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オメガとして
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場所を寝室から続き部屋のソファへと移し、エミールとクラウス、アマーリエの三人でテーブルを囲んだ。
ユリウスはひと足先に退室している。小さな手を振って去ってゆく後ろ姿も愛らしく、あの背中に天使の羽が生えていないことの方が不思議に思えるほどだった。
エミールがニコニコとユリウスの後ろ姿を見送っていると、
「きみはユーリにはあんなにやさしい声で話しかけるのだな」
ぼそり、と隣で呟く声がした。横目で斜め向かいを見てみると、クラウスの真面目な視線とぶつかる。
エミールは、孤児院ではママと呼ばれるほど子どもたちの世話を焼いていた。だから子どもは大好きだ。ユリウスはさすが王族、エミールの知る五歳児とは違う気品があったが、それでも子どもは子ども。もうすこし話していたかったし、あわよくばあのやわらかそうな癖っ毛の金髪を撫でてみたかった。
そのユリウスと同じ神々しいまでの金髪をした第二王子が、真顔で口を開く。
「私には、あんなふうに話してくれないのに」
「あなたは子どもじゃないでしょう」
エミールは素っ気なく男の訴えを払い落した。
クラウスの眉間の辺りが悲愴に歪んだ。威風堂々という言葉が似あう男ぶりなのに、落胆する様はやはり尻尾を下げた犬のようで、奇妙なおかしみがある。
「私はユーリを愛してる」
「はぁ……」
「だがきみがあんまりユーリにやさしいと、複雑な気分になる」
「……そうですか」
エミールより五歳も年上なのに、子どものように扱われたいだなんて変なひとだな、とエミールは呆れ半分に思った。
突然、パンっ、と音がした。
なにごとかとそちらを見ると、アマーリエが開いた扇を勢いよく閉じたところだった。
「イチャイチャするのも結構だけど、そろそろ話をいたしませんこと? 私、あまり長居はできませんの」
どこをどう見るとイチャイチャしているという解釈になるのだ。
エミールは閉口して椅子ごとクラウスからすこし離れた。
クラウスはアマーリエの言葉を否定するでもなく、淡々とした様子で頷きを返す。
「そうだな。エミール、改めて説明させてくれ。彼女はアマーリエ。我が兄の婚約者殿で、きみとは同い年だ」
同い年! 若いとは思ったが化粧を施しているため村の同年代の少女とは全然違って見えた。
アマーリエが閉じた扇を口元に当て、上品な微笑を浮かべた。
「アマルが言った通り、ここひと月の間ほとんど毎日、私は彼女の襲撃を受けていた」
「まぁ! 襲撃だなんて。私はただあなたのオメガに会いたいって言っただけじゃない。それをクラウスが渋るから……ねぇ、クラウスのオメガさん」
「……エミールです」
クラウスのオメガ、という呼ばれ方が大変不本意だったため、エミールは彼女へと名乗った。
赤みがかったアマーリエの瞳と、視線が合う。
「ようやくクラウス越しではなく、わたくしに話しましたわね」
満足げに、アマーリエが笑った。王太子殿下の婚約者、という肩書きは伊達ではないようで、ただの少女ではありえない存在感であった。
「ねぇエミール。私はあなたと仲良くしたいの。数少ないオメガとして」
オメガとして。その言葉に苛立ちを刺激された。
オメガ、オメガ、オメガ。
オメガになってから、誰もがエミールをそうとしか見てくれない。
二か月に一度あるという発情期は、薬で抑えている。だから、アルファやオメガの匂いがわかるというだけで、エミール自身はベータとさほど変わりがないと思っている。
「オレはべつに仲良くしたいとは思ってません。それに、オメガだからという言い方も嫌いです」
ぶっきらぼうにそう言い返すと、アマーリエが「まぁ」と目を丸くした。
「やっぱりあなたは面白いですわ」
「オレは面白くないです」
「うふ。芯のある子は好きよ。エミール、今度は私の部屋に遊びにいらして」
「アマーリエ。それはダメだ」
クラウスがアマーリエの誘いを止めた。アマーリエが唇を尖らせて肩を竦める。
クラウスの蒼い双眸がエミールを映した。
「今日アマーリエがここへ来たのは、ユーリが彼女を誘ったからだ」
彼の言った言葉の意味を、数拍、エミールは考えた。
ユリウスがアマーリエを誘って、エミールの元へ連れてきたというのは順番がおかしい。
そもそもクラウスが先に、ユリウスを伴ってきたからだ。
彼はユリウスに言っていた。お願いしていたことがあっただろう、と。それを聞いたユリウスがアマーリエを呼びに行ったのだ。
