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私のパーティーメンバーが勇者よりも強い件。

攻略開始!

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北東ダンジョンに最も近い街『ユミュール』まではこの王都『ミュオール』から『ゲッシュ』という街を経由して徒歩で一週間程かかる。
だが、荷馬車を借りて移動すれば順調に進んで四日……。
我々が『ユミュール』に着いたのは、四日目の夕方だった。



「……今日はこの街で休んで明日、ダンジョンへ行こう」
「天気が悪いわね。…多少だけど、やはり周辺に影響が出始めているんだわ。僅かだけど瘴気が風に混ざってる」
「ふむ、可能ならば明日にでも最奥のダンジョンボス部屋までたどり着けば良いのだが…」
「無理は禁物だよ、ローグス。気持ちは分かるけどね…」
「そうそうー。それに、無理してこの国の王様たちの思惑に乗ってやる事ないじゃーん」
「そうそう~。あわよくば金髪勇者とその愉快な仲間たちが戻って来なかったら隣国の力を多少削げるのに~とか考えてそうだしね~」
「あー、そうね。フッツーに腹ァ立つわね」
「前歯が全部折れればいいのに、ですわ」
「…………」

エリナ姫…やはり少し性格がひん曲がられたのでは…。

「こほん。…オルガ…その、どうかな少し散歩でも…」
「え! あ、ええと、あの、さ、散歩…」
「い、いや、ランニングの方がいいかな⁉︎ 馬車移動で鈍った足腰を鍛え直す感じで!」
「! それは素晴らしい考えですアーノルス様! 是非!」
「行ってらっしゃーい。俺は腕が鈍った気がするから素振りでもやるよー」

がしっ。
…と、リガル様が掴んだのはカルセドニーの肩。
はて、何故にカルセドニー?
と、思ったら思い切りカルセドニーを担ぎ上げるリガル様。
う、うん?

「ふご! ふごごごごー!」
「そぉーれ!」
「ふごぉおおおおおおおお!」
「カ、カルセドニー!」

カルセドニーを両腕で抱えたままスクワット⁉︎
しかもなんという勢い⁉︎
す、すごい! リガル様!
さすが斧使い! 男のカルセドニーを両腕の力だけで支えて更にスクワットまで!

「…………。行ってきたら?」
「行こうオルガ! リガルに負けてはいられない! 街を五十周だ!」
「はい!」

リリス様にも応援の言葉を頂いたので、強く頷きアーノルス様と共に走り出す。
しかし、街の半分まで来てふと、思い出す。

「そういえば荷物を馬車の中に置きっ放しです」
「大丈夫さ、リリスはあれで気が利くからね」
「…そんな! リリス様のお手を煩わせるなんていけません!」
「ではソッコーで戻ろうか!」
「はい!」

と言うわけでスピードを上げて宿屋の前に戻ると、ちょうどリリス様が私の荷物を荷馬車から下ろしていたところ!
良かった、間に合ったようだ!

「リリス様! 私の荷物は私が自分で運びます!」
「ぎゃああああああああ⁉︎」
「? どうかされましたか?」
「ちょ、速…⁉︎ あ、アンタたち今さっき走りに出かけたばかりじゃない⁉︎ 五分も経ってないわよ⁉︎」
「街が思いの外狭かったからね! 五十周と言ったが追加五十周してもいいかもしれないよ!」
「そうですね、そのくらいでちょうど良いかもしれません!」
「……、……、っ、わ、分かったから、大丈夫だから行ってらっしゃい! 荷物の事は気にしなくていいわよ! どうせ同じ部屋なんだから!」
「しかし!」
「さっさと行って来なさい。でも、一応もう夕方なんだからせめて十周にしなさいよね…! ご近所迷惑になるでしょう⁉︎」
「そういえば!」
「そうでした!」

夜に走っては街の人たちにやかましいと怒られてしまうかもしれないな!
リリス様の言う通り…少し物足りないが日が沈みきる前に切り上げた方がいいだろう。

「しかし十周は物足りないな…。そうだ、オルガ競争しないかい⁉︎」
「良いですね! では尋常に…!」
「………………」
「………………」

あ、合図……。

「あーもー分かったわよ! よーい!」

リリス様が片手を掲げる。
私とアーノルス様は片足を下げ、身をやや屈めて片腕を曲げ胸元へ。
見据えるのは先ほど走って来たコース……。

「始め! ……うひゃあ⁉︎」

手が降りた瞬間、全速力でひたすら走る!
先ほど軽く走ったコースを全力で!
……さすがアーノルス様!
私よりも重い装備なのに、凄まじいスピードだ!
装備といえば、私も鎧のままだったな。
重さもある鎧だが……ふむ、次に競争する時は鎧を脱いで行うべきかもしれない。
男と女では鎧の重さも違うはず。
これでは真っ当な勝負とは言えないかもしれない。

