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三章 冒険者『Cランクプラチナ』編
新しい相棒と旅立ち
しおりを挟む「よーし、運べ!」
「「おーう」」
翌日、湖の側の木を切り倒し、畔を広げる作業が行われていた。
鍛治や日常生活で使う薪、建設用の木材など、木にはたくさんの使い道がある。
切ったものはフェアリーたちが乾燥させ、水分を抜いて『アルゲの町』のドワーフにより解体、軽くして町へと運ばれていく。
「他のところも手入れしねーと、森が枯れちまうから本当に助かるぜ」
『運ぶの手伝う!』
「おお、助かる」
『浮遊、わたしたちも使えるよ!』
『任せて、任せて』
『町まで運べばいいんでしょ?』
『わーい!』
その作業は『アルゲの町』に住む獣人、ドワーフ、人間と、フェアリーたちを加えて行われていた。
不思議な光景だが、微笑ましく幸せな光景に思える。
オリバーは画面の下で目を細め、周囲の『探索』を続けた。
まだファントム・ジャックが残っているかもしれない。
「オリバー、昨日あげた石は役に立ったのだわ?」
「はい、とても」
「うふふふふ! 畔を広げて、ここを花畑にしてくれるんでしょう?」
「はい、町長とゴリッドさんに頼んでおきましたから、大きな石を取り除いて土を整備したらやってくれますよ」
「うふふふふ、うふふふふ! 楽しみ! 楽しみなのだわ! 人間ってすぐ襲ってくると思ってたけど、話せば頼み事も出来るものなのね!」
「リーニアさんが俺の頼みも聞いてくれたから、分かり合えると思ったんですよ。だから最初のきっかけはリーニアさん、あなたです」
「!」
昨日、リーニアは悩むオリバーに水色の石を差し出した。
なんと『Aランク』の『聖霊石』。
水色という事で『水属性』だった。
これは、と聞くと、ここに止まっていた時、水中に光るものを見つけて『浮遊』を使って取り出したものなのだそうだ。
ありがたく特権を使って魔法を覚えさせてもらい、それは『ミレオスの町』に持って行って買い取ってもらった。
鉄も大量に獲れたため、そちらも買い取ってもらったのだが……。
(まさか金貨一枚相当になるとは……)
冒険者にはあまり縁のない硬貨。
しかし、持っていて困るものでもない。
自分の武器用の量を取り除いてもあの量なので、ギルドの受付嬢にはカウンターに頭を擦りつけるほど感謝されてしまった。
よほど壁作りで鉄が不足していたのだろう。
花畑作りで取り除く大きめの石や手入れのために切り倒す木々も、『ミレオスの町』へ持っていけばいいお金になるはずだ。
そのお金で温泉の施設を充実させれば、公帝が来ても満足させられる設備が整えられる。
なにしろ素材があればドワーフがいる町だ、人間の一流の職人が作るものと遜色ないものを大量生産出来るだろう。
「森が元気になれば花畑が増えるのよね?」
「はい、もう少し広げてもいいと思いますよ」
「うふふ! わたし花畑大好き。でも、オリバーも大好き。わたしオリバーについて行きたいのだわ」
「俺は夢の中で会った初恋の人をお嫁さんにしに行くので、婚姻はお断りしま──」
「んもう、分かってるのだわー。残念だけど……」
「……リーニア、でもね?」
「?」
「おう、『アルゲの町』にはいつでも来な。手伝ってくれた礼に美味いもの食わしてやるよ」
「マジ!?」
どうやらゴリッドはマルティーナのダイアナを見て、対話が出来るなら魔物とも共生していける、と理解してくれたらしい。
元々『アルゲの町』は多種族が住む。
今更魔物が増えても大して変わらないと思っている節がある。
(ま、まあ、公帝陛下が来る事になっても接待はイラード侯爵家の貴族がやるだろうし……町の運営にはそこまで関わらないだろうからいいのかな?)
