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五章 『里帰り』編

その、顔を【後編】

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「っ……」

 ウェルゲム、フェルトはオリバーの言いつけ通り騎士たちと連携して参加者たちの避難を始めてくれた。
 ならばこそ、今は自分がこれを引きつけねばならない。
 だが手が増えた事で回り込んできた両手がオリバーの腰に掴みかかる。
 まずい、と思った瞬間爪が伸びた。

「!」

 だが、通らない。
 防御力上昇の強化を、五重かけした。

「人間離れしてるよねぇ、キミも……」
「それは、褒め言葉として受け取っておくよ……」
「でも」
「!」

 背中から生えた手が、腰から移動して顔を掴まれる。
 無理やり仮面を剥ぎ取られると、遠くへ放り投げられた。
 ニンマリと笑うタック。

「綺麗な顔! 綺麗な顔! 綺麗な顔! ああ! アアアアアアアァァァア! ああ、その顔に! その顔にアタシィ! アタシワぁぁぁ!」
「!」

 また薄気味悪いバキバギという骨の音。
 首からネジが生えるように回転しながら、別な女の顔が出てきた。
 それは一年半前に、エルフィーを虐めていた女……ミリィの顔。

「なっ──!」
「オリバーァさぁまぁ!」
「っ!」

 ガッ。

「……っ!」

 首筋を思い切り噛まれる。
 防御力上昇のおかげで怪我はない。
 だが何度も何度も執拗に噛みついてくる。
 なにより恐ろしいのは四本の腕が槍とオリバーの体を、完全にホールドしているところ。
 身動きが取れない。
 だが、避難が終わるまではこれでいい。
 いや、こうするしかない。

「しゅき、しゅき、しゅき、しゅきぃ! おりばーしゃまぁ、ミリィはもう、あなたのしもべぇでぇすー」
「オリバー、もっと気持ち悪がってぇ! そう! その顔だよその顔ォ! はあ、はぁ、もう、堪らないよぅ! イイ、イイヨォ! 見下されるって、キィモチイイイイィィィ!」
「…………」

 しかし精神的に本気できつい事態だ。
 左右の耳元で、こんな言葉を吐かれ続ける。
 顔がどんどんしかめっ面になるのだが、タックに至ってはそれがいい。

(き、気持ち悪い……!)

 そんな、色々と限界を感じ始めた時だ。

「オリバーさん!」
「!」

 エルフィーの声に驚いてそちらを見る。
 駆け寄ってくる少女を、ハルエルが腕を掴んで引き留めた。

「ダメだ! 瘴気が広がっている! あなたも早く避難を!」
「でも、オリバーさんが!」
「彼は……!」

 目が合う。
 どうしたらいいのか、彼も判断しあぐねているようだ。

(なるほど、確かに……さっきの今では……俺も公帝を狙っているように見える、か。だけど……!)

 少々心外だ。
 そう見えるのは分かる。
 彼の立場的にも、オリバーが貴族の女性たちを最初に攻撃したかもしれないと思う要素もないわけではない。
 だが、今優先すべきは人の命!

「イディンテッド卿! エルフィーを避難させてください! 全員避難が終わったのなら……こいつは俺がやる!」
「! 了解した!」
「オリバーさん!」
「!」

 ギョロ、とミリィの顔の方がエルフィーの方へと向く。
 まずい、あの女はずっとエルフィーを目の敵にしていた。
 それを思い出し、一瞬で魔力を練り上げる。

「マット・ゴーレム」

 ミリィの首がブチブチと音を立てながら回転して伸び始めた。
 さしずめ前世で言うところの『ろくろ首』のような衝撃映像だ。
 だがその首を、五体のゴーレムが押さえつける。

「! 詠唱もなしに、ゴーレムを!?」
「早く!」
「オリバーさ……」
「行くぞ! 君がいては、彼が戦えない!」
「っ!」

 心配してくれるのは心から嬉しい。
 だから少し、やる気が出た。元気が出た。

(俺にあんまり、興味なさそうだったけど、エルフィー……心配して、こんな危ないところに駆けつけてくれるなんて……)

 ゴーレムたちが、腕をタックたちの捕まえる。
 ばき、ばき、骨を砕きながらオリバーから引き剥がす。

「うぎいいいぃ! オリバーァ! オリバァァァァ!」
「あのおんな! あのおんなぁぁぁ! ころす! ころすううぅ!」
「……ふう、まったくもって自己主張が激しすぎる」

 パン、と肩を『清掃』魔法で綺麗にする。
 もちろん、噛まれて穴の空いた部分は元に戻らない。
 一日で仕立で直してもらった衣装とはいえ、色は気に入っていたのでもったいないと思う。
 左右の顔がぎゃあぎゃあと騒ぐ化け物を、オリバーは睨みつける。

「「……!」」

 称号スキル『威圧』。
 自分よりも総合レベルの低い相手を威圧して行動不能、または制限する。
 同じく『魅了』。
 総合レベルは関係なく、相手の美醜感覚に働きかけて行動を制限する。
 さらに『誘惑』。
 総合レベルは関係なく、魅了した相手を操作、誘導出来る。また、反対に美醜感覚が伴わなくとも『魅了』や『求心力』へと導く事が出来る。

「「……」」
「?」

 急に大人しくなったタックとミリィの融合体に首を傾げるオリバー。
 今の自分が顔を隠していない事……いまいちその自覚がない。
 発動している三つのスキル。
 その威力は相乗効果で魔物にさえ効果覿面こうかてきめんだ。
 ゴーレム五体がかりで押さえつけられているので、動かなくなったのはそのせいだろう。
 そう彼なりに結論づけて、どうしたものかと改めて目の前に現れた化け物を見下ろした。
 二人の人間が継ぎ接ぎのようにくっついている。

(間違いない……これは、スレリエル卿の厄呪魔具で作られた『キメラ』の症状……)

 足下から迫り上がるような、そんな感覚。
 いや──知っていた。
 あの男、ミシェラ・スレリエル卿のやり方を……。
 だが、まさか……敵対していたとはいえ、知っている顔がなんて、誰が思う?

(気持ち悪い。気分が悪い)

 人を、命を、なんとも思わないその感覚が理解出来ない。
 心の底からあの男を軽蔑する。

「ルークトーズ殿! 待たせした! そのまま押さえつけていてくれ! ぼくたちの魔法で……っく!」
「ハルエル様! 瘴気が!」
「いけません、近づかれては!」

 騎士たちの声に顔を上げて周りを見た。
 オリバーには効果がないから気づかなかったのだ。
 あの美しい庭園が今は見る影もない。
 瘴気に侵され、花は枯れ、葉は腐り落ちていく。
 そうだ、これも忘れていた。
『キメラ』はAランクの魔物と同等となり、瘴気を放つ。
 唇が震える。
 心の底から……。

「っ……」
「「……!」」

 この二人を、哀れに思う。

「ヤメロ……その目を、ヤメロ……見るな……なんだ、その目は……気持ち悪がれ、見下ろせ、蔑め……ヤメロ、その目は……!」
「あ……あ ァ ァ ァァァァ! アァァァァァアアアァ!」
「憐むなぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」

 ゴーレムが四本の腕に持ち上げられ、ぶつけ合う事ですべて破壊される。
 ボゴボゴ音を立てて、四本の手足を持つキメラが再誕した。
 タックはともかく、ミリィは涙を流し始める。
 やはり彼女には分かっていたのだ。

 ──自分がもう元に戻らない化け物になった事を。

『アアアアアアアァァァア! ァァァァアァァァ!』

 人の言葉を失くした、二つ頭の化け物は、腕を持ち上げる。
 ミートウォールに比べて小さな体だが、素早い動きと鋭い爪が脅威だ。
 騎士団ならば聖魔法を使える者もいるだろうが、やはりオリバーがやるべきだろう。
 この二人をこんな風にしたきっかけは、まず間違いなくオリバーなのだから。

「……!」

『鑑定分析』で弱点を探る。
 期待はあまりしていなかったが、一応結果は出る。

【タック+ミリィのキメラ】
 元人間。タックとミリィが融合してキメラとなった姿。
 全ての耐性が上昇しているが、弱点は『火属性魔法』。

 人間ならば火で焼かれるのは恐怖だろう。
 だがそれで送る事が出来るのなら、痛みも感じないほど圧倒的な火力で一瞬で消炭にしてやりたい。

(なんで俺の得意属性は火じゃないんだろう)

 オリバーには出来ない。
 彼と彼女を苦痛なく送ってやる事が。

「イディンテッド卿! 火の魔法は使えますか!」
「! つ、使える! そいつの弱点は火なのか!?」
「はい! 瘴気は俺がなんとかします! 彼らを一撃で……どうか一撃で苦痛から解放してあげて欲しい……!」
「……!?」

 彼らがどの程度『鑑定』や『分析』でこのキメラの事が分かるのか、オリバーには分からない。
 ただ、人としては映らないはずだ。

「まさか……元々は人間だったのか……?」
「え!」
「ま、まさか?」
「き、君の知り合いだったのか」

 瘴気が溢れる向こう側から、ハルエルの声がする。
 四本の腕が組み合わさり、叩き落とされる攻撃を避け、収納魔法から槍を取り出す。
 弓矢のような長距離武器で暴れられる場所ではない。
 先ほど持っていた槍よりも、高い数値のその槍は……祖父がくれたもの。

火玄かげん獄槍ごくそう
『火属性』
 物理攻撃力数値1950。

 火属性『聖霊石』のはめ込まれた、聖霊武具。
 身体強化を重ねがけ、『鋭利化』『貫通力上昇』『火属性効果上昇』を付加していく。
 対して『彼ら』には『火属性耐性減少』『愚鈍付加』『防御力低下』『魔法防御力低下』を付加する。

「え? あいつ、瘴気どうにかするって言った?」
「は、はい、そう聞こえ、ました……ね?」
「瘴気を消す!? 聖魔法が使えるのか!?」
「ジェイル……」

 ハルエルのところへ駆けつけたのは近衛騎士団団長のジェイル。
 今、宮廷魔法使い内でも聖魔法が使える者はいない。
 公帝が聖魔法を嫌っているからだ。
 だが今回は盛大にそれが裏目に出た。

(瘴気は拡散済み。これ以上拡散させないためにも一度封じ込める。デバフで動きが鈍り始めたら……)

 キメラはオリバーを狙う。執拗に。
 だから途中、オリバーが騎士団へ「愚鈍付加を!」と頼めばすぐさま遠くからデバフを重ねがけしてくれる。
 ありがたい、オリバーでは数時間かかりかねなかった。

「もっと重ねがけしろ! あの魔物はAランククラスだ!」
「瘴気がある、ここより前へ出るな!」
「範囲が届かない者は下がれ! 動かなくなったところを弓で狙う! 弓兵へ強化魔法を!」

 上手い連携だ。
 さすが城の騎士。
 逃げ回りつつ、爪を裂け、その爪の間に槍を通して叩き折る。
 悲鳴を聞くのがつらかったが、こちらも命を狙われているのだからおあいこだ。

「今なら捕らえられる! ありがとうございます! クォレドゥーレン・ファレス!」
『!』

 素早かったキメラも幾重にも重ねられた『愚鈍付加』で足が遅くなっていた。
 それでも、普通の魔物ならば二、三かければ動けなくなる魔法だ。
 動きが鈍くなったおかげで『結界』に閉じ込められた。
 その隙に、再び集中する。

「聖なる光よ、浄化せよ! エルキ・ツ・ゾハザ!」

 周辺の瘴気の浄化である。
 おお……という感嘆の声。
 だがこれで終わりではない。

『ウギエエエエエエエエエェ!』
「くっ!」

 ドゴッ!
 ……鈍っているはずの体での体当たり。
 サラマンダーや、グレートボア、ミートウォールよりも小さな体のはずだというのにオリバーの精神に直接関わるほどの突撃をしてきた。

「瘴気が消えた!」
「ルークトーズ殿! 大丈夫ですか!」
「は、早く魔法で……」
「これは、『防御壁』か?」
「すごい、捕らえたぞ!」
「ダメだ! まだ!」

 ドッ!
 二度目の体当たり。
 ビシィ! と激しい音をたてて、ひびが入る。
 一瞬喜んだ騎士たちから笑顔が消えた。

「……なんだ、この、攻撃……あ、ぐっ」
「大丈夫か!?」
「ジェイル、ルークトーズ殿を頼む! 火の魔法を使える者は集まれ! 出てきた瞬間丸焦げにしてやるぞ!」
「「「お、おお!」」」
「手を貸せ!」

 ジェイルに抱えられて、テーブルや椅子でバリケードを張られた内側に運ばれる。
 お菓子や軽食、飲み物、飾りが散らばった凄惨な現場。
 それに、心が痛んだ。

「怪我はなさそうだが……大丈夫か? 治癒魔法の使い手があちらですまんな」
「いえ、違うんです……聖魔法は……精神力のようなものを……食われるので……」
「精神力?」

 おそらく、正しくは霊力。
 だが、あまりにもここではそれが上手く扱えない。
 なにかに阻害でもされているかのようだ。
 だから普段ならひび一つ入らない『結界』に容易く日々が入る。
 体当たりの音でまた、体が痛む。

「うっ!」
「い、一体聖魔法とは……。お、おい! ハルエル! ルークトーズ殿の様子がおかしい!」
「だ、大丈夫です! 大丈夫なので……まず、あの人たちを……」

 キメラとなってしまった二人の魂を……どうか──。

「あの二人を助けて……!」
「……二人……? 助け、る? 魔物の話か?」

 がしゃぁん! と、ガラスが砕けるような音がしてオリバーが聖魔法で形作った『結界』が破られる。
 その瞬間、魔法使いたちが合同で練り上げた『グエンシェンドファイア』という火属性魔法がキメラを覆い尽くす。
 人一人が練り上げる魔法では、決して出せない威力のその魔法の直撃を食らったキメラは甲高い悲鳴をあげた。

『ギィイイァアアアアァァ! イヤダ、イヤダァァ! シニタクナイ、シニタクナイ! シンデ、タマルカァアァァ!』
「なっ!」

 バキバキバキ……体が砕ける、いや、破れる。
 まるで片方を差し出して自分は助かりたいと叫ぶように、片方の頭が体を捨てて飛び上がった。

「なんっ!」
「ひいぃ」
『ギャアアアアアアアァァァア!』

 叫びながら頭の一つが空へと飛んで消えていく。
 残された体が手を振り上げて、騎士たちに襲いかかるので騎士たちは一度四方八方へ避けた。
 どさりとその場で倒れ、ジタバタと蠢く体。
 時代に動かなくなり、か細い声を上げながら痙攣を始める。

「…………っ」

 本当なら、なんの苦痛も与えずに焼き殺してあげたかった。
 だが残念ながら、もう……彼らは楽に死ぬ事の出来る体ではなかったのだ。

(もっと力があれば……強ければ……)

 苦しんで死なせてしまった事を心から申し訳なく思う。
 溢れた涙を拭いながら、その時やっと、自分の仮面がない事を思い出した。

「あ」
「あ?」

 涙が引っ込む。
 そして、恐る恐る周囲を見回した。
 ジェイル騎士団長以外、キラキラとした眼差しでオリバーを眺める騎士ばかり。
 それに気がついたジェイル騎士団長が「そ、そういえば貴殿は『魅了』持ちだったのだな! だ、誰か! 彼の仮面を探してこーい!」と叫んでくれる。
 オリバーは慌てて上着を脱いで頭から被った。

「…………」

 人の人生を狂わせた顔だ。
 二人も……いや、二人とも元々かなりトチ狂っていた人間なのだが……それでも……。

(……こんな称号……いらなかった……)

 
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