上 下
41 / 83
四章 冒険者『Bランクブロンズ』編

貴族冒険者【後編】

しおりを挟む

 そんな風に思った時だ。
 乱暴に扉が開けられる音が、ギルド内に響いた。

「ほらほらボロギルドの雑魚ども! このジャニーロ様が来てやったぞ! 跪いてお迎えしろ! はははははは!」

 そしてなんとも高圧的なセリフと声が響く。
 受付嬢がしゅん、と肩を落として頭を下げて、冒険者たちは目を背ける。
 いかにも関わりたくない、というその空気に頭痛を覚えた。

「あん? なんだお前、見ない顔だな?」
「そこを退け! ジャニーロ様が依頼を受けられるんだぞ!」

 どかどかと近づいてきたお供に、分かりやすく絡まれてしまった。
 だが、ここで退くつもりはない。
 その方が面倒は少ないと分かっているが、時々痛い目には遭ってもらった方がいいだろう。
 なにしろ振り返って見たその男たちの冒険者証は、『Aランクシルバー』。
 見栄を張るにしてもやりすぎである。

「……隣の受付が空いているのですから、そちらをご利用になればいいのでは?」
「なんだと?」

 二人いたお供のうち、一人が睨み下ろしてきた。
 たいそうな体格だ。
 190センチはあるだろう。
 筋骨隆々。
 このナリならば『Aランク』と言われても納得しそうにはなる。
 しかし……。

(全然弱そう。魔力が感じられない)

 獲物も派手な斧を背中に背負っている。
 手入れも行き届いていて、綺麗だ。
 というか、手入れが行き届きすぎてむしろ新品に見える。
 いや、そもそも使っていないんじゃないか?
 綺麗すぎて戦いの痕跡がない。

「こちらの方をどなたと心得る!」
「知りません。昨日この町に着いたばかりなので」
「なんだとおおお!」

 テーブルに立って立食している冒険者たちの肩が分かりやすく震える。
 後ろの受付嬢も笑いを堪えるのに必死だ。
 お供が本気で驚いているので、それが面白かったのだろう。
 それだけこの連中はこのギルドで幅を利かせていたという事だ。
 久しぶりに反論されて、慌てふためいている。

「くっ! ならば今! 覚えろ! この方はマグゲル領、東の町『イラーザゾの町』の町長ご子息! マグゲル伯爵の甥っ子にあたるジャニーロ様だ!」
「ああ、やっぱりイラーザゾ子爵家のジャニーロ様でしたか」
「「「は!?」」」
「お初にお目にかかります。俺は『クラッシュ地方』クロッシュ侯爵家三女、アルフィーと『トーズの町』町長ルークトーズ子爵の長男ディッシュ男爵の第一子、オリバー・ルークトーズと申します。……伯母上がよくお世話になっているそうで」
「………………お、おば……?」
「はい。伯母が」

 声が分かりやすく裏返るジャニーロ。
 そしてあからさまに震え始めた。
 その様子に冒険者たちも興味深そうに視線を向け始める。

「よくジャニーロ様がお出かけされると、伯母が迎えに行く事が多いとか」
「…………」
「ご存じですよね? 俺の伯母」
「……お……伯母…………伯母?」
「はい、伯母です。この地方……『イラード地方』を担当する第二騎士団団長マルティーナ・クロッシュです」
「……………………」

 静まり返るギルド内。
 ただし、オリバーを除いたほぼ全員の肩が震えている。
 ジャニーロたちは半泣きになり始めているが、冒険者たちは半笑いになり始めていた。

「ああ、そういえば依頼を受けに来られたんですね。お隣、空いてますよ? それともやはり俺が退けた方がいいでしょうか?」
「…………あ、いや……きゅ、急用を思い出したから今日はやめてお──……」
「あ、いえ、お待ちください! そうだ! とてもいい事を思いつきました! ジャニーロ様も冒険者ならば俺とパーティーを組んでくださいませんか? 一人だとBランクの依頼が受けられなくて困っていたんです!」
「へっ?」

 裏返る声。
 にっこりと微笑むオリバー。
 ついに一人の冒険者が噴き出した。
 逃げようと踵を返したジャニーロとそのお供は、すごい顔で振り返った。

「見たところお三方は『Aランクシルバー』なんですね。それはら『Aランク』の依頼も受けられそうです。お姉さん、『Aランク』の依頼書を見せて頂けませんか? パーティー四人ならそれなりに危険な場所も行けると思うんです」
「かしこまりました! こちらをどうぞ!」

