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序幕

死と、光

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(えーと、あと買うものは……)

 店から出て、町の中を歩く。
 秋葉原に初めて来て浮かれていたように思う。
 明日はついに念願だった冬コミ。
 生まれて初めての一般参加に心が躍る。
 地元のオタク仲間たちの金を預かり、買い物をして作家という神々に貢献して、生のコスプレイヤーを見て……。
 考えただけでワクワクが止まらない。
 特に今回は、大ハマりしていたアニメ作品の二次創作サークルが一つのカテゴリとして複数参加している。
 世にいうチーレム……主人公がチート、ハーレムもので、好き嫌いの分かれるところだろうがヒロインたちが皆可愛らしくて大好きだった。
 とはいえ本当に惹かれたのは、主人公に想いを寄せたが、数多のヒロインを連れ歩く主人公へ告白もせずに身を引く、なんとも奥ゆかしさを感じさせる眼鏡キャラだったんだが……。

「!」

 交差点が見えて、人の多さに改めて驚く。

(はわー、都会はやっぱすげ~なぁ)

 なんて思いながら、ふと、空を見上げた。
 反対車線から悲鳴と『誰か』へ向けた声が甲高くあがる。
 どうしたのだ、とそちらを見た瞬間世界が暗くなり、強い衝撃のあと軽い痛みを感じた。

「?」

 痛み?

「きゃ、きゃああぁ!」
「救急車! 救急車呼べ!」
「やべー! 撮れた! 自殺の瞬間!」
「すげー、通行人潰したとこまでばっちりじゃん!」
「早くアップしろよ! これでマスゴミどもからたんまり金取れるんじゃね⁉︎」
「ぎゃははは!」

 ────……。

 意識が遠のく中、なんとも、最期に聞いた声の無情な事だろうか。
 闇に溶けるように自分が消えていくのが理解出来た。
 身体中の痛み。
 凄まじい熱と寒気。
 波が引くように、“いのち”が“からだ”の外へと引っ張られていく。

 死ぬ。

 直感的に理解した。
 そして最期に聞いた声が語っていた『自殺』。
 自殺した人間の下敷きになって死ぬ?
 そんな交通事故よりも当たる確率の低い死に方──。

(俺にぶつかったひとは……たすかっ、たかな……?)



 がやがや……。

 がやがや……がやがや……。

「?」

 人の声に目を開ける。
 そこはあまりにもなにもない空間。

「? え? え?」

 左右を見回すと、白く半透明なマネキンが何体も歩いていた。
 半透明なマネキンには翼のようなものがついている。
 それらは鎖を持ち、鎖は白い服を着た人の首輪に繋がれていた。

「え? ど、どこ? ここ……」
『こちらへ』
「……え、あ、は、はい?」

 マネキンが声をかけてきたので、思わず返事をしてしまう。
 そして促され、前へと進む。
 次第に人々は列を作り、しかし自分だけはマネキンに促されるままその間を通ってすいすいと先頭へ。
 辿り着いたのはとても美しい純白の女神──ではなく、漆黒の髪と髭を持つ巨人のおっさんの前だった。

「……⁉︎」
「ほう、こいつがその『被害者』か。奴を前へ!」
「ひぃっ!」
「⁉︎」

 体の通り、大きな声でマネキンへ指示を出す巨人のおっさん。
 するとマネキンの一人が鎖を引っ張る。
 髪の長い、一人の女が勢いよく倒れ込んだ。

「その方が殺したのはこの者だ! 自殺だけでも大罪だというのに、貴様はさらに他者の命まで奪った! これで分かったか、己が罪が!」
「……そ、そんな、そんな……」

 女はポロポロと涙を零す。
 胸が、傷んだ。
 ガリガリに痩せこけた頰。
 窪んだ目元。
 それでも涙はとても純粋な後悔。

(……自殺……殺した……? じゃあ、ここは、死後の世界……? 俺、死んだ、んだ……)

 理解した。
 受け入れた。
 自分は死んだ、と、はっきりと。
 そして自分は『彼女』に殺された。
 事故とも言えるだろう。
 自分には彼女を責める権利がある。
 ──だが。

「……あ、あの……俺は……この人はどうなるんですか?」
「沙汰を下す! そこの女は地獄世界で五百年引き回しの刑! ……そして、巻き込まれて死んだお前には転生を勧める!」
「…………」

 転生。
 そう言われて、自分が明日、初めてコミケへ参加する予定だったと思い出す。
 思い出すと次々に溢れる未練。
 両親、妹、友人たちへのお土産、欲しかった神々の同人誌。
 目を閉じる。
 同じ世界への、転生。

「て、転生したら、その、何年後、とかなんですか?」
「同じ世界、同じ惑星への転生は順番待ちとなる。同じ国に転生は更に順番待ちだ。それによって待ち時間は異なるな」
「お、おお……」

 なかなかに生々しい。

「貴様は日本人だろう? 日本は安全だから人気の国の一つだ。数百年待ちになる」
「す、数百年⁉︎」
「その頃まで同じ治安かは分からんが、七十年戦争をしとらん実績があるからな。希望するか? ……ああ、その女は引っ立ててよい」
「!」

 なかなか普通に話せるおっさんだ、と思っていたら、彼女が鎖を引っ張られた。
 ずり、と勢いよく上半身を床に打ちつける女性。
 驚いて、そして気がつけば口を開いていた。