ふふっ、と笑い合う。
リーニアがオリバーの肩から立ち上がり、光を纏いながら空へと飛び上がり踊り始めた。
『祝福の舞』……リーフ・ティターニアの活性化魔法だ。
回復能力はないが、強化魔法の一種で疲労しにくくなる。
「そういえば坊主、厄呪魔具が効きすぎてるって?」
「少し楽になりました。やはり自分を鍛えなければいけないみたいですね」
「はは、末恐ろしいガキだなぁ。おう、スゴウ!」
「ん、ああ」
ゴリッドが手招きしたのはスゴウ。
居心地悪そうなスゴウへ、ゴリッドが肘を突き出す。
「『マグゲルの町』へ行きたいって言ってたよな? あっち方向には行った事がある。なんならそっちまでパーティーを組むか?」
「え! いいんですか?」
「ああ、まあ、一人旅は危ないからな……」
「助かります!」
新しい魔法も覚えられた。
さらに『マグゲルの町』へ共に行ってくれる冒険者。
願ってもない申し出に、にこりと笑いかけると顔を逸らされた。
ハッとする。
仮面は着けているが、あまり迂闊に笑いかけない方がいいに決まっているのだ。
「あ、ありがとよ」
「へ?」
「な、なんでもねぇ」
しかしそれでも、スゴウは『ミレオスの町』の冒険者。
あまり信用しすぎないようにしなくては、と思った時だ。
ボソリとそう言われて、背を向けられる。
なにを言われたのかとキョトンとしていると、ゴリッドがオリバーの背中を叩いた。
「いっ、え?」
「感謝してんのさ、アレでも『アルゲの町』の出身だからな。女に騙されていきなり冒険者になってしばらくいなかったが……戻るタイミングを見計らってたんだろう。お前が森を開いてくれたおかげで、助言したあいつも町に帰って来やすくなったってわけさ」
「…………」
「だからまあ、駄賃くらいの気持ちで同行させてやんな」
「……はあ……」
なんだそれは、と笑う。
だが、耳まで……いや、うなじまで赤くしているスゴウの後ろ姿を見る限り、そうしてやる方が良さそうだ。
こちらも旅を再開出来るし、一石二鳥。
こういうところは【無敵の幸運】に感謝するしかないだろう。
(しかし……まだ少し体が痛む。仮面を外してる時は痛くなかったのに。……やっぱり厄呪魔具のせいだったのか。うーん、これは確かに使うのに登録や資格が必要というのも頷けるな)
と、少しだけ気落ちした。
しかしオリバーはまだ知らない。
この厄呪魔具の仮面が、通常の厄呪魔具より遥かに強力である事を。
そして、この強力な厄呪魔具でなければ顔面から溢れてしまう『魅了』や『誘惑』を防げない事を。
***
翌日。
「お世話になりました!」
「おう! またいつでも来いよ! 仮面の調整はマケてやるからよぉ!」
「はい!」
ようやくオリバーは『アルゲの町』から『マグゲルの町』へと旅立った。
オリバーが訪れた時は町と呼ぶには小さな町だったが、人が戻れば活気ある町へと復活するはずだ。
「ここから『マグゲルの町』までは歩きで四、五日かかる。途中野宿と『マツイの村』で一泊するぞ」
「分かりました」
「あと、一応俺の戦闘スタイルも説明しておく。ま、見ての通り剣と盾で戦う前衛だ。お前も帯剣してるって事は前衛か?」
「ああ、いえ、俺はどちらかというと後衛のサポートの方が得意なんです。それなら……」
収納魔法、武器一覧を選択する。
そこから取り出したのは弓矢。
スゴウにはギョッとされたが、二人だけのパーティーなら隠す事でもない。
「スゴウさんとの旅の間は、サポートに徹します。前のパーティーでは前衛も少しやっていたので、帯剣したままでもいいでしょうか?」
「お、おお……お前収納魔法持ってんのか……すげーな」
「…………」
こうして始まったスゴウとの旅。
話す事も特になく、また不思議なほどに魔物も出ない。
野宿も平和そのもので、拍子抜けしたほど。
三日目……『マツイの村』が見えてきて、さすがに顔を見合わせた。
「妙だな」
「そうですね、順調すぎますね」
疑心暗鬼は良くない。
しかし、冒険者である以上『人間』を一番に疑いたくなるのは仕方ないだろう。
だが、向こうがこちらを疑う目で見下ろすという事は、だ……。
「なるほど、我々はあまり関係ないみたいですね」
「あ? どういう意味だ?」
「正直、俺もスゴウさんがこちらを嵌めようとしているのかと思ったんですが……スゴウさんは俺を疑いましたよね」
「は? そりゃ俺じゃなきゃあ、テメェが……、……そうか、じゃあ違うな」
「はい」
そう、お互いを怪しんでいるという事は、この事態は本当に偶然かあるいは他の要因という事だ。
