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オメガとして

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「毎日毎日毎日、バカの一つ覚えみたいに結婚してくれ結婚してくれって、毎回断るオレの身にもなれって話だよ!」

 エミールが憤慨する横では、小刀ダガーを左手に持ったファルケンが、壁際に立てられた丸い的に向かって投擲とうてき訓練をしていた。
 真っすぐに空を切った小刀は、的の右端に突き刺る。的にはすでに何本もの刃が刺さっており、それらを確認しながらファルケンが、手首を軽く動かして首を捻った。

「まだずれるな……」

 そうひとりごち、新たな小刀を握った幼馴染の足元に、エミールは小石を放り投げた。

「ルー! ちゃんと聞けってば!」

 エミールのクレームに、ファルケンの左の眉が困ったように寄せられる。

 エミールが王城へ連れて来られてから早二か月が経過していた。
 盗賊に切りつけられたファルケンの右目の傷は治癒していたが、視力は戻らなかった。傷痕の残る右側を、ファルケンは黒い眼帯で覆い隠している。逆三角形をした黒い布にはよく見ればこまかな装飾があり、包帯が取れたその日にクラウスから下賜されたものだということだった。
 エミールはその眼帯を睨みつけ、鼻筋にしわを寄せた。

「なんて顔してんだよ。おまえの話ならちゃんと聞いてるだろ」
「聞いてないよ。オレの相談よりもルーはナイフ投げに夢中なんだ」
「相談ったって、おまえのそれは惚気だし」
「惚気じゃないっ!」

 エミールは咄嗟に腰を掛けていた木の椅子から立ち上がって叫んだが、
「馬鹿! 危ないから動くな!」
 とファルケンに本気で睨まれ、しおしおと元の姿勢に戻った。

 ここは騎士団の訓練所で、周囲を見ると他の男たちもそれぞれ的に向かい、弓や投石器《スリングショット》などを構えている。的は近距離から長距離まで様々な位置に配されているから、ファルケンの言う通りなんの心得もないエミールが迂闊に動いて良い場所ではなかった。

 エミールにはクラウスの庇護下へ収まっておけと言ったくせに、ファルケンは傷が癒えると早々に王城に用意された部屋を出て、いつの間に話をつけたのか、騎士団の宿泊所で寝泊まりするようになったのだった。おまけに毎日、訓練に参加している。

 ファルケンが騎士団の訓練に混ぜてもらっていると知ったエミールは、自分も参加させてくれとクラウスに直談判した。小隊長という彼の立場であればエミールひとり混ぜるぐらいどうとでもなると思っていたのに、クラウスからの返事は「ダメだ」のひと言であった。
 理由は、エミールがオメガだから。

 十五年生きてきてそんな理由で制限を受けたのは初めてでエミールは憤慨したが、これについてはファルケンもクラウスと同じ意見だったので、エミールの希望は通らなかった。
 これを不服に思ったエミールがクラウスと口を利かなくなったから、困り果てたクラウスが折衷案として持ってきたのが、演習場への立ち入りの許可証だった。

 以降エミールは毎日のようにファルケンの元を訪れ、愚痴を垂れ流している。そのエミールのために、いつしかファルケンの傍には木の椅子が置かれるようになっていた。エミールが居ていいのはこの椅子が置かれた場所だけで、他は危ないから行ってはいけないということらしい。

 そういう諸々をエミールの知らないところで、ファルケンがクラウスと相談して勝手に決めているのだから、エミールにしてみれば面白くなかった。ファルケンは一体どっちの味方なのだろう。家族も同然に一緒に育ってきたエミールか、一国の王子のクラウスか。

