11 / 127
2・王城にて
4
しおりを挟む
駆け寄って、すらりとした背中に飛びついた。
「うぉっ、バカ、危ないって」
ひどく懐かしい気がする声が返ってきて、泣きそうになる。
ぐす、と鼻を啜ると、その拍子になんだか馴染みのない匂いも鼻腔に入り込んできた。
なんの匂いだろう、と不思議に思ったエミールだったが、こちらを振り向いたファルケンの顔を見て、そんな疑問はどこかへ飛んでいってしまった。
鷹、と評される彼の黄味がかった茶色の瞳。その片方が、包帯で隠れている。
「ルー! 目が!!」
「エル、エミール、大丈夫だから向こうへ行こう。ここは危ない」
ファルケンがエミールの背を押した。
言われてみれば、弓を構えた男たちがこちらをチラチラと気にしている。訓練の邪魔になっているのだと遅まきながら悟ったエミールは、ファルケンに促されるままに厩舎の陰へと移動した。
ファルケンの目は、盗賊団との戦闘で傷を負ったとのことだった。村の老人を庇ったため、ナイフを避け切れなかったのだという。
野盗の数は多く、これ以上は無理かとファルケンが撤退しようとしたそのときに、村に騎士団の小隊が到着した。
こんな田舎に騎士団が来ることなどこれまでなかったため、ファルケンは一旦身を隠し、彼らが本物の騎士団なのかを窺っていたらしい。
騎士団はあっという間に野盗たちを制圧した。そして隠れていた子どもたちや怪我をした住人たちを保護し始めた。
「そんな中、金髪の男におまえが連れて行かれるのを見て、後を追いかけたんだ」
ファルケンが顎先でくいとエミールの後ろを示した。
振り返るとそこにはロンバードを従えたクラウスの姿がある。
「裸馬でよくあの速さについて来れたなと感心している」
クラウスの言葉に、ファルケンが鼻で笑った。
「俺をあっさり捕らえておいてよく言うよ」
「捕らえたっ?」
エミールはぎょっとしてクラウスを睨みつけた。クラウスは両のてのひらをこちらへ向け、「違う」と弁明する。
「捕らえたのはロンバードだ。私じゃない」
「ちょっとちょっと。俺は、不審者を捕らえろってアンタの命令で動いたんですけどねぇ! まぁでもすぐに解放しましたよ。深手を負ってたんでね」
深手、と聞いてエミールはファルケンの顔の右側へ視線を向ける。
自分も怪我をしているのに、エミールが攫われたと思って追ってきてくれたのか。
エミールはファルケンにほとんど抱き着く形で、彼の肩口にひたいを押し付けた。
「ルー……無茶して……」
「いや、却って良かった。おまえを追ってきたおかげで王城で治療を受けることができたからな」
王城には国王お抱えの医師団があるのだという。
ファルケンはクラウスの口利きで、一流の医師の治療を受け、高価な治療薬を薬師から貰うこともできたらしい。
ただし、右の眼球は傷ついており、物を見ることはもうできないだろうとの診断だったとファルケンは語った。
本来はまだ安静にしていなければならないらしいが、退屈だからとこうやって騎士団の訓練に混ぜてもらっているのだと、世間話のような口調で告げてくる。
ファルケンは子どもたちのことについても教えてくれた。
子どもたちは王都の孤児院で全員が保護されていること、皆エミールに会いたがってるということ。
「オレも会いたい。ファルケン、子どもたちのところへ行こう」
「ちょっと待て。エル、おまえはどこまで説明を受けてるんだ?」
「どこまで?」
問われた意味がよくわからずに首を傾げると、ファルケンの眉がわずかに寄せられた。彼の左目がチラと動いて、クラウスの方を見る。
クラウスがささやかな動作で首を横に振った。
なんのやりとりだろう。そういえば、クラウスの話を聞いたときもなにかが引っかかった気がする。
エミールは男の話を巻き戻そうとしたが、記憶を手繰るよりもファルケンが問いかけてくる方が早かった。
「エミール。バース性の話は聞いたか?」
「……オレが、オメガかもしれないって話?」
「かもしれないじゃない。おまえはオメガだ」
クラウス同様に、ファルケンもそう断言した。
エミールは唇を尖らせ、幼馴染を睨んだ。
「なんでルーにそんなことわかるんだよ」
「俺はアルファだからな」
あっさりと、ファルケンがそう言った。