「ま、待ってください! 彼女の刑をやめてあげて欲しいです! あの、俺は……俺、別に彼女を恨んだりとか、してないので!」
「「⁉︎」」

 驚いた顔をするおっさんと女性。
 後ろの『死者』たちもざわついた。
 しまった、と思ったが、口をついて出てしまった言葉は取り消せない。
 居心地の悪さを感じながらも、一度俯いて、しかし、もう一度顔をあげる。

「……とても、とても悲しい目に遭ったから、自殺したと思うんです、その人……。それなのに、またさらにつらい思いをするのは……可哀想、だから……」

 妹がいるのだ。
 彼女の悲しい目を見ると、いじめられて引きこもっている妹を思い出して辛かった。
 妹も冬コミで「この絵師の本を買ってきて」とわざわざ部屋から出てきて頼んできたので、尚更死んだ事は悔しい。
 あの子はますます引きこもったりしないだろうか?
 自分を責めて、苦しまないで欲しい。
 本を頼んでるのはお前だけじゃないんだし。
 そう、心の中でつらつら思いながら彼女を見る。
 泣いているのだ……。

「お、お願いします!」
「…………その方はこの者に未来を奪われたのだぞ」
「傷ついている人をこれ以上傷つけて、誰が幸せになるんですか!」
「どうせ消える記憶と魂だ。地獄で刑をこなした後、地獄に落ちた魂は記憶を洗い流され魂は分解されて別の魂になる素になる」
「それでも! ……俺は……俺が死んだ分は、その、事故にしてください!」
「…………!」

 彼女の刑期を短く出来ないだろうか?
 どうせこれから無関係のところへ行くのなら、せめて──。
 そう、真っ直ぐ見据えて頼む。
 きっとこのおっさんは『閻魔大王』というやつなのだろう。

(確か……あの世では何人もの裁判長みたいな人がいて、閻魔大王はそのうちの一人って漫画で読んだような……)

 このあとも裁判が続くのなら、自分の発言でなんとか……。
 願いを込めて見上げた。

「ふ…………っ、ふははははははは! 面白い!」
「⁉︎」
「なんという男気! よいぞ、最近そういう死者ヤツはとんと見かけぬようになっていたかりなぁ! 気に入った! 特別に異世界への門も開いてやろう! その方の歳の者なら創作世界なども好きなのではないか? ん? 好ましい物語のモデルとなった世界に転生させる事も出来るぞ!」
「え? え?」

 創作世界。
 好きな物語のモデルとなった世界?
 ふと、浮かんだのは一人の少女。
 それも、現実の少女ではない。
 しかしやはり泣き顔だ。
 眼鏡に隠れて……透明な涙が落ちていくあのシーン。

「…………ラノベの……『ワイルド・ピンキー』っていう世界……とか、に……行きたいです。……行けたり、するんですか?」

 その世界は好きだった作品の世界だ。
 無理だと思って口にした。
 するとおっさんは「よかろう」と頷く。
 驚いて顔を上げてみると、おっさんはマネキンになにか指示を出していた。

「だが、なぜその世界へ行きたい!?」
「あ、あの、女の子が…………主人公に振られるのが怖くて、告白したいけど答えを聞くのが怖くて、そのまま別れて、見送って泣いてる女の子を、助けてあげたい……っていうか……」
「!」

 恥ずかしながらオタクとしての初恋なのである。
 もちろん、二次元の相手になんという痛々しさだろうと自分でも分かっていた。
 グッズも少なく、注目度も低い彼女……。
 彼女は主人公に想いを寄せたままずっと泣いて過ごす。
 そんな『負けヒロイン』である、少女エルフィー・エジェファー。
 彼女をなんとか救い出したい。

(ラノベの世界だなんて……出来るのかな?)

 見上げてみるとおっさんは盛大に笑顔を浮かべて再び上を向いて笑い始めた。
 ガッハッハッ、と『死者』たちやマネキンたちが怯えるほど。
 これは、もしかしてまずい事を言ったのだろう、か?

「女のため! よいぞよいぞ! 今時見かけぬ男気! おお、ますます気に入った! よい! その心意気、ならば世界一見目のよい姿として転生させてやろう! 女は見目のよい男が好きだと聞くからなぁ!」
「え? えっ」
「他にも、そうだな……を授けよう。そしてこの加護を使い、見事その想いびととやらを生涯守り抜ける男となれ!!」
「っ! 生涯……守り抜く……」

 脳裏に涙を流す少女が浮かぶ。
 彼女を救い、生涯守り抜ける男になる。

「…………は、はい!」
「よい返事だ! 先へ進め! その方の望む世界への道を開いてやろう!」
「あ、あの、彼女は……」
「その方の男気に免じて裁判はやり直す! 刑期は短くなるだろう!」
「あ、ありがとうございます!」
「行け!」
「はい!」

 マネキンが頭を下げて、手を向けた先に階段ある台座があった。
 走り、その台座へと乗る。
 真っ白な光に包まれて『彼』は消えた。

「……若い! よい若さだ! なんとも気持ちのよい男気。……さて、女……お前が殺した男は行ってしまったぞ。恩返しの一つもしたいと思わんのか?」
「……!」




 ────光だ。
 それはあまりにも強い光。
 あたたかく、眩しく、強く、だがとても優しい。

「おぎゃあ、おぎゃあ!」
「生まれたか!」
「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」
「おおおお!」

 その日、『クロッシュ地方』の『トーズの町』に一人の男児が生まれた。
 冒険者ギルドマスター、ディッシュ・ルークトーズとアルフィー・ルークトーズ夫妻の間に……。

「男の子か……ではオリバーだ。お前は今日からオリバー・ルークトーズだぞ! よろしくな、オリバーよ!」

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