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騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

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 クラウスの眉が心配そうに寄せられた。

「……大丈夫なのか?」

 小声で問われ、エミールは頷いた。
 クラウスがなにを気にしているかはよくわかった。エミールがおのれの腹部の傷を未だ直視できないからだ。入浴のときでさえ、傷痕から目を背けている。
 そのエミールが抱いてほしいと言ったのだから、クラウスもそれは驚いただろう。いや、驚くというよりは、その目には憂慮の色が濃かった。

 エミールは心配性な騎士を抱きしめて、
「大丈夫だから」
 と声に出して伝えた。

 エミールが彼の手を引いて寝台に誘うと、クラウスは迷いながらもひょいとエミールを抱き上げた。そのまま宝物のように運ばれ、慎重にベッドへと下ろされる。

 ギシ……とわずかな軋みを上げて、クラウスがエミールの上に乗り上げてきた。
 唇が重なった。まだ控えめな動きだった。エミールは自ら口を開き、男の舌を吸った。くちゅ……と濡れた音がした。エミールはいつしか口づけに夢中になっていた。
 クラウスの舌が、口腔内を這いまわっている。舌を絡み合わせている内に、互いの肉体は熱を帯びていった。

 大きな手が、シャツの下に潜り込んできた。脇腹を撫で上げるように、服を捲り上げられる。
 胸が露わになった。突起はもう、硬くしこっている。
 薄い胸を揉まれた。ついでのように男の指が、乳首の上を過ぎった。
 あ、と甘い声が漏れた。久しぶりの感覚だった。

「きもち、いい」

 エミールが目を細めてそう言うと、クラウスの喉がごくりと鳴った。彼も興奮しているのだろうか。エミールはクラウスの愛撫に悶えながら、両手でその鍛えられた体をまさぐった。
 正装は、脱がせにくい。ボタンや装飾が多いからだ。それでもエミールは裸になってほしくて、一生懸命それらを外していった。

「ふぁっ、あっ、ら、ラス、待って……」
「なんだ」
「そこ、そんなした、らっ、あっ、あぁっ」

 胸の粒をこりこりと弄られて、強すぎる刺激に背が浮いた。過敏なエミールの反応に、クラウスの蒼い瞳が熱っぽく細まった。

 エミールはこんなに苦戦しているのに、クラウスの動きは鮮やかで、いつの間にかエミールの上の服がなくなっていた。
 下衣の腰部分に手がかかる。

「いいか?」

 低く問われて、エミールははふっと息を吐いた。

「ま、待って。自分で脱ぐ。だから……あなたも脱いで」

 自分で乱したクラウスの胸元を押し返してそう言うと、クラウスは抵抗せずに身を起こした。そしてきびきびとした動作で自身の服を脱ぎ始める。
 どんどんと露わになってゆく均整の取れた肉体に、エミールは思わず目を奪われた。
 クラウスの裸など、もうなんども見ているのに、なんど見てもきれいな体だった。訓練や戦闘でついた傷さえうつくしかった。筋肉のつき方なども、彫刻のようだ。

 羞恥を覚えた様子もなく衣類を脱ぎ捨ててゆくクラウスが、ふとこちらへ視線を向けてくる。
 脱がないのか、と目で問われ、エミールは慌てて下着ごと下衣を脱いだ。腹部の傷痕が薄赤く浮いているのが目に入り、咄嗟に両手でそこを覆った。

 手首を握られた。ビクリと肩を揺らして、エミールはクラウスを見た。

「キスをしてもいいか」

 問われて、頷く。互いにもう、遮るもののない生まれたままの姿だった。
 クラウスがエミールを組み敷いた。彼の左手は、エミールの両の手首をまとめて握りこんでいた。
 手を上に持ち上げられ、頭の上でシーツに縫い留められた。

 裸の胸を合わせるようにして、クラウスがのしかかってくる。唇にキスが与えられた。角度を変えて幾度も重なったそれは、やがて首筋を通り過ぎ、胸からみぞおちに移った。

 手首はいつの間にかほどかれていた。エミールはシーツを握りしめ、腹部を隠したくなる衝動を抑え込んだ。
 ぜんぶ見てもらうのだ。この男に。エミールのアルファに。エミールのすべてを。

 クラウスの指先が、下腹部に触れた。愛撫の動きだった。エミールのそこをいとおしむように、クラウスが撫でている。
 ふるり、と皮膚が粟立った。

「この傷が、おまえのいのちの形だ」

 吐息の音でささやいたクラウスが、ちゅ、と傷の上に唇を押し当てた。

 あの事件で、エミールは子どもも子宮も喪った。残ったのはこの傷痕だけだった。けれどあのとき、クラウスが即座にエミールを救出するため急峻な山を駆け下りて。ベルンハルトたち医師団が、懸命に処置を施してくれて。エミールのいのちもまた、残ったもののひとつだったのかもしれない。

 そのことをクラウスは、エミールのいのちの形だと表現した。
 喉の奥が苦しくなって、エミールは泣いた。顔を上げたクラウスの目も、濡れていた。

「おまえが生きていることが、私のなによりの喜びだ。エミール、私のオメガ。愛してる」

 しずかな声音で、クラウスが愛の言葉を告げてきた。

「オレも……オレも、好き。愛してる。ラス、愛してる」

 ずっと、覚えていよう。エミールはクラウスを抱きしめながら、胸に満ちる感情をひとつも取りこぼすことなく掻き集めた。   

 クラウスの声、肌のぬくもり、蒼い瞳のうつくしさ、憧憬を覚えるほど男らしい肉体、腕の力強さとやさしさ、そして、匂い。
 ぜんぶぜんぶ、記憶に刻みつけて抱えてゆく。

 エミールはクラウスの手を握り、体の中心へと誘った。エミールのそこはもう濡れていた。クラウスを欲して愛液をこぼしていた。
 節の高い指が体の中に埋められた。内側を撫でられ、息が上がる。
 指が増やされた。淫靡な水音が部屋に響いた。弾む呼吸の間、切れ切れにクラウスの名を呼んだ。愛してると繰り返した。クラウスからも同じだけ名を呼ばれ、愛を告げられる。

 やがてほどけた蕾に、クラウスの熱塊が潜り込んできた。空洞のすべてを埋められた。そんな心地がした。
 エミールの中が、クラウスでいっぱいだ。

「はっ……あ、ら、ラス、うごいて」

 エミールは男に足を絡め、腰をすこし揺らした。クラウスが息を詰めたのがわかった。感じてくれているのだ。エミールの体で。

 ゆっくりと、クラウスが腰を動かし始めた。エミールにわずかの痛みも与えまいと、慎重に、ゆっくりと。
 太く長い牡が、エミールの感じる場所をこすってゆく。
 どうしようもなく、エミールは乱れた。気持ち良かった。それと同じだけ、切なかった。

 覚えておく。忘れない。クラウスのすべてを、ぜんぶ。

「ラス、あいしてる、あいしてる……」

 涙はこらえきれない快感のせいにできた。
 エミールは泣きながら、クラウスとの最後の夜に溺れた。  
 
 
  
 
  

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