 不満が思い切り顔に出たからか、ファルケンがようやく小刀ダガーから手を離して、エミールの隣に屈んだ。

「それで? クラウス様に求婚されて、おまえはなんて答えたんだ?」
「……クソ王子って怒鳴って逃げてきた」
「…………」

 ファルケンの左目が呆れたように半眼になった。

「おまえ、王族相手に俗語スラングはダメだろ」
「オレが上品な育ちじゃないってことは、ルーが一番知ってるだろ」

 エミールはうんざりと溜め息を吐いて、指先で黒い首輪を弄る。

「……村に帰りたい」
「エル」
「わかってるよ。まだ帰れないんだろ」

 そう応じつつ、エミールは釈然としない思いを打ち明けた。

「でもルーはおかしいと思わない? 野盗に襲われて、そりゃ家畜や畑はダメになったかもしれないけど、それで村に帰れないなんて……。そもそもあんな田舎村に、なんで騎士団が来たんだろ?」
「クラウス様はなんて?」
「あの辺で野盗の被害が相次いでたから、警備のため巡回してたって」
「じゃあそうなんじゃないのか?」

 なにを疑問に思うのか、とファルケンが軽く受け流す。

「でも……」
「なんだよ?」
「なにか、隠してる気がする」

 エミールは隻眼となったファルケンの金茶の目を探るように見た。
 村のことについて、クラウスもファルケンも、なにかを隠している気がするのはエミールの考えすぎなのだろうか。

「隠すってなんだよ。王子のおかげでチビどもも元気に過ごせてるのに」
「そうれはそうだけど……」

 孤児院の子どもたちは、クラウスの指示で王都の施設で保護されている。エミールも二日に一度は顔を出し、「ママ、ママ」と抱き着いてくる子どもたちと過ごすようにしているのだが、村に居たときのように一緒に暮らせないのは残念で仕方なかった。

 ヴローム村が襲われていなかったとしても、エミールが十八歳になればどのみち子どもたちとはお別れしなければならなかったのだが……こころの準備ができていない内にこんなことになるとは想像もしてなかったからさびしさはどうしようもない。

 やっぱり村に戻りたい、と言いかけたエミールを遮るように、ファルケンの質問が向けられた。

「ところで王子の求婚は受けないのか?」

 エミールは思いきり幼馴染を睨みつけた。

「受けないよ!」
「なんで」
「なんでって……逆になんでオレが会ったばっかりの男の求婚を受けると思うんだよ」
「もうふた月経つだろ。ほぼ毎日顔も合わせてるんだし。そもそもエルはあのひとの立場をちゃんとわかってるのか?」

 ファルケンが立ち上がり、腰に下げていた小袋から数粒の鉛玉を取り出した。それをひとつ右手に持ち、軽い仕草で投げる。真っすぐに飛んだそれは先ほど小刀を投げていた的に、硬質な音を立ててぶつかった。

「立場って……そりゃわかってるよ。サーリーク王国この国のの第二王子で、騎士団の小隊長なんだろ」
「そう。だから王子は忙しい立場なんだよ。王族の公務に加えて、騎士団の訓練やら見回りやら任務やらに参加してんだから」
「そんなに忙しいなら毎日オレの部屋になんか来なきゃいいのに」
「それだけおまえに会いたいってことだろ。王子のなにが不満なんだよ。顔良し、身分良し、おまけにおまえにベタ惚れときてる」
「…………ルー、あのひとになんか弱みでも握られてんの?」

 エミールはクラウスを擁護するばかりのファルケンをじっとりと睨み、大げさな溜息を漏らした。
 ファルケンは苦笑いをしながら、今度は左手で鉛玉を投げた。先ほど同様、カンっと硬い音が鳴り、玉が的に当たったことを教えてくる。
 立て続けに三度、左手を動かしたファルケンの動きを見ながら、エミールはリズミカルに鳴る鉛玉の音に合わせて口を開いた。

「身分がそもそも釣り合ってないだろ」
「でも王子自身がそれでいいって言ってんだろ?」
「誰も認めないよ、田舎育ちで孤児のオレのことなんて」
「……エル」
「それに、求婚なんて口ばっかりだし」

 エミールは鼻筋にしわを寄せて、吐き捨てた。

「あのひと、毎日他のオメガの匂いをつけてオレに会いに来てるんだよ? マジで最悪だ」
 

 
    
 
 
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