「十!」
「周!」

砂煙が上がる。
スタートした場所に滑り込み……多少止まる時に片足の踏み込みが足りなくて五メートルばかり通り過ぎてしまったけれど……ほぼ同時……か。

「……? エリナ姫、どうされたのですか?」

リリス様ではなく、エリナ姫がスタート地点に佇んでおられた。
私の問いかけに目を伏せたエリナ姫は「リリス様にお願いされましたのよ」とだけ仰る。
そうか、ここ四日程荷馬車移動だったからお風呂に入れなかったものな。
綺麗好きなリリス様はお風呂だろう。
荷物も運んでもらってしまって、後できちんとお礼を申し上げなければ。

「勝負は同着……といったところかな? オルガ!」
「そうですね。次は鎧を脱いで行いましょう! 男女の鎧の重さ分、ハンデになってしまったかもしれません!」
「成る程! それは考えていなかったな。だが、それならば同じ重さの重りを付けて競争した方が鍛錬にもなっていいかもしれないよ!」
「確かに! では今度は小麦の袋を背負って勝負しませんか⁉︎」
「小麦の袋か! それは良い案だ!」
「……。……お二人とも、本日はもう湯浴みされてきてはいかがですか? リガル様もお風呂に行かれましたわよ」
「あ、そうですね!」
「そうだな! 明日はいよいよダンジョンだ! しっかり休もう、オルガ!」
「はい!」
「…………」






ちなみにその頃のリリス様…………。


「うっ…くぅっ……」
「なんだね、どうしたんだね?」
「風圧で飛ばされて顔面を側にあった木の幹にぶつけたんだって~。怪我は治したんだけどね~、関わった事を心の底から後悔してる最中らしいよ~」
「ふむ。邪魔なので早く女部屋に戻るのだよ、リリス。ここは公共のロビーなのだよ」
「優しくしなさいよ! この朴念仁!」
(……ホントだよメガネ~…。オルガ並みの鈍感さんなんじゃないのぉ~…)







********




翌日、なにやら不機嫌そうなリリス様をクリス様が宥めながらの朝食後……いよいよ我々は北東の上級ダンジョンへと向かう。
ダンジョンは『流刑の渓谷』という罪人が落とされる渓谷の狭間に聳える巨大な塔型。
扉は赤く、禍々しい瘴気を周辺に垂れ流していた。
元は緑もあっただろうに、草木は枯れ始め、渓谷の下に流れる川も澱んで濁っている。
早くなんとかしなければこの澱みは『ユミュール』の街まで流れていってしまうだろう。

「こんな時になんだけど、少しワクワクするね!」
「ふ、不謹慎ですが確かに少しワクワクしますね……」
「まあ、オルガったら。わたくしは不安ですわ……まだレベル34なのですもの……」
「あ、だ、大丈夫ですよ、姫様! 姫は必ず私がお守り致します!」
「……オルガ……、……ええ、頼りに致しますわ!」
(あざとーい)
(あざと~い)

アレク様とクリス様が何か言いたげな表情だったが、それを伺う前に扉の前に着いてしまう。
我々の来訪を待ちかねたとばかりに扉はギギギ……と重々しい音を立てて開く。
ぼっ、ぼっ、と…暗かった通路の左右の壁に設置されていたロウソクの勝手に火が灯る。
挑む者を歓迎するかのようなダンジョンに、これまで挑戦した初級ダンジョンとはかけ離れた緊張感を感じた。
尻込みするカルセドニーの尻をリリス様が蹴飛ばす。

