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二人の王子
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面倒なのは、大臣や貴族の面々が入れ替わり立ち替わりエミールの元を訪れては、熱弁を振るってくることだ。面会を求められて断るわけにもいかず、聞きたくもない彼らの主義主張に耳を傾けなければならない。
これまでエミールの立場は曖昧であった。
クラウスの婚約者として認知はされていたが、平民出身ゆえに軽んじられてもきた。クラウスの寵を受けていることにのみ価値を見出され、擦り寄ってくる者も居た。
しかし婚姻の儀以降、エミールは正式にクラウスのつがいと認められた。もはや第二王子の伴侶となったエミールは、革命派にとっても穏健派にとっても重要な『駒』のひとつとなる。
誰もが口を開けばクラウス、クラウス、クラウス、とクラウスの話ばかりをしてくる。
エミールはここでようやく、かつてアマーリエが言っていたことが骨身に沁みた。
(マリウスマリウスマリウス、誰もが口を揃えて私にマリウスの話をしてきますの)
なるほど、彼女は生まれながらにマリウスの許嫁だったから、エミールとは比べ物にならないほど貴族たちの格好の餌食だったのだろう。
その環境の中でアマーリエが身に着けた処世術が、無知を装うことだった。
にっこり笑って、「わたくし、わかりませんわ」と答えればそれ以上の追及はない。
しかしその戦法は、たぶん、女性であり高貴なる身分であり無邪気な性格であるアマーリエだからこそ、とれるものだ。
エミールが同じことをしても通用しないだろう。あの平民は無知だと蔑まれ、無知であることを利用しようとべつのアプローチをかけられるに違いない。
なにを言われても適当にあしらっていられたこれまでとは違う。エミールはもう知ってしまった。クラウスが果たそうとしている、大きな役目を。
そしてエミールは、一緒に闘うと、そう誓った。エミールのアルファに。
だから多少の困難には目を瞑り、苦手な貴族たちともそれなりに渡り合っていかなければならない。ドレスを翻して進むアマーリエを手本とし、この荒波を泳ぎ切るのだ。
面白いのは、穏健派が意外と友好的であるのに対して、クラウスを推しているはずの革命派がまったく逆の態度を見せることだ。
彼らにとってクラウスは象徴だ。平和に慣れ、牙を研ぐことを忘れた王国に剣を与え、かつての強国へと変容させるためのシンボルなのだ。
王国の武力を体現している騎士団、その頂へとクラウスを押し上げ、そのまま国の頂に据える。
それを目標としている革命派にとってエミールは、障害に他ならないようだった。
革命派の主張はこうだ。
「クラウス様は今後国の中枢を担う尊き御方です」
「そんなクラウス様の正妃にはしかるべき身分の御方が相応しいでしょう」
「失礼ながらエミール様は平民で出であらせられるとか」
「正妃ともなれば各国の首脳たちとの交遊もございましょう」
「エミール様には荷が重いのでは」
「そうですとも。失礼があってはなりませんからね。礼儀も学も求められる世界です」
「エミール様におかれてはさぞ重圧を感じておられることでしょう」
「わかりますとも」
「つきましてはぜひ、クラウス様にご進言を」
「なに、婚約を破棄する必要はございません」
「クラウス様が正妃をお迎えすればいいことです」
「エミール様には、あなた様に相応しいお立場をご用意いたしますので」
顔ぶれを変えながら、毎日のように口々に同じことを訴えてくる彼らに、エミールは辟易としつつもすごいなぁと思った。
さっさと田舎に帰れこのクソオメガ。エミールに言わせればこのひと言で済むのに、それを手を変え品を変え、色んな表現で伝えてくるのだ。
貴族とは口が回らなければなれないものなのかもしれない。
話を半分以上聞き流しながらも、エミールは彼らの『親切』に対して頭を下げた。
「皆様のお心遣い、大変ありがたく頂戴いたします。ですがご存知のように私は卑しい身分であります。その私がクラウス様に対し物申すなど畏れ多いことにございます。いまのお話、どうぞ皆様方より直接クラウス様に奏上いただければと思います」
余所行きの声でそう告げると、革命派の面々は口を噤んだ。
クラウスがエミールを溺愛していることは、彼らも知るところである。エミールを妾妃にしろと直接訴えることはできない、もしくは既に直訴に及んだが一蹴された、そのどちらかであろう。
どうにかしてエミール自らが身を引くように持っていきたい。その考えは透けて見えたが、エミールは敢えてなにも気づいていないふりでダメ押しのようにもう一度頭を下げた。
「皆様にはご心配いただき、誠にありがとうございます」
子どもを相手にするときに使う、やさしい声。それを意識してお礼の言葉を述べると、そそくさとその場を離れた。
面会のために使っていた一室を出て、自室へ戻るために足早に歩いていると、それまで影に徹していたスヴェンが話しかけてきた。
「あしらい方がお上手になってきましたね」
「そりゃあこれだけ毎日同じことを言われ続けたらね」
エミールが肩を竦めると、スヴェンが同情するように小さく笑った。
「それよりスヴェン。今日もいい?」
「はい」
エミールの問いかけに頷きが返ってくる。やった、とエミールは笑顔を浮かべた。
「私との手合わせが気晴らしになれば」
「気晴らしどころか、オレの楽しみのひとつだよ。今日もよろしくね」
