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四章 冒険者『Bランクブロンズ』編
貴族冒険者【後編】
しおりを挟むそんな風に思った時だ。
乱暴に扉が開けられる音が、ギルド内に響いた。
「ほらほらボロギルドの雑魚ども! このジャニーロ様が来てやったぞ! 跪いてお迎えしろ! はははははは!」
そしてなんとも高圧的なセリフと声が響く。
受付嬢がしゅん、と肩を落として頭を下げて、冒険者たちは目を背ける。
いかにも関わりたくない、というその空気に頭痛を覚えた。
「あん? なんだお前、見ない顔だな?」
「そこを退け! ジャニーロ様が依頼を受けられるんだぞ!」
どかどかと近づいてきたお供に、分かりやすく絡まれてしまった。
だが、ここで退くつもりはない。
その方が面倒は少ないと分かっているが、時々痛い目には遭ってもらった方がいいだろう。
なにしろ振り返って見たその男たちの冒険者証は、『Aランクシルバー』。
見栄を張るにしてもやりすぎである。
「……隣の受付が空いているのですから、そちらをご利用になればいいのでは?」
「なんだと?」
二人いたお供のうち、一人が睨み下ろしてきた。
たいそうな体格だ。
190センチはあるだろう。
筋骨隆々。
このナリならば『Aランク』と言われても納得しそうにはなる。
しかし……。
(全然弱そう。魔力が感じられない)
獲物も派手な斧を背中に背負っている。
手入れも行き届いていて、綺麗だ。
というか、手入れが行き届きすぎてむしろ新品に見える。
いや、そもそも使っていないんじゃないか?
綺麗すぎて戦いの痕跡がない。
「こちらの方をどなたと心得る!」
「知りません。昨日この町に着いたばかりなので」
「なんだとおおお!」
テーブルに立って立食している冒険者たちの肩が分かりやすく震える。
後ろの受付嬢も笑いを堪えるのに必死だ。
お供が本気で驚いているので、それが面白かったのだろう。
それだけこの連中はこのギルドで幅を利かせていたという事だ。
久しぶりに反論されて、慌てふためいている。
「くっ! ならば今! 覚えろ! この方はマグゲル領、東の町『イラーザゾの町』の町長ご子息! マグゲル伯爵の甥っ子にあたるジャニーロ様だ!」
「ああ、やっぱりイラーザゾ子爵家のジャニーロ様でしたか」
「「「は!?」」」
「お初にお目にかかります。俺は『クラッシュ地方』クロッシュ侯爵家三女、アルフィーと『トーズの町』町長ルークトーズ子爵の長男ディッシュ男爵の第一子、オリバー・ルークトーズと申します。……伯母上がよくお世話になっているそうで」
「………………お、おば……?」
「はい。伯母が」
声が分かりやすく裏返るジャニーロ。
そしてあからさまに震え始めた。
その様子に冒険者たちも興味深そうに視線を向け始める。
「よくジャニーロ様がお出かけされると、伯母が迎えに行く事が多いとか」
「…………」
「ご存じですよね? 俺の伯母」
「……お……伯母…………伯母?」
「はい、伯母です。この地方……『イラード地方』を担当する第二騎士団団長マルティーナ・クロッシュです」
「……………………」
静まり返るギルド内。
ただし、オリバーを除いたほぼ全員の肩が震えている。
ジャニーロたちは半泣きになり始めているが、冒険者たちは半笑いになり始めていた。
「ああ、そういえば依頼を受けに来られたんですね。お隣、空いてますよ? それともやはり俺が退けた方がいいでしょうか?」
「…………あ、いや……きゅ、急用を思い出したから今日はやめてお──……」
「あ、いえ、お待ちください! そうだ! とてもいい事を思いつきました! ジャニーロ様も冒険者ならば俺とパーティーを組んでくださいませんか? 一人だとBランクの依頼が受けられなくて困っていたんです!」
「へっ?」
裏返る声。
にっこりと微笑むオリバー。
ついに一人の冒険者が噴き出した。
逃げようと踵を返したジャニーロとそのお供は、すごい顔で振り返った。