「行こう」

アーノルス様の声に、全員が頷く。
先頭をアーノルス様、リガル様、私の前衛。
中衛にはリリス様とアレク様。
後衛にローグス様とエリナ姫とクリス様。
で、あまり戦力にならないカルセドニーが一番後ろを歩いて進む。
通路は比較的広く、レンガが敷き詰められているような壁や床。
天井は平らな岩。
あまり古さを感じない作りが、これまでの初級ダンジョンとは違う。
初級ダンジョンはあちこちがボロボロで、今にも崩れそうな壁や実際崩れた壁もあった。
それに比べてこのダンジョンは、どこもかしこも綺麗に作り込まれている。
それがなんとも…気味が悪い。
一直線にしばらく進むと、道が綺麗に左右に分かれている。
ふむ……。

「二手に分かれる? それとも片方ずつ潰していく?」

リリス様がやはりロウソクに照らされる左の通路を覗き込みながら、アーノルス様に問う。
ここからでも、通路の先がまた左右に分かれているのが見える。
しかし、クリス様がそこで「二手に分かれるのははんた~い」と首を振った。

「そうだねー、僕もはんたーい」
「確かに、戦力が削がれるのは我輩も反対なのだよ」
「いや、そうじゃなくてー」
「どの道を行ってもおんなじだし~、瘴気と魔力の濃度を見るに、壁を壊して進んだ方がいいと思う~」
「か、壁を壊す⁉︎」

なんか果てしなく物騒な事言い出した⁉︎
クリス様は物騒な事を仰りつつも、右手を左右に分かれた道の真ん中…壁へと触れる。
すると、壁がほろほろとスクランブルエッグのように崩れていった。
こ、これは…!

「簡単な幻術だね~。とはいえ、この世界の魔法のレベルを考えるとそこそこ“やる”方だろうけど~」
「面白いねー。空間魔法と幻術魔法の併用…。これは普通の人間じゃ攻略出来ないかなー」
「幻術魔法? クリスちゃん! この壁、魔法で出来てるの⁉︎」
「うん。五感に作用するタイプの魔法~。属性は『風』だね~。空間魔法も『風属性』だから、ここの主は『風属性』だと思って間違いないね~」
「そんな魔法があるとは…。しかし、ダンジョンボスがロード・ウルフだとしてもここまでの魔法が使えるのかね?」
「知性は高い魔物のはずだが…、…流石にこれほど緻密に壁を模倣出来るのだろうか…?」

アーノルス様が壁に触れる。
拳でこんこん、と叩くが…クリス様のように破壊する事は出来ない。
…これが幻術の魔法…。
魔法で作られた、壁…。
信じられない。
もしクリス様とアレク様がいなければ、我々はこの壁に惑わされ道なりに進み、迷っていたのか…!

「こりゃあ、気を引き締め直した方が良いかもしれないわね…。クリスちゃん、壁をこのまま消しながら進んでもらっていい?」
「う~ん、別にいいけど~…空間の広さ的に最短距離を探すのは厳しめ~。フェイクっぽい出入り口をたくさん感じるの~。とはいえ全部の出入り口っぽいのに向かって壁を壊してたらさすがのボクの魔力も続かない~」
「そ、そんなに⁉︎」
「空間の広さもあるけど~、この壁…結構しっかり作り込まれてる~。ボク、『風属性』も得意だけど、だからこそ『分解』するのは骨が折れるぅ~。アレクは~?」
「空間と幻術の複合魔法を力技で壊すのは危ないよねー。下手すると空間が歪んで帰れなくなるものー。…見たところ、壊したら元に戻る『復元魔法』までは掛かってないみたいだから、休み休み壊して進むのがいいかもねー」
「壊したら元に戻る魔法まであるわけ? …や、やだわ~…た、確かにそんなのがかかってなくてよかったかも…」

リリス様が想像したのか、自身の両腕を摩る。
壊したら元に戻る…。
クリス様が切り開いてくださった道が、元に戻ってしまうという事だな。
それは確かに面倒過ぎる…。

「うーん、よく分かんないけど、パッ! って消せたり出来ないの?」

リ、リガル様…なんという無茶振り…。

「出来なくもないけど、僕らお互い得意分野じゃないから少し時間がかかるかもー」
「え、出来るんですか?」

さ、さすがアレク様とクリス様?

「この空間に新しい空間を作ってかぶせるんだよ~。まあ、そっちの方が早いかもね~。魔力と時間は相当食うけど~」
「かなりねー」
「どのくらいかかるんだい?」
「「二時間くらい」」

…お二人の声が揃う。
そして、その時間に押し黙る他ない我々。
それが長いのか短いのか分からない上、彼らの言っている事がとりあえず「いつもよりとんでもない」のだけは分かった。
く、空間?
空間を新しく作ってかぶせ、え?
…空間というのはあのよく分からない空間倉庫的なアレだよな?
あれのでっかい版を二時間で作ってこのダンジョンにかぶせる………ふ、ふうむ?

「……よく分からないが、そちらの方がいいなら任せてもいいかな?」
「んー、まあいいけどー…」
「……ねぇ、アレク、気付いてる?」
「あ、うん。変だよねー」
「ま、まだ何かありますの?」

表情が強張る姫。
この迷宮が我々にとっては十分過ぎるほど変なのだが、まだなにか他にもあるのだろうか?

「魔物がね~」
「一匹もいないんだよねー。この階」
「魔物がいない?」
「……いや、待つのだよアーノルス。それよりも……この“階”?」
「うん、出入り口っぽいのが複数感じられるって言ったでしょ~? 多分階段だと思うんだよね~、登りの」
「……そういえば塔型のダンジョンだったわね……ココ……」
「つまりこれ、一階かぁ~……」

頭を抱えるリリス様とリガル様。
確かにまだ一階で、アレク様とクリス様のお手を煩わせてしまったと……。
ふ、不甲斐ない……!

「南西の大陸にもここまでのダンジョンはなかったな……」
「……確かに。……リリスではないが、確かに気を引き締め直した方が良いのだよ」
「まあいいけどー。とりあえず始めるねー」
「あ、ああ。頼むよ」

両手を床へと向けるアレク様とクリス様。
お二人の足元に広がる白と薄い緑色の魔法陣。
我々では聞き取れない言語の詠唱の後、魔法陣は少しずつ広がっていく。
しかし、かなりのスロー……。
な、成る程……魔法陣を広げていくのに時間がかかるのか…。

「仕方ない、我々は邪魔にならないように後ろで待とう」
「そうね。リガル、騒いじゃダメよ」
「はーい!」
「声が大きいのだよお前は…っ!」
「…………」






それから二時間半。
お二人がようやく腕を上げて額を拭う。
「ふう」という吐息までタイミングが被るあたり、さすが双子……。

「よーし、最後の仕上げ! いくよクリス!」
「オッケー、アレク! せーの!」
「「リヴフゥーリカ・シェーレス・ロ・クロッソ」」

……お二人の国の言語。
我々にはよく分からない。
が、とりあえずリリス様とローグス様は興味津々に聞いているし、魔法陣も熱い眼差しで見つめておられる…。

「!」

お二人の呪文が終わると、光が壁を瞬く間に消していく。
その場に広がったのは草原。
爽やかな風が頬を撫でていく。
天井は雲の浮かぶ蒼天へ変化して、可憐な花がゆらゆらと花弁を揺らした。
な、な、な……!

「なによこるぇぇぇぇえ⁉︎」
「馬鹿な! こ、これが空間魔法だというのかね! 君たちが普段使っているものとは別物ではないか⁉︎」
「そりゃがっつり作り込んだもの~」
「普段は適当に作った倉庫っぽい空間しか使わないものー」
「空間魔法は時間と魔力をしっかり使えばこんな事も出来るんです~」
「面倒臭いからやらないけどねー」
「達人になればボクらほど時間もかからないし~」
「もっと色んな景色や広さの表現も出来るよー」
「とりあえずこの空間に被せられる大きさで作ったから~……」
「僕とクリスは大変に疲れましたー……」

ぽて。
と珍しく座り込むお二人。
確かにお二人がこんなにお疲れなのを初めて見た。
それほど広範囲の空間魔法とはくたびれるものなのか……!

「お疲れ様です。ありがとうございました」
「魔力の完全回復には五日ほどかかりまーす。ご了承くださーい」
「ええ⁉︎ アンタたちが⁉︎」
「空間魔法は神経も使うんだよ~。今回の空間は細部までしっかり作り込まれていたから、上書きも時間と魔力がごっそり~」
「まあ、別にゼロになったわけじゃないから戦闘は可能だけどー……ステンドで使った超広範囲狙撃魔法とかは無理ー」
「あんなの使う事にならないわよ、多分」

うんうん。
思い出して、思わずリリス様に同意して頷く私とアーノルス様とリガル様。
あんなレベルの魔法、そんなにホイホイ使われては逆にドン引きです!

「……! 皆様! ご覧になって! あちらに階段がありますわ!」
「本当! ……草原の中に普通に階段があるわ……」
「ま、まあ、とにかく行ってみよう。二人は歩けるかい? 歩けないなら私の肩に乗ってもいいよ!」
「いやー、歩けるからいいよー」
「肩車状態で階段なんて登られたらさすがに恐怖を感じるぅ~」

……それは……さすがにお二人がごもっともです、アーノルス様……。

「ふご」
「あ、ああ、そうだな! 行こう!」

カルセドニーに促され、私も階段へと歩き出す。
爽やかな風と、草花の香りが少しだけ離れ難さを感じさせたけれど……私は立ち止まるわけにはいかない。
勇者アキレス様と、その聖剣を探さなければならないのだ。



…………階段を上ると今度は半透明な壁が敷き詰められた場所。
床や天井は一階と変わらない。
かなりの広さで、半透明なガラスのようなものに区切られているので圧迫感は感じない。
これは、一体…。

「ふむ…」

ローグス様が親指を唇にあてがいながら部屋を見渡す。
よいしょ、と登ってきたアレク様とクリス様は真逆の表情をした。
にたりと微笑むアレク様と、げっそり肩を落とすクリス様。
な、なんだろう?
私には全く分からないのだが…。

「これはアレだな。赤、青、黄、紫、白の床のパネルを順番に踏まなけれな突破出来ない仕組みなのだろう」
「? よく色が分かったね? ローグス」
「金髪勇者はばっかだなぁ~。階段の色だよ」
「階段の色? 今、我々が登ってきた階段かい? …あ」
「これは!」

階段を上からもう一度見下ろすと、階段の床の色は下から赤青黄紫白…と順番に配置されていた。
そして、この部屋の床をよく見れば一階の床と違い、タイルのフチに奇妙な枠が付いている。
一見しただけでは、どの床が赤、青、黄、紫、白なのか…全然分からないのだが…。

「これは踏んでみなければ色が分からないようなのだよ」
「で、その床の色を順番通りに踏もうにも、あのガラスの壁が邪魔をするってわけね…。床ばかり見て歩くとあのガラスに顔面衝突、と……、……ここのダンジョンの主は最っ低ね! 人のトラウマを!」
「え? リリス様?」
「なにそんなに怒ってるんだい? リリス」
「黙りなさい元凶ども!」

ええ?
なんで怒られたのだろう?
こほん、とローグス様が咳払いする。

「こんなものはメモして進めば一発なのだよ。縦と横のタイルの数を数えながら、壁の位置と床のパネルの色をメモしていこう。それならば脳筋どもでも迷わず向こう側の階段へたどり着けるのだよ」
「成る程! さすがローグス様!」



こうして二階はメモを取りながら、なんとか透明壁と色の浮き出る床を突破した。
ちなみに間違えると壁の位置が変わるという恐ろしい機能があり、私とリガル様とアーノルス様は盛大に苦しめられる事となった……。
…本当に、も、もうダメだと…っ!
恐ろしい部屋だった…!


「…これは…」

そして、三階。
巨大な拳の…石像?
部屋の中には十体程の巨大な拳の石像が定感覚で設置してあった。
なんだこれは?
どういう罠だ?
よく見れば、拳の像の奥に四階へ続く階段らしきもの。
しかし段差はなくぺったんこになっていて、あの角度では登れないな…?
困惑していると突然石像が『じゃーんけーん…』と喋り始めた。
じゃ……、え?

『ぽん!』
『不戦勝~』
「……………………」
「…………まさか」

クリス様がドン引きした表情で呟く。
我々も同じ考えに至り、謎の虚脱感に襲われる。
いや、しかし…他に考えようがない…。
だって今、この石像たちは確かに言ったではないか…。

『じゃーんけーん』
「よ、よし! 俺が行くよ!」

リガル様が一番側の拳に『グー』を突き出す!

『ぽん!』
『先出し~。不戦勝~』
「……………………」

…。
……。
………。
先出しして負けるリガル様。
お、おおう…こ、これは…これはなんという…。

「……恐らく全ての石像に『じゃんけん』で勝利しなければならないようなのだよ」
「よ、よし、手分けして勝とう」
「なんか気が抜けるほど平和ね…」
「よーし! 頑張りますわ!」
「は、はい! 頑張りましょう!」
「ボクら休んでるね~」
「同じくー」
「ふご!」

というわけでクリス様とアレク様を除く我々で石像とのじゃんけん一騎打ちが開始された。
石像のくせに素晴らしいスピードで繰り出される『チョキ』や『パー』。
シンプルなのに負けると異様に腹が立つ。
そして分かったのは、なんと五回勝負!
三回連続で勝ち抜かねば、また最初からやり直し!
頭を抱える者、地団駄を踏む者、絶叫する者……。
たかがじゃんけんと侮っていた我々は、混沌の中へと突き落とされた。
そしてついに、見兼ねたアレク様とクリス様をも巻き込み……白熱のじゃんけん大会はいよいよ最後の一体。
謎の疲労感と、敗北感に膝を折る者が後を絶たない中……なんと最後まで立ち続けたのはカルセドニー!
拳を作り、最後の拳の前に立つ。

「や、やったれダメ元勇者ー」
「今回ばかりは、応援してやるわ~! ダメ元勇者、頑張るのよ~!」
「もはや君だけが頼りだ、カルセドニー君!」
「勝て! 勝つのだよカルセドニー!」
「ふぉいとおおぉ~……」
「勝ったらステンドの事は水に流しますわ~!」
「う、うんうん! このボクが直々にその顔面完治させてあげる~!」
「頑張れカルセドニー……! お前の根性を見せるんだ!」
「ふご!」

張り詰める緊張感。
石像がついにあの言葉を放つ。
『じゃーんけーん……』……くっ、何度聞いたか……もはや一生分のじゃんけんをし尽くした気さえする。
カルセドニーが拳を腹に抱え、奴が『ぽん!』と放った瞬間に『チョキ』を突き出す!
奴の形は『パー』!

「よし! 一勝なのだよ!」

後二回!
後二回、連続で勝ち抜かねばならない!
再びグーの形に戻る石像。
カルセドニーも手を引っ込めて、待つ。
固唾を飲んで我々は見守る。
何時間にも感じる……『じゃーんけーん……』の声。
そして次の瞬間『ぽん!』と石像は『グー』を繰り出した!
カルセドニーは……。

「ふご!」
「やった! パーだよ!」
「よし! よし!」
「その調子よカルセドニ~! 素敵よ~!」
「きゃ~、頑張ってくださいませカルセドニ~!」
「あと一勝! あと一勝!」

……しかし、それ故に空気が恐ろしい程に張り詰めた。
先ほどの何倍…。
石像は拳のまま。
カルセドニーは手を引っ込める。
全員が押し黙った。
唾を飲み込むのすら忘れて、勝負の行方を見守る。
……カルセドニー……お前は昔、負けず嫌いで努力家だったな。
私に負けると泣きながら「もう一回!」と勝つまでやめようとしなかった。
私も負けるのは嫌いなので全力でお前に勝ってきたけれど……。
…泣き虫だけど、諦めが悪く、負けず嫌いで、そして優しい奴。
お前が聖剣を引き抜いた時の事は今でもはっきり思い出せるよ。
カルセドニー…お前はもう勇者ではないけれど…それでも、私の中のお前はずっと変わらない。

『じゃーんけーん……』

カルセドニー……!
お前は、お前ならーーー!

『ぽん!』
「ふ!」


…………っ!


「パーと…………」
「パー……」

あいこ……。
と、いう事は…………っ。

『敗北~~』
「!」

拳の石像が砕け散る。
全ての石像が、後を追うように壊れた。
あいこは……こちらの『勝ち』と判定される。
だから!

「やったああ!」
「勝った!」
「勝ったよ! あのダメダメ元勇者が勝った~~!」
「よくやったのだよ! カルセドニー!」
「ええ、ええ! よくやってくださいましたわ~!」
「カ、カルセドニ~~! よくやった! よくやった~!」
「ふごぉ!」

嬉しさのあまり抱き着く。
多分、嬉しさのあまり力の加減も忘れてしまったのだろう。

ぽき。

…………と、なんとなく不審な音がした。

「…………。え」
「え」
「お?」
「ま、まあ」
「カ、カルセドニー? お、おい、カルセドニー? ど、どうした? おい!」



カルセドニー、両腕骨折、および脊髄損傷。
恐らく内臓も…。
クリス様が顔面ごと治してくれたものの…………気絶。


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   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

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ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

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異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

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 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

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