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リヒト⑮
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エミール様とアマル様にオメガやアルファのことを教えてもらって、ユーリ様を引き留めてもいいというお言葉をもらって、その日の夜に僕はありったけの勇気を振り絞ってユーリ様に、
「行かないでください」
とお願いして。
そしたらユーリ様が僕の体のあちこちを触ってくれて、僕は射精というものを初めて体験した。
おしっこじゃない、なにべつの、精液というものを出した後は、腰がなんだかず~んと重くなって、手足がビリビリ痺れたようになって、力も入りにくかったのだけど、僕はどうしてもユーリ様と体を繋げるということがしたくて、両手と両足でユーリ様にしがみついた。
そして、もうひとりのオメガのひとにしていることを、僕にもしてほしい、と。ユーリ様にそう頼んだら。
ユーリ様は僕を抱っこして、『あの部屋』の前まで連れて行ってくれた。
ロンバードさんとテオバルドさんが、証人? として駆けつけてきてくれる。
扉の前に立ったユーリ様の首に、僕は無意識に抱きついて身を寄せていた。この向こうに、もうひとりのオメガのひとが居る。
緊張で手足が冷えた。
ああ、でもユーリ様は、そんなひとは居ないと仰ったのだ。
もうひとりのオメガなんて居ない、と。
ユーリ様の手が、ドアノブの下でごそごそと動いた。
ガチャリ、と鍵の開く音が、僕の耳に大きく響いた。
こくり、と生唾を飲む僕に、ユーリ様が。
「リヒト、開けるよ?」
と、しずかな口調で告げてきた。
「殿下」
そのとき急にロンバードさんの太い声が割り込んできたから、僕はびっくりして「ひゃっ」と悲鳴を上げてしまった。
僕の大袈裟な反応を、ユーリ様が喉奥で笑って、ロンバードさんを振り向いた。
「ロンバード。僕のオメガを驚かせるな」
勝手に驚いたのは僕なのに、ロンバードさんが叱られてしまった。
申し訳なくて謝ろうとしたら、先にロンバードさんが唇の端で笑いながら、
「そりゃあ大変失礼しました」
と僕に頭を下げてきた。
「ふてぶてしい謝罪だな」
「俺はがさつなんでね。それより殿下、これを」
ロンバードさんが白いシャツを差しだしてくる。
それを見て僕は、ユーリ様の上半身が裸のままだということに気づいた。そうか、ユーリ様の寝間着の上は、僕が着てしまっているからか。
自分がユーリ様の服を着ている、ということをいまさらに意識して、僕はつい、ふんふんと服の匂いを嗅いだ。
とってもいい匂い。ユーリ様の香りだ。
でも、ユーリ様の首筋から香ってくる匂いは、なぜかどんどんと薄まっている気がする。
僕の鼻が、鈍くなったのかしら?
夢中になって匂いを嗅いでいたら、ユーリ様がふふっと笑い声をあげた。
「リヒト、首がくすぐったいよ」
「あ、ごめんなさい。さっきまでより、ユーリ様の匂いが薄い気がして」
僕の気のせいかなと思ったけれど、ユーリ様はなんでもないことのように頷いて、
「ああ。抑制剤を飲んだからだね」
そう言って僕の瞼にキスをくれた。
ロンバードさんが顔をしかめて、ユーリ様の肩にシャツを掛けた。
「抑制剤? あんたまた……」
「説教なら兄上で間に合ってる」
「はぁ……しかしそのナリで抑制剤を飲んだってことは……失敗したんですか?」
ぼそぼそとロンバードさんがユーリ様の耳元で囁いた。
ユーリ様が眉を寄せて、ロンバードさんをじろりと睨んだ。
「この僕が失敗なんてするはずないだろう。……おい、その笑顔をやめろ」
「いやなに……あんたが手を出しあぐねるなんて珍しいなと思って」
ロンバードさんが肩を震わせて笑った。
失敗ってなんのことだろう、と僕が首を傾げているうちに、ロンバードさんの動きに合わせてユーリ様が腕を動かして、僕を抱っこしたままでシャツに手を通された。ユーリ様ってすごく器用だなぁと感心してしまう。
シャツを羽織ったユーリ様が、改めてドアノブを掴んだ。
「ロンバード、テオバルド」
「はい」
「は、はいっ」
「先に言っておくが、本当はおまえたちをここには入れたくない」
真面目な表情で、ユーリ様が口を開いた。
「おまえたちは証人だ。僕のオメガがいまから見聞きするものはすべて現実だと、証言するための証人だ」
「はぁ……殿下の意図は了解しましたが、あんた、ここには頑なに立ち入り禁じてたじゃないですか。本当にいいんですか?」
「リヒトの疑いを晴らすためだ。背に腹は代えられない」
「リヒト様の疑い?」
