上 下
56 / 127
二人の王子

しおりを挟む
 面倒なのは、大臣や貴族の面々が入れ替わり立ち替わりエミールの元を訪れては、熱弁を振るってくることだ。面会を求められて断るわけにもいかず、聞きたくもない彼らの主義主張に耳を傾けなければならない。

 これまでエミールの立場は曖昧であった。
 クラウスの婚約者として認知はされていたが、平民出身ゆえに軽んじられてもきた。クラウスの寵を受けていることにのみ価値を見出され、擦り寄ってくる者も居た。

 しかし婚姻の儀以降、エミールは正式にクラウスのつがいと認められた。もはや第二王子の伴侶となったエミールは、革命派にとっても穏健派にとっても重要な『駒』のひとつとなる。

 誰もが口を開けばクラウス、クラウス、クラウス、とクラウスの話ばかりをしてくる。
 エミールはここでようやく、かつてアマーリエが言っていたことが骨身に沁みた。

(マリウスマリウスマリウス、誰もが口を揃えて私にマリウスの話をしてきますの)

 なるほど、彼女は生まれながらにマリウスの許嫁だったから、エミールとは比べ物にならないほど貴族たちの格好の餌食だったのだろう。
 その環境の中でアマーリエが身に着けた処世術が、無知を装うことだった。
 にっこり笑って、「わたくし、わかりませんわ」と答えればそれ以上の追及はない。

 しかしその戦法は、たぶん、女性であり高貴なる身分であり無邪気な性格であるアマーリエだからこそ、とれるものだ。
 エミールが同じことをしても通用しないだろう。あの平民は無知だと蔑まれ、無知であることを利用しようとべつのアプローチをかけられるに違いない。

 なにを言われても適当にあしらっていられたこれまでとは違う。エミールはもう知ってしまった。クラウスが果たそうとしている、大きな役目を。
 そしてエミールは、一緒に闘うと、そう誓った。エミールのアルファに。

 だから多少の困難には目を瞑り、苦手な貴族たちともそれなりに渡り合っていかなければならない。ドレスを翻して進むアマーリエを手本とし、この荒波を泳ぎ切るのだ。

 
 面白いのは、穏健派が意外と友好的であるのに対して、クラウスを推しているはずの革命派がまったく逆の態度を見せることだ。

 彼らにとってクラウスは象徴シンボルだ。平和に慣れ、牙を研ぐことを忘れた王国に剣を与え、かつての強国へと変容させるためのシンボルなのだ。
 王国の武力を体現している騎士団、そのいただきへとクラウスを押し上げ、そのまま国の頂に据える。
 それを目標としている革命派にとってエミールは、障害に他ならないようだった。

 革命派の主張はこうだ。

「クラウス様は今後国の中枢を担う尊き御方です」
「そんなクラウス様の正妃にはしかるべき身分の御方が相応しいでしょう」
「失礼ながらエミール様は平民で出であらせられるとか」
「正妃ともなれば各国の首脳たちとの交遊もございましょう」
「エミール様には荷が重いのでは」
「そうですとも。失礼があってはなりませんからね。礼儀も学も求められる世界です」
「エミール様におかれてはさぞ重圧を感じておられることでしょう」
「わかりますとも」
「つきましてはぜひ、クラウス様にご進言を」
「なに、婚約を破棄する必要はございません」
「クラウス様が正妃をお迎えすればいいことです」
「エミール様には、あなた様に相応しいお立場をご用意いたしますので」

 顔ぶれを変えながら、毎日のように口々に同じことを訴えてくる彼らに、エミールは辟易としつつもすごいなぁと思った。
 さっさと田舎に帰れこのクソオメガ。エミールに言わせればこのひと言で済むのに、それを手を変え品を変え、色んな表現で伝えてくるのだ。
 貴族とは口が回らなければなれないものなのかもしれない。

 話を半分以上聞き流しながらも、エミールは彼らの『親切』に対して頭を下げた。

「皆様のお心遣い、大変ありがたく頂戴いたします。ですがご存知のように私は卑しい身分であります。その私がクラウス様に対し物申すなど畏れ多いことにございます。いまのお話、どうぞ皆様方より直接クラウス様に奏上いただければと思います」

 余所行きの声でそう告げると、革命派の面々は口を噤んだ。
 クラウスがエミールを溺愛していることは、彼らも知るところである。エミールを妾妃にしろと直接訴えることはできない、もしくは既に直訴に及んだが一蹴された、そのどちらかであろう。

 どうにかしてエミール自らが身を引くように持っていきたい。その考えは透けて見えたが、エミールは敢えてなにも気づいていないふりでダメ押しのようにもう一度頭を下げた。

「皆様にはご心配いただき、誠にありがとうございます」

 子どもを相手にするときに使う、やさしい声。それを意識してお礼の言葉を述べると、そそくさとその場を離れた。
 面会のために使っていた一室を出て、自室へ戻るために足早に歩いていると、それまで影に徹していたスヴェンが話しかけてきた。

「あしらい方がお上手になってきましたね」
「そりゃあこれだけ毎日同じことを言われ続けたらね」

 エミールが肩を竦めると、スヴェンが同情するように小さく笑った。

「それよりスヴェン。今日もいい?」
「はい」

 エミールの問いかけに頷きが返ってくる。やった、とエミールは笑顔を浮かべた。

「私との手合わせが気晴らしになれば」
「気晴らしどころか、オレの楽しみのひとつだよ。今日もよろしくね」

 エミールは浮き立つ気持ちでスヴェンを急かし、自室へ戻って動きやすい服に着替えた。
 なにをするかというと、スヴェンに護身術を習っているのだ。

しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...