「は?」
「俺はアルファだ」
「嘘だ」
「なんでだよ」
「そんなこと、これまで言わなかった」
「言う必要がなかったからな」
必要がないと言われるとその通りだ。ヴローム村では誰もバース性の話なんてしなかった。だからエミールも気にしたことがなかった。
まさかファルケンがアルファで……自分がオメガだなんて、ただの一度も考えたことなんてなかった。
「エル、わかったら離れろ」
密着していた胸を、ファルケンのてのひらがトンと押した。
これまで数えきれないほどのスキンシップをしてきたのに、喧嘩をしたときだって突き放されたりはしなかったのに、離れろと言われて驚いた。
なんで、とエミールが目を丸くしたら、ファルケンがまたクイと顎先をクラウスの方へ向けた。
「さっきから殺気がすごいんだ。反射的に攻撃しそうになって困る」
殺気? 首を傾げながらエミールがクラウスを見ると、視線が蒼い双眸とかち合って膝が震えた。
獣が居るのかと錯覚するほどの威圧が、クラウスの全身から放たれていたが、エミールが気づいたと知るやそれは途端に霧散したので、無様にへたり込む羽目にはならなかった。
クラウスが眼差しをゆるめると同時に、ファルケンの指先もふっと力を緩めたことがわかった。どうやらクラウスの殺気にあてられて、ずっと臨戦態勢だったようだ。
二人の男が剣呑な空気を帯びていたことにまったく気づいていなかったエミールは、ポカンとしたまままばたきを繰り返した。
「おまえってほんと、繊細そうな顔してるくせに鈍いよな」
ファルケンが呆れたように唇の端で笑い、エミールの頭をポンと叩いた。それから盛大に顔を歪め、
「いやだからその殺気! やめてくださいよ」
とクラウスへ向かって苦言を呈した。
「うぉっ、バカ、危ないって」
ひどく懐かしい気がする声が返ってきて、泣きそうになる。
ぐす、と鼻を啜ると、その拍子になんだか馴染みのない匂いも鼻腔に入り込んできた。
なんの匂いだろう、と不思議に思ったエミールだったが、こちらを振り向いたファルケンの顔を見て、そんな疑問はどこかへ飛んでいってしまった。
鷹、と評される彼の黄味がかった茶色の瞳。その片方が、包帯で隠れている。
「ルー! 目が!!」
「エル、エミール、大丈夫だから向こうへ行こう。ここは危ない」
ファルケンがエミールの背を押した。
言われてみれば、弓を構えた男たちがこちらをチラチラと気にしている。訓練の邪魔になっているのだと遅まきながら悟ったエミールは、ファルケンに促されるままに厩舎の陰へと移動した。
ファルケンの目は、盗賊団との戦闘で傷を負ったとのことだった。村の老人を庇ったため、ナイフを避け切れなかったのだという。
野盗の数は多く、これ以上は無理かとファルケンが撤退しようとしたそのときに、村に騎士団の小隊が到着した。
こんな田舎に騎士団が来ることなどこれまでなかったため、ファルケンは一旦身を隠し、彼らが本物の騎士団なのかを窺っていたらしい。
騎士団はあっという間に野盗たちを制圧した。そして隠れていた子どもたちや怪我をした住人たちを保護し始めた。
「そんな中、金髪の男におまえが連れて行かれるのを見て、後を追いかけたんだ」
ファルケンが顎先でくいとエミールの後ろを示した。
振り返るとそこにはロンバードを従えたクラウスの姿がある。
「裸馬でよくあの速さについて来れたなと感心している」
クラウスの言葉に、ファルケンが鼻で笑った。
「俺をあっさり捕らえておいてよく言うよ」
「捕らえたっ?」
エミールはぎょっとしてクラウスを睨みつけた。クラウスは両のてのひらをこちらへ向け、「違う」と弁明する。
「捕らえたのはロンバードだ。私じゃない」
「ちょっとちょっと。俺は、不審者を捕らえろってアンタの命令で動いたんですけどねぇ! まぁでもすぐに解放しましたよ。深手を負ってたんでね」
深手、と聞いてエミールはファルケンの顔の右側へ視線を向ける。
自分も怪我をしているのに、エミールが攫われたと思って追ってきてくれたのか。
エミールはファルケンにほとんど抱き着く形で、彼の肩口にひたいを押し付けた。
「ルー……無茶して……」
「いや、却って良かった。おまえを追ってきたおかげで王城で治療を受けることができたからな」