「見たところお三方は『Aランクシルバー』なんですね。それはら『Aランク』の依頼も受けられそうです。お姉さん、『Aランク』の依頼書を見せて頂けませんか? パーティー四人ならそれなりに危険な場所も行けると思うんです」
「かしこまりました! こちらをどうぞ!」
物凄い速さで依頼書の束が出てきた。
オリバーもさる事ながら、この受付嬢も顔が半笑いである。
さて、それではとオリバーは満を辞して振り返った。
「…………ふふ」
いない。
そこには誰も。
あの三人はオリバーが受付へ振り向いた瞬間に、ギルドから飛び出していったのだ。
その瞬間を見られなかったのは残念だが、オリバーが笑ってしまうとそれを皮切りにギルド内が大爆笑の渦に巻かれた。
「見たかジャニーロのあの顔! 最高じゃねえかお前ェ!」
「貴族はどいつもこいつも同じだと思ってたら……」
「つーか、お前マジでCランクの依頼書見てんのな」
「堅実に実績を重ねていきたいと思っております」
一瞬でギルドの空気が緩くなった。
元々『ミレオスの町』の冒険者たちがオリバーを「一人前」扱いして接していたので、ジャニーロと完全に一緒くたにはされていなかったのだそうだ。
とはいえ、やはり貴族冒険者でランクが高いとなるとジャニーロと同じ可能性がある。
なのでかなりピリピリと睨みつけられていたわけだ。
しかしそれもあのやり返し。
鬱憤が溜まっていた『マグゲルの町』のギルドは、湧きに湧いた。
「いやー、スッキリしましたねー! ありがとうございます、オリバー様!」
「『様』は結構です。俺自身に爵位があるわけでもありませんので。あ、これお願いします」
「承ります。モーブの討伐ですね。はい、問題ないです。期日は一週間以内、目標討伐数は三体。それではよろしくお願いします」
「はい、では行ってきます」
「おう、面白いもん見せてもらったからな。戻ってきたら奢ってやるよ」
「楽しみにさせて頂きます」
会釈して去っていくオリバーをギルド内は和気藹々と見送った。
それから屈強な数人のパーティーが、受付嬢のいるカウンターに近づく。
「いや、マジでアレ貴族なのか?」
「みたいですね。腕輪の冒険者証は本物でした」
「カァー……全然貴族に見えねぇな。いや、立ち居振る舞いは完全に貴族様なんだが……」
「だなぁ。貴族冒険者であんなの初めて見たぜ」
「『クロッシュ地方』の貴族冒険者ってみんなああなのかね?」
「どうかしたのか?」
「あ、マスター」
棚の隙間から顔を出したのは髭を生やした男性……この町のギルドマスターだ。
大爆笑の大騒ぎを不思議に思い、二階の執務室から降りてきたのだろう。
そんなギルドマスターへ、男たちが思い出し笑いで涙を浮かべながら先程の出来事を話した。
それはもう身振り手振りを交えて……しかしどうしても笑いの方が先に来てしまい、うまく伝わらない。
そこを受付嬢が捕捉して、ようやく彼らが大爆笑していた理由を知った。
当然ギルドマスターも散々煮湯を飲まされてきたのだ、それを聞いた途端大口を開けて大爆笑だ。
「そりゃ見たかったな~!」
「だろう? ありゃ将来有望だぜ」
「つーか、庶民の味方っつーか……なあ? 他の貴族冒険者とぁ、比べもんにならねーな」
「そりゃ『ミレオスの町』の冒険者どもも味方するわ」
「間違いねぇ」
「ふむ……。しかし、彼はなぜこの町に来たんだ?」
ギルドマスターの疑問に、男たちは笑顔を消して真顔になる。
確かに普通、冒険者は特定の町に居座る事が多い。
だがそこは受付嬢が答えた。
「どうやらマグゲル伯爵に面会を希望しておられるようですね」
「マグゲル伯爵に? ふーむ? もしかして、ルークトーズ令嬢とウェルゲム様のご婚約でも決まりそうなのか?」
「貴族の政略結婚てやつですかぁ?」
「まあ、な。だが、あちらにウェルゲム様と婚約して得があると思えないなぁ。だがまあ、将来有望なら面会は俺の方からも伯爵に推奨しておこう。久しぶりに腹の底から笑った」
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