つまり、アマーリエを連れてきたのはクラウス、ということになる。
エミールがそれを指摘しようとしたら、クラウスがこちらへてのひらを向けてきた。
「エミール。私は兄上とは疎遠にしている。普段は口も利かない仲だ」
初耳だった。
そういえばクラウスの口から、王太子殿下についての話はほとんど聞いたことがない。
「でも、じゃあアマーリエ様は」
「アマルと呼んでちょうだい」
「…………」
「わたくしはマリウスの婚約者ですけれど、クラウスとも幼馴染ですの。マリウスがクラウスと話をしないからと言って、わたくしもそうしなければならないというわけではないでしょう」
扇の羽飾りを揺らしながら、アマーリエが軽く眉を上げた。
クラウスがひたいを抑え、ふぅ、と吐息する。
「兄上と私の接点がないのに、私がアマーリエと交友があるのはおかしいだろう。そう言ったがアマルが納得しないので、今回は仕方なくユーリの協力を得たんだ」
相手は兄の婚約者。おまけにクラウスとマリウスは不仲ときている。クラウスが直接アマーリエを招待するのは外聞が悪い。
そこで幼い弟の出番だ。クラウスの連れてきたオメガを、ユリウスが気に入り、アマーリエを誘って会いに来る。これならばクラウスの意思は介在しない。あくまでもユリウスの希望を通した形になる。
クラウスの説明に、エミールは思わず怒鳴っていた。
「あんな小さな子になにさせてんですか!」
「エミール……」
「あなたとお兄さんのケンカにあの子を巻き込むなっ!」
エミールの怒り方が子どもっぽかったからだろうか、アマーリエがふきだした。
鈴が転がるような笑い声を上げた彼女を、八つ当たりのように睨みつける。
「なにがおかしいんです」
「あら、失礼。怒らせる気はなかったんですの。あなたはとても真っすぐで真っ当だわ。ユーリを巻き込んだことは謝罪しますわ。ごめんなさい」
あまりにあっさりアマーリエが謝ったので、エミールは毒気を抜かれた。
この国の王族はどうなっているのか。クラウスもアマーリエも、平民相手に頭を下げるなんて。
「でもわたくし、どうしてもクラウスのオメガに会いたかったんですの。あなたがクラウスとつがったら、わたくしたちは家族になりますもの。わたくしとあなたはミュラー家のアルファの伴侶として、ともに困難を乗り越えてゆく仲間ですわ。同じオメガとしてね」
ユリウスはひと足先に退室している。小さな手を振って去ってゆく後ろ姿も愛らしく、あの背中に天使の羽が生えていないことの方が不思議に思えるほどだった。
エミールがニコニコとユリウスの後ろ姿を見送っていると、
「きみはユーリにはあんなにやさしい声で話しかけるのだな」
ぼそり、と隣で呟く声がした。横目で斜め向かいを見てみると、クラウスの真面目な視線とぶつかる。
エミールは、孤児院ではママと呼ばれるほど子どもたちの世話を焼いていた。だから子どもは大好きだ。ユリウスはさすが王族、エミールの知る五歳児とは違う気品があったが、それでも子どもは子ども。もうすこし話していたかったし、あわよくばあのやわらかそうな癖っ毛の金髪を撫でてみたかった。
そのユリウスと同じ神々しいまでの金髪をした第二王子が、真顔で口を開く。
「私には、あんなふうに話してくれないのに」
「あなたは子どもじゃないでしょう」
エミールは素っ気なく男の訴えを払い落した。
クラウスの眉間の辺りが悲愴に歪んだ。威風堂々という言葉が似あう男ぶりなのに、落胆する様はやはり尻尾を下げた犬のようで、奇妙なおかしみがある。
「私はユーリを愛してる」
「はぁ……」
「だがきみがあんまりユーリにやさしいと、複雑な気分になる」
「……そうですか」
エミールより五歳も年上なのに、子どものように扱われたいだなんて変なひとだな、とエミールは呆れ半分に思った。
突然、パンっ、と音がした。
なにごとかとそちらを見ると、アマーリエが開いた扇を勢いよく閉じたところだった。
「イチャイチャするのも結構だけど、そろそろ話をいたしませんこと? 私、あまり長居はできませんの」
どこをどう見るとイチャイチャしているという解釈になるのだ。
エミールは閉口して椅子ごとクラウスからすこし離れた。
クラウスはアマーリエの言葉を否定するでもなく、淡々とした様子で頷きを返す。
「そうだな。エミール、改めて説明させてくれ。彼女はアマーリエ。我が兄の婚約者殿で、きみとは同い年だ」
同い年! 若いとは思ったが化粧を施しているため村の同年代の少女とは全然違って見えた。