王城には国王お抱えの医師団があるのだという。
ファルケンはクラウスの口利きで、一流の医師の治療を受け、高価な治療薬を薬師から貰うこともできたらしい。
ただし、右の眼球は傷ついており、物を見ることはもうできないだろうとの診断だったとファルケンは語った。
本来はまだ安静にしていなければならないらしいが、退屈だからとこうやって騎士団の訓練に混ぜてもらっているのだと、世間話のような口調で告げてくる。
ファルケンは子どもたちのことについても教えてくれた。
子どもたちは王都の孤児院で全員が保護されていること、皆エミールに会いたがってるということ。
「オレも会いたい。ファルケン、子どもたちのところへ行こう」
「ちょっと待て。エル、おまえはどこまで説明を受けてるんだ?」
「どこまで?」
問われた意味がよくわからずに首を傾げると、ファルケンの眉がわずかに寄せられた。彼の左目がチラと動いて、クラウスの方を見る。
クラウスがささやかな動作で首を横に振った。
なんのやりとりだろう。そういえば、クラウスの話を聞いたときもなにかが引っかかった気がする。
エミールは男の話を巻き戻そうとしたが、記憶を手繰るよりもファルケンが問いかけてくる方が早かった。
「エミール。バース性の話は聞いたか?」
「……オレが、オメガかもしれないって話?」
「かもしれないじゃない。おまえはオメガだ」
クラウス同様に、ファルケンもそう断言した。
エミールは唇を尖らせ、幼馴染を睨んだ。
「なんでルーにそんなことわかるんだよ」
「俺はアルファだからな」
あっさりと、ファルケンがそう言った。
「は?」
「俺はアルファだ」
「嘘だ」
「なんでだよ」
「そんなこと、これまで言わなかった」
「言う必要がなかったからな」
必要がないと言われるとその通りだ。ヴローム村では誰もバース性の話なんてしなかった。だからエミールも気にしたことがなかった。
まさかファルケンがアルファで……自分がオメガだなんて、ただの一度も考えたことなんてなかった。
「エル、わかったら離れろ」
密着していた胸を、ファルケンのてのひらがトンと押した。
これまで数えきれないほどのスキンシップをしてきたのに、喧嘩をしたときだって突き放されたりはしなかったのに、離れろと言われて驚いた。
なんで、とエミールが目を丸くしたら、ファルケンがまたクイと顎先をクラウスの方へ向けた。
「さっきから殺気がすごいんだ。反射的に攻撃しそうになって困る」
殺気? 首を傾げながらエミールがクラウスを見ると、視線が蒼い双眸とかち合って膝が震えた。
獣が居るのかと錯覚するほどの威圧が、クラウスの全身から放たれていたが、エミールが気づいたと知るやそれは途端に霧散したので、無様にへたり込む羽目にはならなかった。
クラウスが眼差しをゆるめると同時に、ファルケンの指先もふっと力を緩めたことがわかった。どうやらクラウスの殺気にあてられて、ずっと臨戦態勢だったようだ。
二人の男が剣呑な空気を帯びていたことにまったく気づいていなかったエミールは、ポカンとしたまままばたきを繰り返した。
「おまえってほんと、繊細そうな顔してるくせに鈍いよな」
ファルケンが呆れたように唇の端で笑い、エミールの頭をポンと叩いた。それから盛大に顔を歪め、
「いやだからその殺気! やめてくださいよ」
とクラウスへ向かって苦言を呈した。
403
お気に入りに追加
784
あなたにおすすめの小説
落第騎士の拾い物
深山恐竜
BL
「オメガでございます」
ひと月前、セレガは医者から第三の性別を告知された。将来は勇猛な騎士になることを夢見ていたセレガは、この診断に絶望した。
セレガは絶望の末に”ドラゴンの巣”へ向かう。そこで彼は騎士見習いとして最期の戦いをするつもりであった。しかし、巣にはドラゴンに育てられたという男がいた。男は純粋で、無垢で、彼と交流するうちに、セレガは未来への希望を取り戻す。
ところがある日、発情したセレガは男と関係を持ってしまって……?
オメガバースの設定をお借りしています。
ムーンライトノベルズにも掲載中
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる