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2・王城にて

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 駆け寄って、すらりとした背中に飛びついた。

「うぉっ、バカ、危ないって」

 ひどく懐かしい気がする声が返ってきて、泣きそうになる。
 ぐす、と鼻を啜ると、その拍子になんだか馴染みのない匂いも鼻腔に入り込んできた。
 なんの匂いだろう、と不思議に思ったエミールだったが、こちらを振り向いたファルケンの顔を見て、そんな疑問はどこかへ飛んでいってしまった。

 鷹、と評される彼の黄味がかった茶色の瞳。その片方が、包帯で隠れている。

「ルー! 目が!!」
「エル、エミール、大丈夫だから向こうへ行こう。ここは危ない」

 ファルケンがエミールの背を押した。
 言われてみれば、弓を構えた男たちがこちらをチラチラと気にしている。訓練の邪魔になっているのだと遅まきながら悟ったエミールは、ファルケンに促されるままに厩舎の陰へと移動した。

 ファルケンの目は、盗賊団との戦闘で傷を負ったとのことだった。村の老人を庇ったため、ナイフを避け切れなかったのだという。

 野盗の数は多く、これ以上は無理かとファルケンが撤退しようとしたそのときに、村に騎士団の小隊が到着した。
 こんな田舎に騎士団が来ることなどこれまでなかったため、ファルケンは一旦身を隠し、彼らが本物の騎士団なのかを窺っていたらしい。

 騎士団はあっという間に野盗たちを制圧した。そして隠れていた子どもたちや怪我をした住人たちを保護し始めた。

「そんな中、金髪の男におまえが連れて行かれるのを見て、後を追いかけたんだ」

 ファルケンが顎先でくいとエミールの後ろを示した。
 振り返るとそこにはロンバードを従えたクラウスの姿がある。

「裸馬でよくあの速さについて来れたなと感心している」

 クラウスの言葉に、ファルケンが鼻で笑った。

「俺をあっさり捕らえておいてよく言うよ」
「捕らえたっ?」

 エミールはぎょっとしてクラウスを睨みつけた。クラウスは両のてのひらをこちらへ向け、「違う」と弁明する。

「捕らえたのはロンバードだ。私じゃない」
「ちょっとちょっと。俺は、不審者を捕らえろってアンタの命令で動いたんですけどねぇ! まぁでもすぐに解放しましたよ。深手を負ってたんでね」

 深手、と聞いてエミールはファルケンの顔の右側へ視線を向ける。
 自分も怪我をしているのに、エミールがさらわれたと思って追ってきてくれたのか。
 エミールはファルケンにほとんど抱き着く形で、彼の肩口にひたいを押し付けた。

「ルー……無茶して……」
「いや、却って良かった。おまえを追ってきたおかげで王城ここで治療を受けることができたからな」

 王城には国王お抱えの医師団があるのだという。
 ファルケンはクラウスの口利きで、一流の医師の治療を受け、高価な治療薬を薬師から貰うこともできたらしい。
 ただし、右の眼球は傷ついており、物を見ることはもうできないだろうとの診断だったとファルケンは語った。

 本来はまだ安静にしていなければならないらしいが、退屈だからとこうやって騎士団の訓練に混ぜてもらっているのだと、世間話のような口調で告げてくる。

 ファルケンは子どもたちのことについても教えてくれた。
 子どもたちは王都の孤児院で全員が保護されていること、皆エミールに会いたがってるということ。

「オレも会いたい。ファルケン、子どもたちのところへ行こう」
「ちょっと待て。エル、おまえはどこまで説明を受けてるんだ?」
「どこまで?」

 問われた意味がよくわからずに首を傾げると、ファルケンの眉がわずかに寄せられた。彼の左目がチラと動いて、クラウスの方を見る。
 クラウスがささやかな動作で首を横に振った。
 なんのやりとりだろう。そういえば、クラウスの話を聞いたときもなにかが引っかかった気がする。

 エミールは男の話を巻き戻そうとしたが、記憶を手繰るよりもファルケンが問いかけてくる方が早かった。

「エミール。バース性の話は聞いたか?」
「……オレが、オメガかもしれないって話?」
「かもしれないじゃない。おまえはオメガだ」

 クラウス同様に、ファルケンもそう断言した。
 エミールは唇を尖らせ、幼馴染を睨んだ。

「なんでルーにそんなことわかるんだよ」
「俺はアルファだからな」

 あっさりと、ファルケンがそう言った。

「は?」
「俺はアルファだ」
「嘘だ」
「なんでだよ」
「そんなこと、これまで言わなかった」
「言う必要がなかったからな」

 必要がないと言われるとその通りだ。ヴローム村では誰もバース性の話なんてしなかった。だからエミールも気にしたことがなかった。
 まさかファルケンがアルファで……自分がオメガだなんて、ただの一度も考えたことなんてなかった。

「エル、わかったら離れろ」

 密着していた胸を、ファルケンのてのひらがトンと押した。
 これまで数えきれないほどのスキンシップをしてきたのに、喧嘩をしたときだって突き放されたりはしなかったのに、離れろと言われて驚いた。
 なんで、とエミールが目を丸くしたら、ファルケンがまたクイと顎先をクラウスの方へ向けた。

「さっきから殺気がすごいんだ。反射的に攻撃しそうになって困る」

 殺気? 首を傾げながらエミールがクラウスを見ると、視線が蒼い双眸とかち合って膝が震えた。
 獣が居るのかと錯覚するほどの威圧が、クラウスの全身から放たれていたが、エミールが気づいたと知るやそれは途端に霧散したので、無様にへたり込む羽目にはならなかった。

 クラウスが眼差しをゆるめると同時に、ファルケンの指先もふっと力を緩めたことがわかった。どうやらクラウスの殺気にあてられて、ずっと臨戦態勢だったようだ。

 二人の男が剣呑な空気を帯びていたことにまったく気づいていなかったエミールは、ポカンとしたまままばたきを繰り返した。

「おまえってほんと、繊細そうな顔してるくせに鈍いよな」

 ファルケンが呆れたように唇の端で笑い、エミールの頭をポンと叩いた。それから盛大に顔を歪め、
「いやだからその殺気! やめてくださいよ」
 とクラウスへ向かって苦言を呈した。
 
 
 
    
    
 
 
   
    
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