ロンバードさんが軽く眉を上げて僕を見た。テオさんもつられたように僕の方を向いた。
「なんですか? その疑いって」
テオさんが僕に問いかけてくる。
僕はもごりと唇を動かした。
どうしよう。言ってもいいのかな。
迷っている間に、ユーリ様がさっさと答えてしまった。
「僕が、リヒト以外にオメガを囲ってるんじゃないかって心配してるんだよ」
それを聞いた途端、ロンバードさんがお腹を抱えて笑いだした。
「はぁ? 殿下が? そりゃあ天地が引っくり返っても有り得ないことですが……くっ、ははっ、なんでまたそんな無用な心配を?」
ロンバードさんに続いて、テオさんまで口を押えてぶふふっとおかしな笑い声を漏らした。
「ゆ、ユリウス殿下がもうひとりのオメガを囲うとかって……ないない! なんでまたそんな有り得ない話になってるんですか」
二人がかりで笑われて、僕はなんだか恥ずかしくなってきた。
ユーリ様のきれいな緑色の瞳が僕を映して、やわらかく細まる。
「だってさ、リヒト」
「……でも」
でも、ユーリ様の体から、ユーリ様じゃない匂いがしていたのだ。あれはオメガの匂いだと、僕にはそう感じられた。
「でも、匂いがしてました。ユーリ様は夜にベッドを出て、この部屋で……」
「うん。だからリヒトの目で、この部屋を見てよ」
ユーリ様が僕の唇を啄んで、今度こそドアノブを回した。
ユーリ様が押し開けた扉の隙間から、ユーリ様の匂いと、もうひとりのオメガの匂いが流れてくる。
ユーリ様が、
「火を」
と言った。
即座にロンバードさんが動き、卓上のガス灯に火をつけた。
発光剤をしみ込ませたカバーをそこへ掛けると、部屋がパァっと明るく照らされた。
ユーリ様が僕を床の上に降ろした。ふかふかの絨毯に足を取られてふらついた僕の肩を、ユーリ様が支えてくれる。
「おまえたちはそこを動くなよ」
ユーリ様はまず、ロンバードさんとテオさんにそう声をかけて、お二人を入り口付近で待機させてから、それから僕に。
「僕の秘密の部屋へようこそ、リヒト」
甘く蕩けそうなお声でそう言って、僕の右手を下からすくい、手の甲にちゅっとキスをした。
僕は……僕は室内をぐるりと見渡して、ただただ目を丸くすることしかできなかった。
「行かないでください」
とお願いして。
そしたらユーリ様が僕の体のあちこちを触ってくれて、僕は射精というものを初めて体験した。
おしっこじゃない、なにべつの、精液というものを出した後は、腰がなんだかず~んと重くなって、手足がビリビリ痺れたようになって、力も入りにくかったのだけど、僕はどうしてもユーリ様と体を繋げるということがしたくて、両手と両足でユーリ様にしがみついた。
そして、もうひとりのオメガのひとにしていることを、僕にもしてほしい、と。ユーリ様にそう頼んだら。
ユーリ様は僕を抱っこして、『あの部屋』の前まで連れて行ってくれた。
ロンバードさんとテオバルドさんが、証人? として駆けつけてきてくれる。
扉の前に立ったユーリ様の首に、僕は無意識に抱きついて身を寄せていた。この向こうに、もうひとりのオメガのひとが居る。
緊張で手足が冷えた。
ああ、でもユーリ様は、そんなひとは居ないと仰ったのだ。
もうひとりのオメガなんて居ない、と。
ユーリ様の手が、ドアノブの下でごそごそと動いた。
ガチャリ、と鍵の開く音が、僕の耳に大きく響いた。
こくり、と生唾を飲む僕に、ユーリ様が。
「リヒト、開けるよ?」
と、しずかな口調で告げてきた。
「殿下」
そのとき急にロンバードさんの太い声が割り込んできたから、僕はびっくりして「ひゃっ」と悲鳴を上げてしまった。
僕の大袈裟な反応を、ユーリ様が喉奥で笑って、ロンバードさんを振り向いた。
「ロンバード。僕のオメガを驚かせるな」
勝手に驚いたのは僕なのに、ロンバードさんが叱られてしまった。
申し訳なくて謝ろうとしたら、先にロンバードさんが唇の端で笑いながら、
「そりゃあ大変失礼しました」
と僕に頭を下げてきた。
「ふてぶてしい謝罪だな」
「俺はがさつなんでね。それより殿下、これを」
ロンバードさんが白いシャツを差しだしてくる。
それを見て僕は、ユーリ様の上半身が裸のままだということに気づいた。そうか、ユーリ様の寝間着の上は、僕が着てしまっているからか。
自分がユーリ様の服を着ている、ということをいまさらに意識して、僕はつい、ふんふんと服の匂いを嗅いだ。
とってもいい匂い。ユーリ様の香りだ。
でも、ユーリ様の首筋から香ってくる匂いは、なぜかどんどんと薄まっている気がする。
僕の鼻が、鈍くなったのかしら?
夢中になって匂いを嗅いでいたら、ユーリ様がふふっと笑い声をあげた。
「リヒト、首がくすぐったいよ」
「あ、ごめんなさい。さっきまでより、ユーリ様の匂いが薄い気がして」
僕の気のせいかなと思ったけれど、ユーリ様はなんでもないことのように頷いて、
「ああ。抑制剤を飲んだからだね」
そう言って僕の瞼にキスをくれた。
ロンバードさんが顔をしかめて、ユーリ様の肩にシャツを掛けた。
「抑制剤? あんたまた……」
「説教なら兄上で間に合ってる」
「はぁ……しかしそのナリで抑制剤を飲んだってことは……失敗したんですか?」
ぼそぼそとロンバードさんがユーリ様の耳元で囁いた。
ユーリ様が眉を寄せて、ロンバードさんをじろりと睨んだ。
「この僕が失敗なんてするはずないだろう。……おい、その笑顔をやめろ」
「いやなに……あんたが手を出しあぐねるなんて珍しいなと思って」
ロンバードさんが肩を震わせて笑った。
失敗ってなんのことだろう、と僕が首を傾げているうちに、ロンバードさんの動きに合わせてユーリ様が腕を動かして、僕を抱っこしたままでシャツに手を通された。ユーリ様ってすごく器用だなぁと感心してしまう。
シャツを羽織ったユーリ様が、改めてドアノブを掴んだ。
「ロンバード、テオバルド」
「はい」
「は、はいっ」
「先に言っておくが、本当はおまえたちをここには入れたくない」
真面目な表情で、ユーリ様が口を開いた。
「おまえたちは証人だ。僕のオメガがいまから見聞きするものはすべて現実だと、証言するための証人だ」
「はぁ……殿下の意図は了解しましたが、あんた、ここには頑なに立ち入り禁じてたじゃないですか。本当にいいんですか?」
「リヒトの疑いを晴らすためだ。背に腹は代えられない」
「リヒト様の疑い?」
ロンバードさんが軽く眉を上げて僕を見た。テオさんもつられたように僕の方を向いた。
「なんですか? その疑いって」
テオさんが僕に問いかけてくる。
僕はもごりと唇を動かした。
どうしよう。言ってもいいのかな。
迷っている間に、ユーリ様がさっさと答えてしまった。
「僕が、リヒト以外にオメガを囲ってるんじゃないかって心配してるんだよ」
それを聞いた途端、ロンバードさんがお腹を抱えて笑いだした。
「はぁ? 殿下が? そりゃあ天地が引っくり返っても有り得ないことですが……くっ、ははっ、なんでまたそんな無用な心配を?」
ロンバードさんに続いて、テオさんまで口を押えてぶふふっとおかしな笑い声を漏らした。
「ゆ、ユリウス殿下がもうひとりのオメガを囲うとかって……ないない! なんでまたそんな有り得ない話になってるんですか」
二人がかりで笑われて、僕はなんだか恥ずかしくなってきた。
ユーリ様のきれいな緑色の瞳が僕を映して、やわらかく細まる。
「だってさ、リヒト」
「……でも」
でも、ユーリ様の体から、ユーリ様じゃない匂いがしていたのだ。あれはオメガの匂いだと、僕にはそう感じられた。
「でも、匂いがしてました。ユーリ様は夜にベッドを出て、この部屋で……」
「うん。だからリヒトの目で、この部屋を見てよ」
ユーリ様が僕の唇を啄んで、今度こそドアノブを回した。
ユーリ様が押し開けた扉の隙間から、ユーリ様の匂いと、もうひとりのオメガの匂いが流れてくる。
ユーリ様が、
「火を」
と言った。
即座にロンバードさんが動き、卓上のガス灯に火をつけた。
発光剤をしみ込ませたカバーをそこへ掛けると、部屋がパァっと明るく照らされた。
ユーリ様が僕を床の上に降ろした。ふかふかの絨毯に足を取られてふらついた僕の肩を、ユーリ様が支えてくれる。
「おまえたちはそこを動くなよ」
ユーリ様はまず、ロンバードさんとテオさんにそう声をかけて、お二人を入り口付近で待機させてから、それから僕に。
「僕の秘密の部屋へようこそ、リヒト」
甘く蕩けそうなお声でそう言って、僕の右手を下からすくい、手の甲にちゅっとキスをした。
僕は……僕は室内をぐるりと見渡して、ただただ目を丸くすることしかできなかった。
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