エミールは浮き立つ気持ちでスヴェンを急かし、自室へ戻って動きやすい服に着替えた。
なにをするかというと、スヴェンに護身術を習っているのだ。
これまでエミールの立場は曖昧であった。
クラウスの婚約者として認知はされていたが、平民出身ゆえに軽んじられてもきた。クラウスの寵を受けていることにのみ価値を見出され、擦り寄ってくる者も居た。
しかし婚姻の儀以降、エミールは正式にクラウスのつがいと認められた。もはや第二王子の伴侶となったエミールは、革命派にとっても穏健派にとっても重要な『駒』のひとつとなる。
誰もが口を開けばクラウス、クラウス、クラウス、とクラウスの話ばかりをしてくる。
エミールはここでようやく、かつてアマーリエが言っていたことが骨身に沁みた。
(マリウスマリウスマリウス、誰もが口を揃えて私にマリウスの話をしてきますの)
なるほど、彼女は生まれながらにマリウスの許嫁だったから、エミールとは比べ物にならないほど貴族たちの格好の餌食だったのだろう。
その環境の中でアマーリエが身に着けた処世術が、無知を装うことだった。
にっこり笑って、「わたくし、わかりませんわ」と答えればそれ以上の追及はない。
しかしその戦法は、たぶん、女性であり高貴なる身分であり無邪気な性格であるアマーリエだからこそ、とれるものだ。
エミールが同じことをしても通用しないだろう。あの平民は無知だと蔑まれ、無知であることを利用しようとべつのアプローチをかけられるに違いない。
なにを言われても適当にあしらっていられたこれまでとは違う。エミールはもう知ってしまった。クラウスが果たそうとしている、大きな役目を。
そしてエミールは、一緒に闘うと、そう誓った。エミールのアルファに。
だから多少の困難には目を瞑り、苦手な貴族たちともそれなりに渡り合っていかなければならない。ドレスを翻して進むアマーリエを手本とし、この荒波を泳ぎ切るのだ。
面白いのは、穏健派が意外と友好的であるのに対して、クラウスを推しているはずの革命派がまったく逆の態度を見せることだ。
彼らにとってクラウスは象徴だ。平和に慣れ、牙を研ぐことを忘れた王国に剣を与え、かつての強国へと変容させるためのシンボルなのだ。
王国の武力を体現している騎士団、その頂へとクラウスを押し上げ、そのまま国の頂に据える。
それを目標としている革命派にとってエミールは、障害に他ならないようだった。
革命派の主張はこうだ。
「クラウス様は今後国の中枢を担う尊き御方です」
「そんなクラウス様の正妃にはしかるべき身分の御方が相応しいでしょう」
「失礼ながらエミール様は平民で出であらせられるとか」
「正妃ともなれば各国の首脳たちとの交遊もございましょう」
「エミール様には荷が重いのでは」
「そうですとも。失礼があってはなりませんからね。礼儀も学も求められる世界です」
「エミール様におかれてはさぞ重圧を感じておられることでしょう」
「わかりますとも」
「つきましてはぜひ、クラウス様にご進言を」
「なに、婚約を破棄する必要はございません」
「クラウス様が正妃をお迎えすればいいことです」
「エミール様には、あなた様に相応しいお立場をご用意いたしますので」
顔ぶれを変えながら、毎日のように口々に同じことを訴えてくる彼らに、エミールは辟易としつつもすごいなぁと思った。
さっさと田舎に帰れこのクソオメガ。エミールに言わせればこのひと言で済むのに、それを手を変え品を変え、色んな表現で伝えてくるのだ。
貴族とは口が回らなければなれないものなのかもしれない。
話を半分以上聞き流しながらも、エミールは彼らの『親切』に対して頭を下げた。
「皆様のお心遣い、大変ありがたく頂戴いたします。ですがご存知のように私は卑しい身分であります。その私がクラウス様に対し物申すなど畏れ多いことにございます。いまのお話、どうぞ皆様方より直接クラウス様に奏上いただければと思います」
余所行きの声でそう告げると、革命派の面々は口を噤んだ。
クラウスがエミールを溺愛していることは、彼らも知るところである。エミールを妾妃にしろと直接訴えることはできない、もしくは既に直訴に及んだが一蹴された、そのどちらかであろう。
どうにかしてエミール自らが身を引くように持っていきたい。その考えは透けて見えたが、エミールは敢えてなにも気づいていないふりでダメ押しのようにもう一度頭を下げた。
「皆様にはご心配いただき、誠にありがとうございます」
子どもを相手にするときに使う、やさしい声。それを意識してお礼の言葉を述べると、そそくさとその場を離れた。
面会のために使っていた一室を出て、自室へ戻るために足早に歩いていると、それまで影に徹していたスヴェンが話しかけてきた。
「あしらい方がお上手になってきましたね」
「そりゃあこれだけ毎日同じことを言われ続けたらね」
エミールが肩を竦めると、スヴェンが同情するように小さく笑った。
「それよりスヴェン。今日もいい?」
「はい」
エミールの問いかけに頷きが返ってくる。やった、とエミールは笑顔を浮かべた。
「私との手合わせが気晴らしになれば」
「気晴らしどころか、オレの楽しみのひとつだよ。今日もよろしくね」
エミールは浮き立つ気持ちでスヴェンを急かし、自室へ戻って動きやすい服に着替えた。
なにをするかというと、スヴェンに護身術を習っているのだ。
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