アマーリエが閉じた扇を口元に当て、上品な微笑を浮かべた。
「アマルが言った通り、ここひと月の間ほとんど毎日、私は彼女の襲撃を受けていた」
「まぁ! 襲撃だなんて。私はただあなたのオメガに会いたいって言っただけじゃない。それをクラウスが渋るから……ねぇ、クラウスのオメガさん」
「……エミールです」
クラウスのオメガ、という呼ばれ方が大変不本意だったため、エミールは彼女へと名乗った。
赤みがかったアマーリエの瞳と、視線が合う。
「ようやくクラウス越しではなく、わたくしに話しましたわね」
満足げに、アマーリエが笑った。王太子殿下の婚約者、という肩書きは伊達ではないようで、ただの少女ではありえない存在感であった。
「ねぇエミール。私はあなたと仲良くしたいの。数少ないオメガとして」
オメガとして。その言葉に苛立ちを刺激された。
オメガ、オメガ、オメガ。
オメガになってから、誰もがエミールをそうとしか見てくれない。
二か月に一度あるという発情期は、薬で抑えている。だから、アルファやオメガの匂いがわかるというだけで、エミール自身はベータとさほど変わりがないと思っている。
「オレはべつに仲良くしたいとは思ってません。それに、オメガだからという言い方も嫌いです」
ぶっきらぼうにそう言い返すと、アマーリエが「まぁ」と目を丸くした。
「やっぱりあなたは面白いですわ」
「オレは面白くないです」
「うふ。芯のある子は好きよ。エミール、今度は私の部屋に遊びにいらして」
「アマーリエ。それはダメだ」
クラウスがアマーリエの誘いを止めた。アマーリエが唇を尖らせて肩を竦める。
クラウスの蒼い双眸がエミールを映した。
「今日アマーリエがここへ来たのは、ユーリが彼女を誘ったからだ」
彼の言った言葉の意味を、数拍、エミールは考えた。
ユリウスがアマーリエを誘って、エミールの元へ連れてきたというのは順番がおかしい。
そもそもクラウスが先に、ユリウスを伴ってきたからだ。
彼はユリウスに言っていた。お願いしていたことがあっただろう、と。それを聞いたユリウスがアマーリエを呼びに行ったのだ。
つまり、アマーリエを連れてきたのはクラウス、ということになる。
エミールがそれを指摘しようとしたら、クラウスがこちらへてのひらを向けてきた。
「エミール。私は兄上とは疎遠にしている。普段は口も利かない仲だ」
初耳だった。
そういえばクラウスの口から、王太子殿下についての話はほとんど聞いたことがない。
「でも、じゃあアマーリエ様は」
「アマルと呼んでちょうだい」
「…………」
「わたくしはマリウスの婚約者ですけれど、クラウスとも幼馴染ですの。マリウスがクラウスと話をしないからと言って、わたくしもそうしなければならないというわけではないでしょう」
扇の羽飾りを揺らしながら、アマーリエが軽く眉を上げた。
クラウスがひたいを抑え、ふぅ、と吐息する。
「兄上と私の接点がないのに、私がアマーリエと交友があるのはおかしいだろう。そう言ったがアマルが納得しないので、今回は仕方なくユーリの協力を得たんだ」
相手は兄の婚約者。おまけにクラウスとマリウスは不仲ときている。クラウスが直接アマーリエを招待するのは外聞が悪い。
そこで幼い弟の出番だ。クラウスの連れてきたオメガを、ユリウスが気に入り、アマーリエを誘って会いに来る。これならばクラウスの意思は介在しない。あくまでもユリウスの希望を通した形になる。
クラウスの説明に、エミールは思わず怒鳴っていた。
「あんな小さな子になにさせてんですか!」
「エミール……」
「あなたとお兄さんのケンカにあの子を巻き込むなっ!」
エミールの怒り方が子どもっぽかったからだろうか、アマーリエがふきだした。
鈴が転がるような笑い声を上げた彼女を、八つ当たりのように睨みつける。
「なにがおかしいんです」
「あら、失礼。怒らせる気はなかったんですの。あなたはとても真っすぐで真っ当だわ。ユーリを巻き込んだことは謝罪しますわ。ごめんなさい」
あまりにあっさりアマーリエが謝ったので、エミールは毒気を抜かれた。
この国の王族はどうなっているのか。クラウスもアマーリエも、平民相手に頭を下げるなんて。
「でもわたくし、どうしてもクラウスのオメガに会いたかったんですの。あなたがクラウスとつがったら、わたくしたちは家族になりますもの。わたくしとあなたはミュラー家のアルファの伴侶として、ともに困難を乗り越えてゆく仲間ですわ。同じオメガとしてね」
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