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二人の王子

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 では、不仲を装う理由はなにか。
 エミールはずっと、それを考えていた。

「なんだと思ったんだ?」

 面白がる口調で、マリウスが尋ねてきた。その獅子のような容貌をちらと睨んで、エミールはクラウスに視線を向けた。

「革命派の懐に入ることで、内情を探っているのではないかと」
「つまり密偵スパイの真似事をしていた、と」
「そうかな、と考えていました」
「ふむ。半分正解だ」

 マリウスがワイングラスの中身を飲み干した。
 クラウスが立ち上がり、向かいに座る兄のグラスに赤ワインを注ぎ足した。あまり飲ませないでちょうだい、とアマーリエが文句を言う。
 それを横目にエミールは問いかけた。

「半分、というのは?」
「クラウス。おまえのことだぞ。自分で話せ」

 自分から切り出したくせに、面倒になったのか説明をクラウスに投げたマリウスは、アマーリエを気にしながらもまたチビチビとワインを飲みだした。
 座り直したクラウスは眉間にしわを作り、困ったような顔でグラスの足を持って軽く回した。

「……貴族たちの中に、不穏な動きがあると私が知ったのは、もう十年以上前のことだ」

 訥々と、当時からのことを語り始める男の顔を、エミールはしずかに見つめた。


 クラウスがミュラー家の第二子として生まれた当時より、サーリーク王国はすでに、他国とは争わない方針で動いていた。祖父や父の統治の元、侵略することなく、またされることもなく、足るを知る平和な世が続いていた。
 そんな中議会では時折、武力行使に出るべしという意見が上がることがあった。その声は少数派ではあったが、絶えることもなかった。その意思がいまの革命派の面々へと受け継がれている。

 彼らは常に、火種を探していた。
 ここぞというときに騎士団の存在感を示すための、恰好の火種を。
 その火種に自分を使おうとしている、とクラウスが知ったのは、十五歳で騎士団に入団するよりも前のことだった。

「私は兄上の才覚を疑ったことはない。兄上を支えられるような男になること、それが幼い頃からの私の目標だった。そんな私を、あろうことか革命派は兄上と対立させようとしたのだ」

 なぜ、自分が槍玉に上がったのか。クラウスは当初ひどく困惑した。おのれがなにか誤解を与える行動をしてしまったのか、と。
 しかしそうではなかった。狼にまもられたという逸話を持つ第二王子が、軍神フォルスの再来としてまつり上げるのに、ただそれだけのことだった。

 クラウスは幼い頃より騎士になりたかった。剣技が好きだった。それ以上に、サーリーク王国の誇り高き騎士団に憧れがあった。
 だが、自分が騎士団に入団することで、革命派にまた要らぬ誤解を与えてしまうのではないか。クラウスは思い悩み、マリウスへと相談を持ち掛けた。
 マリウスの答えは、実にあっさりしたものだった。

「騎士になりたいならば周りのことなど気にするな。俺も、俺のなりたいものになる」

 マリウスのなりたいもの。それは王だ。彼は生まれたときからそれ以外の選択肢を与えられることはなかった。
 マリウスのすごいところは、それをおのれの運命と受け入れ、決して卑屈にならなかったことだ。

「いいじゃないか。俺が未来の国王、そしておまえが未来の騎士団長。二人でこの国を支えていこう」

 たった二歳しか離れていない兄が、クラウスの苦悩を明るく笑い飛ばした。この兄には敵わない。このときクラウスが味わったのは、爽快な敗北感だった。

 マリウスに背を押され、クラウスは入団を決めた。叙任式で王から剣を授かる佩剣はいけんの儀を終えたクラウスに、案の定革命派がすり寄ってきた。
 クラウスはこうなったらとことん獅子身中の虫になってやろうと決めた。
 どの貴族が革命派に属しているのか、そして彼らはなにを行っているのか、行おうとしているのか、それらを徹底的に洗い始めた。

 騎士団の中で、クラウスを裏切らない味方をつくる必要もあった。そこに貴族間のしがらみのないロンバードという男が居たことは、まさに天の采配だったろう。

 思いがけない出来事もあった。国王夫妻の間に、
 十五歳年の離れた弟は、ただひたすらに可愛かった。ユリウスの存在は、これまで弟として生きてきたクラウスを兄に変えた。
 兄しゃま兄しゃまと後ろをついてくるユリウス。この子を貴族どもの醜い争いの道具になどさせない。

 クラウスは決意した。ユリウスが成人の儀を迎えるまでに、すべてを終わらせることを。
 マリウスと二人、末弟には自由たれと教えた。ユーリ、自由に生きなさい。
 そのための土台は、私たちが造るから、と。

  
「そうか、それで早く騎士団長になりたかったんですね」

 エミールが頷くと、クラウスが「そうだ」と応じた。

「ユーリにはなんの憂いもなく、自由に生きてほしい。それが私と兄上の願いだ。そのためにも私は一刻も早く騎士団長の座につかねばならなかった。ユーリが十七になるまでに、すべてを終わらせなければならなかった」

 平和な世に横槍を入れてくるような、革命派を名乗る貴族らが二度と出てこないよう、捕縛は一気に確実にしなければならない。
 下っ端を捕まえたところで首謀者に逃げられたらまた同じことの繰り返しだ。

 クラウスは慎重に革命派の内部を探り、ついにドナースマルクに行きついた。それが約五年前の、ヴローム村が盗賊団に襲われた事件の頃だ。
 ドナースマルクは最初、巧みにクラウスの目から逃れていたが、革命派の理念に賛同を示し、彼らに言われるがままに騎士団長の座を目指しているクラウスを信用し始め、革命派の動きの概要などを漏らすようになっていた。
 そして、ヴローム村のオメガがオシュトロークへ売られているようだ、とクラウスへ囁いてきたのだ。

 ドナースマルクはクラウスに手柄を与えたかった。平和な世にあって、騎士団が活躍する場は少ない。場がなければ作ればいい。それが彼のやり方なのである。
 つまりはドナースマルクの自作自演、そこにクラウスも駆り出されたというわけだ。


「ドナースマルク様の自作? ヴローム村での出来事が?」
「そうだ。私はドナースマルクの密告を受け、第一部隊だけを引き連れて隠密裏に動いた。しかし辿り着いたヴローム村には、姿。いち早く私の動きを察して、アダムを逃がした者が居たんだ」  

 さらには図ったかのようなタイミングで村は盗賊団に襲われていた。
 騎士団の動きを知っていた者は、国王、マリウス、騎士団長、そしてドナースマルクの四人に限られる。

「え? では、つまり……」

 エミールは忙しないまばたきをしながら情報を整理した。

「アダムは……ドナースマルク様と繋がっていた……?」

 エミールの導き出した答えは、クラウスによって肯定された。 
 



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