「魔物がこの辺りを一切うろついていない理由にはいくつか要因が思いつきます。村が依頼して冒険者に狩られたばかりか、もしくは……」
「…………もしくは?」
「Aランクの魔物が縄張りにした……ですね」
「…………」
ものすごい嫌な顔。
気持ちは分かる。
そんなものがいれば、『ミレオスの町』へ逆戻りして報告しなければならない。
正直、遭遇したらカラーによってはどちらかを囮にして逃げる必要がある。
「面倒だな。まあ、偶然って線もあるし、な」
「そうですね。とにかく『マツイの村』に行ってみましょう」
街道を進み、見つめた先にある村。
立ち止まって剣の柄に手を置く。
「? おい?」
「…………」
「どうした?」
スゴウは立ち止まったオリバーを振り返る。
その表情は不思議そうだ。
だが、オリバーの顔つきにようやくなにかの異常を察知したのか村を見る。
「なにかあんのか?」
「人の気配がありません」
「は? どうしてそんな事が分かる?」
「『探索』で。……生きている人間の反応が感知出来ないんです」
「……そ、それって……」
「…………一度戻るか、村を避けて『マグゲルの町』の冒険者ギルドに報告しましょう。小さいとはいえ村一つの人口の反応がないのは……異様です」
「……ま、間違いないのか?」
「はい」
どうやらスゴウは『探索』魔法が使えないようだ。
『探索』自体は冒険者ギルドで銅貨三枚払えば覚えられるのだが……。
(今更だけど、スゴウさんって歴戦の冒険者ってくらい強いのに初心者感がすごい……)
『アルゲの町』の近くの森でファントム・ジャックを狩り続けてきた事で、彼の戦闘の実力はかなりのものだ。
だが旅に関しては本当に初心者。
オリバーよりも冒険者に必須な魔法スキルを持っていない。
実にあべこべだ。
むしろ帰り道が心配になる。
(うーん……スゴウさんの実力なら『マグゲルの町』に行ってもいいんだけど……スゴウさんの知識に関しては不安なんだよな。どうしよう……? スゴウさんのランクを思うと戻った方がいいんだけど……)
急ぎの旅でもない。
『ミレオスの町』に戻り、そこで応援を呼んでくるのが一番いいだろう。
ただ、オリバーの中で「早く彼女に出会いたい」と焦る気持ちが僅かながらにあるだけだ。
(でも、死んだら元も子もないしな……)
いくら【無敵の幸運】があるといっても、それはオリバーにだけ適応する『称号』。
人の悲しむ顔は見たくない。
誤った判断でなくとも、冒険者になれば常に危険はつきまとう。
ならば後悔しないように慎重になるべきだ。
そしてこの場合、ランクが上であるオリバーが判断すべきだろう。
「一度『ミレオスの町』に戻って、調査隊を依頼しましょう。村一つの人の反応がないのは異様です」
「『ミレオスの町』に行かないのか? ここからなら同じような日数で行けるだろう?」
「確かに可能ですが、知り合いのいる『ミレオスの町』の方が話が通しやすいと思います。それに、今の『ミレオスの町』は以前あった『謎のAランクの魔物』の目撃情報調査隊がまだ残っていると思いますし」
Aランクの魔物が出れば、二ヶ月程度様子を見る場合が多い。
特に以前に噂になった魔物は情報が少なすぎて、調査隊も戸惑っていたようだ。
オリバーたちが街道を移動して三日、魔物一匹にも出会さない事や村一つが異様な空気になっている事態を思うと、Aランクの魔物があの村を拠点にしている事は十分に考えられる。
ただ、村から魔物特有の害意もまた感知出来ないのは気になった。
『ミレオスの町』に寄せられた魔物の情報量を思うと、この不気味さは裏づけとも取れる。
「……一ヶ月前から出ていたAランクの魔物があの村にいるってのか?」
「その可能性がゼロではない、という話ですよ。どちらにしても俺もスゴウさんもCランク冒険者です。万が一を思えば『ミレオス』へ報告する方がいいでしょう。村丸ごと一つがおかしいとなると正直手に余ります」
「……っ……そ、そうだな……分かった」
本当ならばどちらか片方が残り、村の様子を見ていた方がいい。
だが、さすがにこの広野でCランクの冒険者がたった一人、応援が来る数日を野宿で過ごすのは危険極まりないだろう。
オリバーならやって出来ない事もないのだが、本当にAランクの魔物が出てきたらさすがに死ぬ自信がある。
それに、単身のスゴウが無事に町にたどり着ける可能性も減ってしまう。
確実に生き延び、確実に村の異常を伝えるのなら二人で戻るのが最善であると判断した。
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