 物凄い速さで依頼書の束が出てきた。
 オリバーもさる事ながら、この受付嬢も顔が半笑いである。
 さて、それではとオリバーは満を辞して振り返った。

「…………ふふ」

 いない。
 そこには誰も。
 あの三人はオリバーが受付へ振り向いた瞬間に、ギルドから飛び出していったのだ。
 その瞬間を見られなかったのは残念だが、オリバーが笑ってしまうとそれを皮切りにギルド内が大爆笑の渦に巻かれた。
 
「見たかジャニーロのあの顔! 最高じゃねえかお前ェ!」
「貴族はどいつもこいつも同じだと思ってたら……」
「つーか、お前マジでCランクの依頼書見てんのな」
「堅実に実績を重ねていきたいと思っております」

 一瞬でギルドの空気が緩くなった。
 元々『ミレオスの町』の冒険者たちがオリバーを「一人前」扱いして接していたので、ジャニーロと完全に一緒くたにはされていなかったのだそうだ。
 とはいえ、やはり貴族冒険者でランクが高いとなるとジャニーロと同じ可能性がある。
 なのでかなりピリピリと睨みつけられていたわけだ。
 しかしそれもあのやり返し。
 鬱憤が溜まっていた『マグゲルの町』のギルドは、湧きに湧いた。

「いやー、スッキリしましたねー! ありがとうございます、オリバー様!」
「『様』は結構です。俺自身に爵位があるわけでもありませんので。あ、これお願いします」
「承ります。モーブの討伐ですね。はい、問題ないです。期日は一週間以内、目標討伐数は三体。それではよろしくお願いします」
「はい、では行ってきます」
「おう、面白いもん見せてもらったからな。戻ってきたら奢ってやるよ」
「楽しみにさせて頂きます」

 会釈して去っていくオリバーをギルド内は和気藹々と見送った。
 それから屈強な数人のパーティーが、受付嬢のいるカウンターに近づく。

「いや、マジでアレ貴族なのか?」
「みたいですね。腕輪の冒険者証は本物でした」
「カァー……全然貴族に見えねぇな。いや、立ち居振る舞いは完全に貴族様なんだが……」
「だなぁ。貴族冒険者であんなの初めて見たぜ」
「『クロッシュ地方』の貴族冒険者ってみんなああなのかね?」
「どうかしたのか?」
「あ、マスター」

 棚の隙間から顔を出したのは髭を生やした男性……この町のギルドマスターだ。
 大爆笑の大騒ぎを不思議に思い、二階の執務室から降りてきたのだろう。
 そんなギルドマスターへ、男たちが思い出し笑いで涙を浮かべながら先程の出来事を話した。
 それはもう身振り手振りを交えて……しかしどうしても笑いの方が先に来てしまい、うまく伝わらない。
 そこを受付嬢が捕捉して、ようやく彼らが大爆笑していた理由を知った。
 当然ギルドマスターも散々煮湯を飲まされてきたのだ、それを聞いた途端大口を開けて大爆笑だ。

「そりゃ見たかったな~!」
「だろう? ありゃ将来有望だぜ」
「つーか、庶民の味方っつーか……なあ? 他の貴族冒険者とぁ、比べもんにならねーな」
「そりゃ『ミレオスの町』の冒険者どもも味方するわ」
「間違いねぇ」
「ふむ……。しかし、彼はなぜこの町に来たんだ?」

 ギルドマスターの疑問に、男たちは笑顔を消して真顔になる。
 確かに普通、冒険者は特定の町に居座る事が多い。
 だがそこは受付嬢が答えた。

「どうやらマグゲル伯爵に面会を希望しておられるようですね」
「マグゲル伯爵に? ふーむ? もしかして、ルークトーズ令嬢とウェルゲム様のご婚約でも決まりそうなのか?」
「貴族の政略結婚てやつですかぁ?」
「まあ、な。だが、あちらにウェルゲム様と婚約して得があると思えないなぁ。だがまあ、将来有望なら面会は俺の方からも伯爵に推奨しておこう。久しぶりに腹の底から笑った」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編集】リアル・ラブドールの憂鬱

ジャン・幸田
SF
 ラブドールに中の人はいない! はずだが、実は我がキジネコ・サービスが提供するサービスは本物の女の子が入っている。そんな、中の人にされた女の子の苦悩とは? *小説家になろうのアダルトコンテンツに同名で連載している作品と同じです。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

宇宙航海士育成学校日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 第四次世界大戦集結から40年、月周回軌道から出発し一年間の実習航海に出発した一隻の宇宙船があった。  その宇宙船は宇宙航海士を育成するもので、生徒たちは自主的に計画するものであった。  しかも、生徒の中に監視と採点を行うロボットが潜入していた。その事は知らされていたが生徒たちは気づく事は出来なかった。なぜなら生徒全員も宇宙服いやロボットの姿であったためだ。  誰が人間で誰がロボットなのか分からなくなったコミュニティーに起きる珍道中物語である。

処理中です...