険者登録してない奴に信用なんかあるわけねぇだろ。見た感じ騎士でも村の自警隊員でもなさそーだし。なに偉そうにほざいてんだよ。立場弁えろよ村人」
「アァ!?」
「ちょ、ちょっと……ウェルゲム」

 そんな男相手にズバズバと物申す弟子の前へ手を出して制す。
 トラブルは避けたいが、ウェルゲムの言ってる事もごもっとも。
 冒険者ギルドのない小さな村などは、若い男や引退した元冒険者などが自警隊を作っている事が多い。
 そういう者には最低限の『権限』が与えられ、大きな町のギルドと交渉も出来る。
 だがそれは、自警隊の隊長や副隊長クラスの者だけだ。
 こういう村の見回りは本来騎士団の仕事だったりもするのだが、今回はオリバーが「ウェルゲムを鍛えたい」という名目で買って出た。
 ウェルゲムももう十四。
 来年は冒険者登録が出来る歳になる。
 その前にもう少し実戦を積ませておこうと思ったのだ。
 ついでにこの村の危機を救えれば、万々歳だろう。

「ウェルゲム……? ……。……いや、まさかな……」
「?」
「とにかくこの村は俺が守るから大丈夫なんだよ!」
「それはこちらが決める。村長は?」

 今、ふと──……。

(ウェルゲムの名前に反応した? まさか?)

 それにこの頑なな自信……。
 やはり初期のシュウヤとは少し違う。

「しつこいな、俺が大丈夫と言っているんだから大丈夫だ!」
「君は話が通じない人なの?」
「ザ……じゃなかった、シュウヤ! なにしてんのよ!」
「げっ」

 あ、と声を漏らしそうになる。
 現れたのはオレンジの髪の女の子だ。
 忍びのような服装。
 この世界にはいささか珍しい服装だが、作者の趣味が反映されて巨乳を強調するように谷間が見える。
 スン……と、オリバーのテンションが駄々下がりした。
 別に彼女に罪はない。
 ただ、オリバーがもう『巨乳』が苦手なだけだ。

「リリ……」
「どなた? もう、シュウヤ! なに喧嘩売ってんの! 本当すみません、こいつこの間から頭ますます馬鹿になってて!」
「毒舌!」
(毒舌だな!?)

 リリはこんなキャラではなかったような。
 と首を傾げつつ、シュウヤがおかしいので些細な差異かな、と見逃す事にした。

「……ああ、えっと、村長にお話があるんです。俺は『トーズの町』の冒険者でオリバー。これは弟子のウェルゲム。『ロガンの森』の様子について調べようと思っているんですが……」
「「…………」」
「なにかやりやがりましたね?」

 あからさまに「ギクーっ!」という顔をされたので村長に聞くまでもないかもしれない。

「あ……あ、の、その……」
「ちょ、ちょっとでかいボアが出たから、か、狩っただけだぜ」
「ほう」

 グレートボアだろう。
 確か、コミカライズ1話1コマ目でシュウヤを貫いた魔物はグレートボアだったはずだ。
 つまり……。

(シュウヤは、記憶を、取り戻している)

 物語は始まっている、という事だ。

「それはいつの話?」
「一週間くらい前です」
「お、おい、リリ! 別にこんな不審者に構う事なくねぇ?」
「なに言ってんの、この人ちゃんと冒険者証つけてるじゃん!」
「むむ」

 不審者とは失礼な。
 と、思うが実際仮面を被り、武装した人間は怪しいと思う。
 冒険者証で信用する辺り、やや危うい気もする。
 つまらないごろつきは冒険者証を偽装したりするからだ。
 あっさり信用してくれたところは、幼馴染ヒロイン、リリの特技『女の勘』が働いているに違いない。
 リリとシュウヤは幼馴染。
 最終的にハーレムの中でもリリは正妻位置となる。
 彼女の『勘』により、幾度も危機を救われるからだ。

「一週間前……」

 という事はやはり、今日か明日……魔物の群れが森から溢れる。
 シュウヤに会いたいとはこれっぽっちも思っていなかったものの、この村の人の事は助けたい。
 こいつが一人で魔物から魔法などをコピーしている間、村の人を逃がせれば、と思っていたがこうなっては仕方ないだろう。
 少し考えた素振りのあと、ウェルゲムの頭をポンと叩く。

「森に行ってみよう」
「はい!」
「はあ!? いやいや、待て待て! なんでだよ! 森からはもうすぐ……」
「……」

 ちらりと振り返る。
 シュウヤは「うっ」と喉になにかを詰まらせた。
 その様子に胸に凄まじい殺意が湧き上がる。

「君の──」
「あ? ……っ!?」

 だからつい、殺意のこもった眼差しを向けてしまった。
 仕方ないと思う。

「…………なんでもない」

 あの言葉で、悟った。

(あいつ、前世の記憶どころか……『ワイルド・ピンキー』の記憶もある。ふざけるなよ……)

 ストーリー通りに進む事を知っているのなら、なぜ今から村の人たちを助けようとしない?
 それがひどく、ひどく腹立たしい。
 今から森に集まった魔物を倒しにいけば、そもそも村は襲われないのに。

「師匠? なんか、今日変じゃね?」
「そうだな」

 自覚はある。
 エルフィーに見送られて比較的ルンルンしていた気分が真っ逆さまだ。

(俺も転生者だけど……)

 自分が強くなるためにストーリー通り育った村を──いくら中身が別人であっても──見殺しにしようというその性根。

(ありえない)

 ズンズン進むオリバーのその怒りの気配。
 モロに見上げたウェルゲムが、『師匠めっちゃこわい……』と思っているのにも気がつかない。

「腹が立つので俺も八つ当たりしよう」
「なににっ!?」
「いいかな? “ニズニア”?」
「?」

 スッと息を吸い込む。
 森の中、深く、深く。
 問い合わせた先に『それ』はいる。目を、開ける。

『…………──……』

 答えだ。
 思念……父が八年前に聴いた声。

「……『助けて』? どういう意味だ?」
「師匠? だ、誰と話してんの?」
「旧知の者だけど……様子がおかしい。ニズニアが変な答えを…………まさか、この気配は……っ」
「し、師匠?」

『探知』の魔法でようやく真実を把握した。
 よく考えればマスタートロールのいるこの森の魔物たちが、群れをなして村を襲う事自体おかしかったのだ。
 そこに疑問を持つべきだった。

「『厄石』!」

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